6

「全く、何考えてるのよっ。あいつは!」

 家に帰って、夕飯を食べて、お風呂に入っても腹の虫が治まらなかった真琴は、何の連絡も入れず由紀子の家に押しかけた。

 目をぱちくりさせながらも快く迎え入れてくれた由紀子に、今日の放課後あったことを全部ぶちまけて、捨てゼリフのように今の気持ちを吐き出した。

「……わからないわね」

 口を挟まずに聞いていた由紀子が複雑な表情でつぶやいた。

「でしょ?」

 真琴は由紀子の言葉を自分の考えに同調したものだと思い相槌を打った。

 しかし、由紀子の口からは意外な返事が返ってきた。

「違うわ。私が言っているのは神田君のことじゃなくて、真琴のことよ」

「え? わ、私?」

「そう。真琴は神田君のことを心まで理解しているみたいなのに、自分の心がまるで理解できてないわ」

「……自分の、心……?」

「そもそも、神田君のしたことの何について真琴は苛立っているの?」

「…………」

 それは考えたこともなかった。

 何に対してこんなに苛立っているのか。

 嘘をつかれたことにだろうか。

 勇壱のせいでいわれのない非難を浴びたことにだろうか。

 それとも、真琴の前では憎まれ口しか叩かないことにだろうか。

 どれも正解のような気がするし、どれも不正解のような気もする。

 真琴は確かに自分の心がわかっていなかった。

「どう? 何か答えは出せそう?」

 由紀子の質問に真琴は首を横に振って答えた。

(……嘘……か……)

 一つのキーワードが頭の隅に引っかかった。

「あ……」

 そこで真琴は気がついた。

 さっき勇壱にひどいことを言ってしまったと。

 あの時は妙に冷静になっていたような気分だったけれど、今にして考えると決してそうじゃない。

 むしろ、怒りで自分を見失っていたとしか思えない。

 勇壱は真琴に一度も本心を見せたことはない。それは真琴が勝手に知ってしまったことだった。

 だから勇壱が自分の心に嘘をついていることを知ってるのは、勇壱本人しかいないと思っているはず。

 自分しか知りえないことを他人から指摘されれば唖然とするのは当然だ。

「わ、私……勇壱にひどいことを……」

 顔面蒼白で真琴はぼそっと言った。

「気にしなくてもいいんじゃない。だって真琴は神田君のこと嫌いなんでしょ? それに、ひどいことなら真琴も言われてるじゃない」

 しれっと言った由紀子に真琴はなぜか反発を覚えた。

 由紀子の言っていたことは理屈としてはよくわかる。夏休み頃の真琴ならきっと同じように思っていた。

 そう、今の真琴は理屈ではなく、感情的な部分が疼いていた。

「でもさ――」

「そうよね、そうやって切り捨てるわけにはいかないわよね」

 由紀子はまるで、私の心のコエを聞いたかのようにスラスラと言った。

「どうして……」

「見ていればわかるわ。真琴にとって神田君はもうその他大勢の男子じゃないのよね。……友達でしょう?」

「う……ん。……たぶん」

「なら、思ったとおりにすればいいんじゃない?」

「……そうね……。うん、そうするわ」

 真琴は由紀子に相談してよかったと思った。

 勇壱に対して間違ったことをしてしまうところだった。

 いや、傷つけてしまったことや、言ったことは取り消せないのだけれども。

 それでも、謝ることくらいはできる。

 許してもらえるかはこの際関係ない。

 これは真琴の気持ちの問題だから。

 はっきり言って未だに自分の心はよくわからない。

 なぜ勇壱に苛立ったのか。

 由紀子の問いかけの答えはまだ出せそうにない。

(自分の心さえわからないのに、最低だなんてよく言えたものだわ)

 あんな言葉を使う資格なんかなかったのだと真琴は思った。

 自己嫌悪に陥りながらも、今日のことは絶対に謝ろうと自分自身に誓った。

 由紀子の言ったとおり、勇壱の存在は真琴の中で確実に変わっていた。

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