5

 真琴は帰宅するなり薫に電話した。

 ラインで済ませられるようなことじゃなかったし、本当は会って話せれば一番いいのだけれど。

 電車で通学している薫を呼び出すのも悪いと思って電話にしたのだ。

 今日わかったことを、早く伝えたかった。

 そして、由紀子のことでも相談したかった。

 呼び出し音がとても長く、鬱陶しく感じられる。

 一コール、二コール、三コール……まだ出ない。

 もしかして、電話番号を間違えたのかと思い、スマホの画面を見た。

 ……合っている。

 再びスマホを耳に当てると、「もしもし」と聞こえてきた。

「あ、薫? 私、真琴だけど。今、大丈夫?」

『え、うん。何?』

「あのね、実は今日――」

 真琴は簡潔に勇壱と仲直りしたことを話した。

『それで、真琴はボクにも自分の気持ちに素直になれって言うの?』

 薫は勇壱以上に素直になることを拒絶しているように感じられた。

 ちょっといらついたような口調がそれを表現している。

 お節介なのかもしれないけど、わかってしまったから。

 薫の心を、苦しみから解放させる方法を。

 だから、どうしても伝えたい。

「薫は、私といると楽だよね。隠し事をする必要はないし、女の私と一緒にいれば、自分が男だって思い込みしやすくなるから」

『…………』

 電話の向こうからは息づかいさえも聞こえてこない。

「でも、それじゃだめなのよ。それは本当に立ち向かうべき問題から目を逸らしているに過ぎないの。私は薫の苦しみを知ってしまったから助けたいと思ったわ。そのためならできることは何でもしたいって」

『……ボクはそんなこと……』

「望んでないなんて言わせないわよ。だとしたら誰かにその気持ちを気づいて欲しいなんて思ってないでしょ?」

 それは薫自身が言っていたことだったし、何よりその悲痛な心の叫びゴエを聞いたから関わったのだ。

『それは……』

「私に本当のことを話して、薫は少しだけ癒されたと感じられたかもしれない。でも、それは違うわ。薫が今のまま自分の心から逃げ続けている限り、私はあなたにとって快楽で痛みを紛らわせるだけの麻薬でしかない」

 お願い、わかって。

『真琴……』

「薫が抱えている心の苦しみを解放できるのは勇壱しかいないのよ」

 薫の息を飲む音が聞こえた。

 きっといろいろ葛藤しているのだろう。

 しかし、さすがに電話口の向こうにいる相手の心のコエまでは聞こえない。

 ここは返事を待つしかない。

 それとも、薫は電話を切ってしまうだろうか。

 もしそうしたら、もうどうすることもできない。

 ここまで言って、それでも逃げるならきっと友達ではいられないだろうなと思った。

『でも、ボクは男だから、男を好きになるわけには……』

 長い長い間があってから、薫のか細い声が返ってきた。

 初めて薫とその話をした時は、心の病の話まで出てきて気が動転してしまったが、今冷静になって考えるとそれは些細なことだった。

「そんなことが何だって言うの?」

『そんなことって、真琴には話したじゃない。ボクの病気のこと。だからっ』

「あの時私言ったわよね。『女の子が男の子の恋をするのは自然なこと』って。でも、世の中にはいろんな恋愛の形があるってわかったの。男が男を好きな人だっているし、……女が女を好きになる人だっている。だからいいじゃない、薫が勇壱を好きになったって」

『真琴の言いたいことは、わかるけど。でも……』

 他人のことだからよくわかる。問題を難しく考えすぎているのだ。

 答えはもっと単純なのに。

「勇壱のことをどう思ってるの?」

『好きだよ』

 唐突に向けた質問に薫は迷いなく答えた。

 大切なのはその気持ちだ。

「だったらその気持ちを伝えた方がいいわ。薫自身のためにも」

『ボク、自身……?』

「勇壱はひねくれた性格してるから私と違って言いづらいかもしれないけど、根はそんなに悪くないから。素直に言えば、きっと真面目に考えてくれるわよ」

『……うん』

「それじゃ、また明日ね」

 真琴は、薫の返事に満足して電話を切った。

 そこで、何か大事なことを忘れていたことに気がついた。

(あっ!)

 由紀子のことを相談するのをすっかり忘れていたのだ。

 かといって、ここでまた電話をかけ直すのもばつが悪いような気がして、今日は諦めることにした。

 スマホを机に置いて窓から外を眺める。

 隣に見える由紀子の家は、由紀子の部屋だけ明かりが点いていなかった。

 真琴は心の中で由紀子に「ごめん」と謝った。

 本当は自分のことを考えるべきなのに、真琴は薫のことが気になっていた。

 薫は、わかってくれただろうか。

 勇壱に想いを告白するのだろうか。いや、できるのだろうか。

 真琴は薫に想いを告白することを勧めたのに、その日はなぜだか心が痛んだ。

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