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翌日、この日の検査が終わった午後三時過ぎ、でっかいフルーツバスケットを持った美希を先頭に、由紀子と勇壱と薫がさっそくお見舞いに来てくれた。
「マコちゃん、これ私たち全員から」
「あ、うん。ありがと」
美希は真琴に差し出したフルーツバスケットをベッドのサイドテーブルに置いた。
「どういたしまして、って言っても、半分以上は美希さんがお金出してくれたんだけど」
由紀子が苦笑しながら説明した。
「俺はこんな豪勢なもの真琴には分不相応だって言ったんだけど、高柳が絶対これにするって聞かなくてな」
勇壱が仕方なくというような態度で言うと、美希は抗議するように言った。
「いいじゃない。私の気持ちなんだから」
「そ、そう……」
真琴は「私の気持ち」という言葉にちょっとだけ心が揺れた。
「だから、快く受け取ってね」
((一週間だけでも学校から、私から、そして勇壱から離れてくれてありがとうっていう正直な気持ちだから))
にっこりと笑いかけてきた美希の顔から心のコエが聞こえた。
それは、わかっていたことだけれど。
もう、理由もはっきりしているのだけれど。
でも、やっぱり聞いてしまうと少し落ち込む。
「それより、検査入院って聞いてるんだけど、倒れた原因って何かわかったの?」
真琴の顔を見て何かを察してくれたのか、薫が話題を変えてくれた。
「いや、それが……特には。でも、何も体に異常は見られなかったって言っていたから今は大丈夫だと思う」
冷静になるにつれて、何となくだが倒れた原因がわかってきたのだ。
あの時、美希の心を探ろうと自分の能力以上の力を使おうとしていた。
おそらくその辺りが関係しているのだろう。
「マコちゃん、落雷の時もここに入院して何も異常はないって言われたんだよね。……本当にこの病院頼りになるの?」
「……うん、まぁ……」
「でも、前回一命を取り留めた理由がわからなければ、今回も倒れた原因がわからないなんて心配なんだけど。何だったら、私がお父様に言って高柳グループの病院に転院させてあげることもできるけど?」
「そこまでしてもらう理由はないわよ。少し頭痛はするけど、それ以外特に異常がないことくらい自分の体なんだからわかるわ」
それに、どの病院でも心のコエが聞こえるという能力についてはわからないだろうし。
何より、嘘をついている美希のテリトリーに入りたくなかった。
「そう? マコちゃんがそう言うなら無理にとは言わないけどさ」
心底残念そうな顔をする美希。
全く、何を考えているのだろうか。
(……いや、もうやめよう)
美希の心のコエを聞くことにもう意味はない。
真実がわかってしまったのだから。
「でもさ、よく皆一緒にこられたね。こんな時間に来てくれたってことは部活とか生徒会は休んでくれたんでしょ?」
「当たり前じゃない。真琴のためだもの」
にっこりとほほ笑む由紀子。こちらは美希のものと違って正真正銘本物の笑顔だ。
「あ、ありがとう」
真琴はその迫力に押されてちょっとだけ気後れした。
ふと、男子二人(その内一人は正確には男子ではないのだが)が対照的な顔をしているのが見えた。
一人は声を殺して笑っているのに、もう一人はものすごくばつが悪そうな顔をしている。
なぜそんな顔をしているのか意味がわからなかった真琴は、自分のことを笑われたのかと思い、文句を言おうとした。
が、しかしすぐに様子がおかしいことに気づいた。
真琴と由紀子の関係を一番よく知っている勇壱の方がばつの悪そうな顔をしていて、勘がいいとはいっても勇壱ほど事情を知っていないであろう薫の方が笑っているのだ。
こういう時真琴の反応を見て馬鹿にしたり、からかったりして笑うのは勇壱の方なのに。
「何? 薫。何か面白いことでもあったの?」
心のコエを聞こうかとも思ったが、それをしてしまうと美希のコエの方が強く聞こえてしまいそうな気がしたので、疑問を口に出した。
「え? ああ、いや。あのね、ここに一人休んだんじゃなくて、サボってきた人がいるからさ、つい」
「サボってきたって、何を?」
「そりゃ……ムグッ」
言いかけた薫の口を勇壱が手で塞いだ。
「余計なことは言うなよっ」
真琴はそこでやっと自分が勘違いしていたのだとわかった。
薫は勇壱のことで笑い、勇壱は自分のしたことでばつが悪そうな顔をしていたのだ。
「文化祭実行委員?」
薫が言おうとしていたと思われる言葉を確認のために真琴が言うと、薫は二、三度うなずいた。
「か、感謝しろよな。真琴のために泣く泣く時間を割いたことは間違いないんだから」
「泣いてたのは委員長じゃない」
苦しい言い訳をする勇壱に、薫がすかさずツッコミを入れる。
「どうして?」
「…………」
無言で目を逸らした勇壱の代わりに、真琴の質問には薫が答えた。
「最初、休むって言ったら委員長に無理だって即答されちゃったの。それで、恥ずかしがりながら友達のためだって言ったのに、それでもだめって言われたから勇壱キレちゃって、ものすごい形相で睨みつけて一言『じゃあサボる』って言い放ったの」
笑いを噛み殺しながら薫は楽しそうに事細かく説明してくれた。
勇壱が否定しないところを見ると、その場には薫もいたのだろう。
全て事実ということだ。
その場にいなかった真琴にもその時の様子が思い浮かべられるようだった。
哀れな委員長に同情したくなった。
勇壱が噛み付く時のダメージの深さは真琴もよく知っていたから。
「融通のきかねえあの石頭が悪いんだろうが」
勇壱はふてくされてそう吐き捨てるように言った。
「っていうか。そもそも勇壱が八月から九月前半までサボってたからそんなことになったんじゃない?」
真琴が正論を言うと、勇壱はさらに険しい顔をした。
「じゃあ真琴は俺が来なかった方がよかったって言うのかよっ」
「そうは言ってないでしょ。自分の非を認めないで一方的に相手を罵るのはよくないって言ってるのよ」
「だからといってあいつに従ってたらここに来れないだろ。いってる意味は同じじゃんか」
「どうしてそう勇壱ってひねくれた方へ考えるの? 学力高い割に頭悪いのね」
「はあ? お前ほど馬鹿じゃねえよ」
「それはこっちのセリフよ」
「何?」
「何よ?」
「はいっ」
『へ?』
言い合いをしていた真琴と勇壱の間にノートのコピーが差し出された。
拍子抜けした二人は同時に気の抜けた返事をした。
二人の間に割って入ってきたのは美希だった。
熱くなっていたせいで忘れていたが、この病室には勇壱の他にも友達がいたのだ。
「で、これは何なの? 美希」
「今日の授業のノートだよ。コピーしたからあげようと思って。少なくともマコちゃんは、このノートの分くらいは今神田君に負けてると思うよ」
『プッ、アハハハハハッ……』
病室の中を笑い声が響き渡った。
しかし、当事者の三人は笑っていない。笑っているのは端から見ていた由紀子と薫だ。
二人共腹を抱えて、目に涙まで溜めている。
ここが個室でよかった。でなければきっとほかの患者の迷惑になっていたに違いない。
「あのさ、いつまで笑ってるつもりよ。ここ一応個室だけどあまりうるさくすると私が怒られるんだけど」
「ごめんなさい……フフッ……それにしても、美希さん最高のタイミングだったわね」
「確かに、誰も立ち入らせないっていう雰囲気の二人の間に自然に入っていったものね」
「それ、褒められてるの?」
口々に感想を言った由紀子と薫に、美希は冷ややかな視線を向けた。
「当たり前じゃない」
大仰に答えた由紀子に怒るつもりなのかと思ったら、美希はどこかほっとしたような顔をしていた。
(どうして?)
その真琴の疑問はすぐに解消された。
答えはすでに知っていたから。
たとえ口ゲンカでも真琴と勇壱が話してるところを見たくなかったのだろう。
だから突飛な行動に走ったのだ。
現に美希の目論見どおり真琴と勇壱の口ゲンカはうやむやの内に終わってしまっていた。
それから、皆は真琴は退屈させないように気を遣ってか、その日学校であったことをいろいろ話してくれていたが、正直あまり耳には入っていなかった。
美希のことを考えずにはいられなかったから。
皆は午後五時頃「また明日も来るから」と言って帰っていった。
次の日からも約束を守って、皆お見舞いに来てはたわいない話をしていたが、真琴の目はほとんど美希に釘付けだった。
美希は相変わらず猫かぶりモードで真琴になついているふりをしている。
それに事情を知ってしまった今になってわかることだけど、彼女は痛々しいほど徹底して真琴と勇壱の距離がこれ以上近づかないように振舞っていた。
でも、真琴は不思議と美希に同情する気にはならなかったし、やっぱり嫌いにもなれなかった。
むしろ、もっと深く付き合って、まだ見せたことのない彼女の本当の姿を見せて欲しいとさえ思うようになっていた。
長かったような短かったような一週間の検査入院も残りわずか一日となったその日、真琴は美希以外の友達全員に電話でお見舞いを断った。
入院してからも治まることのない頭痛の種を取り除くため、そして美希の本心と向き合うために真琴は決意を固めた。
薫には止められていたけど。
このままじゃお互い苦しむだけだ。何もいいことなどない。
美希は友達だから、友達が苦しんでいるのを放っておくなんてできない。
もし、それで絶交されても……よくはないんだけど、美希の心が苦しみから解放されるならそれもありかなって。
(やっぱり、損な性格だな私って……)
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