第12話
学校の時間割が終了して放課後、昨日とは違って一人で家への道を淡々と作業のごとく歩いていたところ、突然右足の太もも辺りに震えを感じた。つまりポケットのなかのスマホが震えた。
右ポケットをまさぐってスマホを取り出して、その画面を確認する。そこには全く見覚えのない番号の羅列と、応答と拒否の二つのボタンが映っていた。
「誰だこれ……」
昔に会員登録したなんらかのサービスが、なんらかの確認のためにわざわざ電話をかけてきたんだろうか。それともただの間違い電話か、それともなんらかの方法を駆使して俺の番号を入手した謎の人物か。
まあ、いずれにしても、一度応答してみた方が良いか。
おそるおそる応答のボタンを押して、スマホを耳元に寄せる。
「はい、もしもし……」
「よっす天野くんこんにちはー。元気してるー? てか今から時間あるー?」
わからないことのほうが圧倒的に多いけどとりあえずわかったことが二つ。一つ目は声質から考えてこの電話口の向こうの人物は女性であること、そして二つ目は、俺の名前を知っていることと敬語ではないことから、間違い電話でもなければなんらかのサービスからの電話でもないということがわかる。
つまり残る可能性は、なぜか俺の電話番号を知っている謎の人物。
「……誰ですか?」
「んー? あたしだよあたし。あたしあたし。わかるでしょ?」
いや全くわからん。俺の顔見知りの女性の中に、こんな変なテンションで俺に話してくる人はいないはずだけど。
「……オレオレ詐欺ならぬ、アタシアタシ詐欺?」
「そうそうアタシアタシ詐欺ー。……って詐欺師ちゃうわい! げはははははは!」
一人で勝手にツッコんで一人で勝手に笑っていた。快活で品のない笑い方だった。
「あたしたち息ぴったりだねぇ。天野くんとコンビ組んだらお笑いで天下獲れるかもよ」
「たぶんあなたの才能じゃ無理だと思いますよ……」
そんな自分のクソほどしょうもないネタで自分で大爆笑しているような感性の持ち主ならば、人を笑わせることなど到底できまい。
電話のスピーカーは「えー?」と不服そうな声を俺の耳に届けて、また空気を震わせる。
「でもあたしのお笑いのセンスのなさは認めるよ。あたしがなんかおもしろいこと言っても、周りの友達はいつも苦笑いするだけだからね。あたしが今世紀最大におもしろいネタだと思ってても、みんな苦笑い。酷いもんだよ」
「あなたのネタで苦笑いしてくれるような聖人君子なら、その友達は大事にしたほうが良いと思いますよ」
「あはは、そうだね。天野くんは愛想笑いすらしてくれなかったからなー」
「はあ、すみません」
「別に謝ることじゃないよ。……うーんと、天野くんはよく言えば実直で、悪く言えば空気詠み人しらずってところかな?」
「まあ、そうかもしれませんね。あなたほどではないですけど」
「おー、歯に衣着せないねぇ天野くん。でもあたしはわざと空気を読んでないだけだからね。空気を読むべきところはちゃんと読めるから。そこんとこ勘違いしないでほしいな」
「はあ、わかりました。……ところで、あなた誰ですか?」
「んー? あたしだよあたし。あたしあたし。わかるでしょ?」
「……オレオレ詐欺ならぬ、アタシアタシ詐欺?」
「そうそうアタシアタシ詐欺ー。……って詐欺師ちゃうわい! げはははははは!」
頭が痛くなってきた。
住宅街の路地で立ち止まって、俺はこめかみを押さえる。
「……あれ? これもしかしてループしてる?」
「してますね……」
「あり、そっか。全然気づかなかったけどそれは時間の無駄だね。まあそれはさておいて本題に戻るけど、天野くん今から時間ある?」
「まあ、何も予定はないですけど」
「それは良かった。じゃ今から駅前のサイゼ来てー。なるべく早く、エーエスエーピーでね。そゆことで、よろしくー」
「え、なん……」
『なんで』か『なんだそれ』か『なんなんだこいつ』のいずれかを言いかけたが、そこでぷつりと通話は切れてしまった。
スマホを耳元から離して、待ち受け画面へと切り替わったスマホ画面を見て、嘆息。いや、一息ついていられるほど状況は落ち着いていない。
あの電話口の向こうの女性の正体は全くわからないし手がかりすら掴めていないし、俺が駅前まで駆り出される意味も全くもって判然としないけれど。
なぜか女性の要求を反故にするのはためらわれた。
俺は踵を返して、今まで歩いてきた方向とは全く逆方向に進み始める。
あの女性の言う通りにする必要はどこにもない。
だがなぜか、俺の歩は確実に駅の方面へと進んでいく。
強いて理由をあげるとするなら、実直という言葉には律儀という意味も含まれているということを、俺は知っていたからか。
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