3
金曜日、屋上で薫とお昼を食べていた真琴のスマホに、一通のメールが送られてきた。
差出人は、辻堂由紀子。
Subject:話があります。
本文:今日の放課後会えませんか? 私は生徒会の活動があるので、できたらその後で。家で話すようなことではないので、校内で待っていてもらえませんか?
ラインではなくわざわざ題名付きでメールが送られてきたことに由紀子の真剣さが窺えた。
真琴は二つ返事で「OK」と返信した。
「誰から?」
薫が真琴のスマホを覗き込んできた。
「由紀子よ。前に話したでしょ、私の幼なじみの――」
「辻堂さんね、知ってるよ」
「あ、そうそう。何か由紀子から話があるみたいでさ、今日は一緒に帰れなくなっちゃったわ」
「別にいいよ。特に用事があるわけじゃないし」
「悪いわね」
そう言って真琴はもう一度由紀子からのメールを読んだ。
(「家で話すようなことではない」か。……何だろ)
妙に深刻そうな内容が少しだけ気になった。
まあ、でも由紀子のことだからと、そんなに心配せずに午後の授業も滞りなく進んだ。
真琴はホームルームの後、薫と一緒に校舎を出た。
とはいっても帰るつもりではない。当たり前だけど。
薫とは噴水広場でさよならをして、真琴は図書館へ向かった。
由紀子の生徒会活動が終わるまで、そこで暇潰しをするために。
特に読みたい本はなかったので、今日の新聞を手に取って閲覧室へ行った。
ここへ入るのも、あの事故の日以来だと思うと感慨深くなる。
幸いにも今日は閲覧室に勇壱の姿はなかったので、逃げ出すような事態にはならずに済んだ。
そういえば、ここ最近薫とのことで忘れてたけど、まだ勇壱とは仲直りできていなかった。
向こうが真琴を避けているのだからどうしようもないのだが。
あまり気持ちのいいことではない。早く謝ってすっきりしたいというのが正直な気持ちだった。
勇壱がせめて薫の十分の一、いや百分の一でも素直だったらこんな厄介なことにはならないのにと思わずにはいられなかった。
真琴は窓際の席に座り、持って来た新聞を広げた。
いつもはテレビの番組表やスポーツ面くらいしか目を通していない。
が、しかし今日はあまり興味のない政治やら経済面等、まさしく隅々まで読んだ。
ふと窓から空を見上げると紅く染まっていた。
「うわっ、まずっ!」
気づかぬ内にだいぶ時間が経っていた。
真琴は勢いよく席を立った。
走りながら時計を見ると五時はとっくに過ぎている。
生徒会の仕事がどれだけかかるのかは知らないが、いくら何でももう終わっているだろう。
「ごめんっ。待った!?」
てっきり由紀子が先に来ているだろうと思っていたので、そう言って教室に飛び込んだ。
――が、そこには差し込んでくる夕日以外誰もいなかった。
「あれ……?」
自分の腕時計と教室の時計を見比べる。
時間は狂っていない。となると、まだ生徒会の方に由紀子はいるのだろう。
真琴は暗くなり始めた教室の明かりを点けようと、前側の扉の所にあるスイッチに近づいた。
そして、スイッチを押そうとしたところで体が固まった。
扉の向こう側に幽霊が立っていた。
自分だって普通の人間とは言い難いから、たいがいの人は受け入れられるけど、こればっかりは無理。
苦手なものは苦手なのだ。
真琴はその格好のまま「ゴクリ」と唾を飲み後ずさりした。
その幽霊は、扉に一歩近づき――。
通り抜けて入って来るのかと思ったら扉を開けた。
幽霊の足下を凝視すると、しっかり足は存在していた。
ゆっくりと顔を上げてまじまじと見ると……。
「あ、あれ? ……ゆ、由紀子!?」
「ええ、そうよ」
ボソッと囁くように言い、音もなく扉を閉めて教室に入った。
真琴はほっと胸を撫で下ろしながら、親友を幽霊と間違えたことに心の中で「ゴメン」と謝った。
しかし、幽霊もとい由紀子の雰囲気は見たこともないくらい暗かった。
それこそ生気が感じられないほどに。
自分を擁護するわけではないが、これでは幽霊かと思われてもやむを得ないと思う。
由紀子は自分の席に鞄を置き、うつむいたまま動かなくなってしまった。
話が進まないことにしびれを切らせた真琴は、由紀子が何を考えているのか不審に思いながらも自分から話しかけた。
「それで、話って何?」
ゆっくりと顔を上げて由紀子言った。
「真琴と藤代君が付き合ってるって聞いたけど、本当なの?」
あれ? 何だか二、三日前に同じような質問を聞いた気がした。
あの時は確か美希が相手だった。
ということは、美希は由紀子に話さなかったのかと思った。
(でもまあ、由紀子は美希よりも私のことをわかってるはずだから、事情を話さなくても察してくれるわよね)
そう自分に言い聞かせ、美希に言った答えを繰り返した。
「薫はただの友達よ」
「嘘よっ」
「え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
確か、「嘘」って言われたような気がする。
しかし、何が嘘なのだろうか。見当もつかない。
真琴が思案していると、由紀子から答えが返ってきた。
「ただの友達だったら、あんなに親しいわけないじゃない」
「いや、えーと。それは、その……」
説明できるけど、できない。
由紀子なら言わなくてもわかってくれると思ったのに。
「私にも言えないような関係なのね」
「だから、そうじゃなくてっ」
「本当に藤代君がただの友達なら、どうして私まで避けるのよっ!」
「さ、避けるって……私が、由紀子を?」
「そうよ。神田君の時は私も美希さんも一緒にお昼食べたりしてたのに。藤代君と付き合い始めてからは一度もお昼誘ってくれなくなったし、休み時間だって話さなくなったじゃないっ!」
由紀子はそう叫んで机を叩いた。
真琴は由紀子が怒っているのかと思ったが、すぐにそうではないと気づいた。
動作は確かに怒っているように見えるが、由紀子の表情は今にも泣き出しそうだったから。
これじゃ、まるで。
「嫉妬しているみたいじゃない」
「え!?」
由紀子は目を丸くして声を上げた。
「え!?」
真琴はさながら鏡に映った由紀子のように同じことをした。「しまった」と思ってももう遅い。今さら手で口を塞いでも言ってしまった言葉は取り消せない。
真琴は思っていたことをそのまま口にしていたのだった。
「嫉妬……。そうね、そうだわ……」
ブツブツと言った由紀子には、さっきまでの激しい感情はなくなり、いつもの冷静さを取り戻していた。
「あの……由紀子……?」
「真琴の言うとおりよ。私は藤代君に嫉妬してるの」
由紀子は伏し目がちに話した。
「ど――」
どうして、と聞こうとして真琴はやめた。わざわざ聞かなくてもそんなことはわかる。
人が人に嫉妬する理由なんて一つしかない。
「ずっと、ずっと真琴のことが好きだったから」
じっと真琴を見つめて由紀子は、はっきり告白した。
やっぱり、とは思ったものの想いを受け止めるだけの心の準備をしていなかった真琴は、たじろいで後ずさりした。
後ろに置かれていた机にぶつかり、危うく転ぶところだった。
真琴は自分がいかに愚かな人間か気づかされた。
十年以上も付き合ってきた由紀子の気持ちは今日、初めて知ったのだ。
真琴には心のコエを聞くことができるのに、強く激しい想いしか聞こえてなかった。
誰よりも近くに強く深い思いを抱えている人がいたのに気づくことすらできなかった。
放心している真琴を振り切るかのように、由紀子は教室から走り去った。
真琴は日が沈み、暗闇に包まれた教室で一人立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます