6
薫からのラインがきたのは、電話した日から数日経った翌週の火曜日のことだった。
内容は「お話があります。できればその席に辻堂さんも同席させてください」というものだった。
はて、なぜここで由紀子のことが出てくるのだろうか。
真琴に話があるというのは、わかる。
しかし、由紀子のことは結局何もまだ相談できていないのに。
まさか、真琴の心のコエでも聞こえたのだろうか。
そんな馬鹿なと、自分の考えを鼻で笑った。
とにかく、渡りに船。
由紀子の誤解を上手く解くチャンスだと思い、迷わず了解の返信をした。
放課後は由紀子が生徒会の活動に参加してしまうので、お昼休みに屋上へ集合することになった。
告白されてからまだ一度もまともに会話を交わすことができていなかったというのに、お昼に誘ったら由紀子は何事もなかったのだろうかと思うくらい自然に受けてくれた。
二人してお弁当を持ち教室を出ようとしたら、美希に呼び止められた。
「へぇ、マコちゃん今日はユキちゃんとお昼食べるんだ。……何で私も誘ってくれないのよー」
「え、そ、それは……」
まずい。美希を連れて行ったら話どころではない。
何とか取り繕うとしていたら意外なところから助け船が出た。
「ふーん。ま、いいわ。私は先約があるし。……ごゆっくり」
美希は真琴と由紀子の顔を窺いながらそう言って自分から引き下がったのだ。
たったそれだけのことで何か察してくれたのかと、美希の優しさにちょっと感謝した。
そして、今度こそ屋上へ向かって教室を出た。
由紀子にはまだ、どこへ行くのか言っていなかったが黙ってついてくる。
歩いている間に由紀子の心のコエを聞こうと試みたが、無駄だった。
やはりどんなに強く想っていたとしても深く秘めた心のコエは聞こえないみたい。
それとも、もうどうでもよくなってしまったのだろうか。
よもやあの告白が嘘だったなんてことはないと思うけど、一歩進むごとに不安が蓄積されていった。
屋上に出ると、そこにはもうすでに薫の姿があった。
これにはさすがの由紀子も驚いていた。
「え? 藤代君? ……これって、どういうこと?」
その質問には真琴だって答えられなかった。
薫が由紀子を同席させた真意はわからなかったから。お昼休みまでに聞いておければよかったのだが、あいにく今日はそんな暇がなかった。
「ボクが呼んだんだ、辻堂さんのことは」
『どうして?』
『え!?』
二人の声がきれいに重なって、お互い顔を見合わせた。
二人の内の一人である由紀子が声を震わせて言った。
「どうして真琴まで同じことを聞くのよ?」
二人の内、もう一人の真琴はしどろもどろに言う。
「いや、だってその……私も知らないし……」
「し、知らないって……」
由紀子はこめかみの辺りをピクピクさせている。
「ストップ。こんなときにケンカしないで。話をする時間がなくなるでしょ」
淡々と言って薫は二人の間に強引に割り込んだ。
それもそうだと思い、三人はそろってベンチに腰を下ろした。
「まずね。ボクが辻堂さんを呼んだのは、ある人から聞いたからなんだ」
そう言って切り出したのは、真琴の左隣に座っている薫だった。
「聞いたって何をですか?」
いつもの落ち着きをいつの間にか取り戻し、若干冷たく言ったのは真琴の右隣に座っている由紀子。
「ボクと真琴が付き合ってるって誤解してること」
「え?」と反応したのは真琴だけだった。
相談しようと思っていたけど、できなかったのに。
なぜ知っているの、と。
「勇壱君が教えてくれたの。ボクのせいで真琴と辻堂さんが仲違いしてしまいそうだって」
言われてみればそうだ。
真琴と由紀子が口論したことを知っているのは当の本人たち以外では、勇壱しかいない。
由紀子が薫に話すわけはないし、真琴が相談できなかったのだから、勇壱が話す以外に薫が知る方法はない。
あれ? ということは。
「薫、勇壱に告白したの!?」
その場に、薫の秘密を知らない由紀子がいたことも忘れ、大声を出して立ち上がった。
「うん。まあね」
薫は気にせずさらりと答えてくれた。
「話があるってそのことだったのね。それで、勇壱は何て? あ、いやごめん。今のは聞かなかったことにして。いくら友達でも告白の顛末は話したくないわよね。私、どっちかっていうと親しい人には割りと何でも話しちゃうタイプだから。デリカシーなくてごめんね」
しゅんとなり力なく真琴は座った。
「あの、別に聞かれても構わないんだけどさ。元々話すつもりだったし。でも、その前にボクたちの話から完全に置き去りにされてる辻堂さんに事情を説明しないと」
「あっ」
静かに聞いていたので全然気にしていなかったのだが、見返すと由紀子は目を丸くして固まっていた。
真琴が説明しようとしたら、薫が制した。
「いいよ。ボクのことはボクから話すから。それに、真琴って説明するのが下手みたいだし」
痛いところをついてくる。
自慢じゃないが全くもってそのとおり。
自分のことだって話すのが下手なのに、他人のことなんかたとえ友達のことでもうまく説明する自信はない。
薫はその点、実に要領よく話をまとめて説明した。
所々で相槌を打っていた由紀子も、やがて納得したのか、薫に向けていた冷淡な顔を解き優しい笑顔を取り戻した。
「――つまり、藤代君は男の子の体を持っているけど、女の子なのね?」
「そう」
「それで、神田君が好きだという気持ちにずっと苦しんでいた」
「うん」
「だから、偶然そのことに気づいた真琴に相談していただけで、特別な気持ちで付き合っていたわけじゃない……」
「というわけです。わかってもらえた? ボクは勇壱が好きなの」
由紀子は一回だけ深呼吸をして空を仰いだ。
「なーんだ。心配して損しちゃった」
誰に話しかけるでもなく、からりと言い放った由紀子はとてもすがすがしい顔をしていた。
たぶん、いやきっと自分自身に言ったのだろう。
「だいたい、真琴に彼氏なんてできるわけないじゃない」
「え? ちょっ……薫。それどういう意味よっ」
「クスッ……確かにそうね。もっと冷静になって考えるべきだったわ」
「由紀子まで、変なことで納得しないでよっ」
二人は真琴の制止も聞かず、勝手に結論づけてしまった。
全く、何て友人たちなんだろうか。
「ところで、藤代君はどうして神田君に告白したの? 嫌だったんでしょう?」
そうだ。それはさっき真琴も同じことを考えていた。
「ボクのことは薫でいいよ。その代わり由紀子って呼んでもいい?」
「え、ええ。それはいいけど」
薫は由紀子に向けていた視線を正面に移した。
「話、戻すね。ボクが告白しようって思ったのはボクの意思だよ。ただ、一番のきっかけは真琴のお説教かな」
「へ? わ、私?」
「真琴に言われてボクは初めてしがらみを捨てて考えてみたんだ。それでも、やっぱり勇壱君のことが好きだっていう自分の気持ちは変わらなかったんだ。だから、その本当の気持ちを伝えたいと思ったの。結果はどうなってもいい。ただ伝えたかった」
何だか胸が熱くなってくる。
人が人を好きになるということがこんなに純粋なものだとは思わなかった。
きっと薫にとって勇壱はそういう気持ちにさせる相手だったのだろう。
真琴はしだいに告白の結果を聞くのが怖くなってきた。
勇壱の本心を知っているだけに、真琴にはどんな結果なのか予想できた。
それもおそらく完璧なものが。
そんな真琴の気持ちを知ってか知らずか、由紀子はあっさり聞いてしまった。
「それで、どうだったの?」
そういえば、さっき薫は話つもりだって言っていたから、こっちから聞かなくても話したのだろう。
しかし、だとしてももうちょっと気を遣って遠回しに聞けばいいのに、由紀子は思いっきり直球の質問を投げかけた。
「振られちゃった。『好きな人がいるから友達以上にはなれない』って」
薫も由紀子に負けないくらいの直球の答えを返した。
やっぱり思ったとおりの結果だった。
でも、それにしては――。
「あまり落ち込んでいないみたいね」
由紀子は絶妙のタイミングで真琴が思っていたことを聞いてくれた。
「あ、うん。何となくそういう結果になるだろうなって思ってたから、あまりショックはなかったの。それに勇壱君と友達になれたから、それが嬉しくて」
何だろう、この気持ちは。
友達が好きな人に振られたのに、なぜこんなに安心しているのだろう。
真琴は自分の心に違和感を覚えた。
「ねぇ、真琴。とりあえず返事は保留にしておくからね」
「え、え? 何?」
急に話を振られた真琴は、何のことを言っているのかわからず困惑した。
返事……返事といったら由紀子の告白のことに決まってるじゃないか。
でも、今「保留」って。
どういうこと? と目で訴えた。
由紀子は何も言わず、ただ何かを悟ったようなほほ笑みを返した。
それを見て、真琴は由紀子の想いに対する自分の答えが先送りになったことだけはわかった。
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