夏(3) 道理の逆説

 格式高い内装と知的な会話。

 アルコールが進むにつれ程よく喉を焦がし酔いが回ると、妖精パックが魅せた恋の魔法のように私を大胆にさせる。


「ん〜酔っちゃったなぁ〜。今日はウチに帰れないかも?」

 

 甘える猫のような声で白々しく言って彼の肩にもたれかかる。

 このまま彼の家へ行き、肌を通して互いの愛をより深めたい。

 なんてね。


 私の期待とは裏腹にシュウジ君のベクトルは全く別の方向を見ていた。


「マリ。科学は君の専門だから聞くけど、恋や愛は科学で証明できるのかな?」


「え?」


「恋は脳の電気信号が激しく行き交うことで引き起こされる錯覚、愛はフェロモンの生成によって誘発される作用。どちらも捉えどころがない存在なのに、人体には現象として起きる。これは科学なのかな?」


 私は彼を愛でるように茶化した。


「シュウジ君も酔ってるんだ〜。そんなこと真面目に考えるなんて、ホントに純粋な人」


「恋や愛がなくなれば、いずれ人は孤独になる。孤独の果は虚しい死だ。いや、自ら死を求めることもある」


 彼の言葉で段々と頭が覚醒され、酔いが冷めてきた。


「ね〜ぇ? 今はその話はやめない?」


「マリは生と死に関して興味はないのか? いずれ誰にでも平等に、否応なく訪れる死に」


「そんなことないけど、今はそんな話をする気になれない」


「僕は思うところがある。自殺が本当に悪いことなのかなって」


 シュウジ君はこの手の話になると、熱が入り止まらなくなる。

 どう話を終着させればいいか解らず、解答を濁した。


「悪いって話じゃないけど、やっぱり良くはないわよ」


「もっと多角的に捕らえてみたらどう? 日本では少子高齢化で人口が減り遠い未来では、日本人は絶滅する恐れがあるなんて専門家は言っている。けど世界レペルで見ると人口は爆発的に増えて行き、食糧の供給が間に合わず貧困にあえぐ国や地域に暮らす人は、餓死していく」


 私は彼の腕を力なく掴み中断を試みる。


「ね、ねぇ、シュウジ君? もうその話は止めよう? 周りのお客さんも聞いてるし……」


「人口がある程度減れば可もなく不可もなく、食糧は適切な量が配当される。人の数が少ない分、需要が下がり供給も減る。資源を必要な分だけとり海や森を汚さず、野生の生き物の食物連鎖を崩すこともない。いいことづくめだ」


「シュウジ君……」


「地球には人は多すぎる。自然の世界は多すぎれば淘汰するように出来ている。自ら命を断ち数のバランスを図る自殺は、非常に社会的貢献度の高い有意義なおこないだよ」


「シュウジ君!」


 怒鳴り声で客の注意を引いてしまい押黙る。


 なんで私が心苦しい状況になるんだろう?

 

 シュウジ君は私の気持ちを他所に話を止めようとしない。


「どうして人は人の命を奪うんだろうね? 自殺だって自分が自分の命を奪うことと同じことだよ。命を奪った罪は真の意味であがなえるのかな」 


「お願いだから止めて」


「人間性の無い殺戮者が死刑を言い渡されても、刑が執行されるまで時間がかかる。皮肉なことに殺した相手より長く死刑囚が生きることだってある。懺悔し神に許されるまでは、どんな悪人も神の身もとで生かされる」


「ねぇ? 私の話を聞いて」


「逆に昔は犯罪を立証する決め手がなくても、刑を言い渡すこともあった。昔の司法制度は今に比べて未熟だったから、冤罪で死刑になった人間だって大勢いる。そんなの社会が殺人を犯したのと同じだよ」


 私はこの講釈に対して抵抗するように黙った。

 何も答えなければ話は終わる。


「人が人を殺したら罪になるけど、社会が人を殺しても罪とは言い切れない。社会秩序は神のような存在だね。だから政治家や官僚みたいに国民を統制する側になると、自分を神だと勘違いして傍若無人に振る舞う」


 黙っていると彼の自説が嫌でも耳に入る。

 鼓膜を揺さぶるシュウジ君の声が私の頭の中をかき乱す。

 黙ると心に誓うが、彼の話術はその誓いを容易たやすく破らせる。


「マリの本心はどうなの? 君は研究所のバイトで生き物の首を切り落としているんだよね? その時の気持ち、どうなの? 僕はとても興味があるよ」


「別に楽しい仕事じゃないよ」


「マリの家族も研究者だよね? お姉さんは子供の頃から成績優秀で名門大学に行き海外への留学も果たした。将来は有望視されている。両親の期待は大きい。方や妹の君は姉の後を追いかけようと頑張るけど、姉のような才能は授からず学校では成績も並みで、クラスで目立つようなタイプでもない。平凡な大学に留まる。両親はお姉さんとマリを否応なく比べるだろうね」


 ナイフで心を何度も刺されるような言葉に、耐えられなくなる。


「今日のシュウジ君、すごいイジワル……」


「当然、両親の愛情は優秀な姉の方へ傾く。家族はコンプレックスになり、血が繋がっているばずの家族なのに孤独を感じ、世の中の全てのことに自信をなくし塞ぎこむ生活が続く。愛情の反対は無関心……どこかで聞いたような、ありがちな話だ」


 私はイラ立ちを隠すように顔をうつむかせ、彼の浴びせる辛辣な言葉に耐えようとした。


 ありがちな話?

 私が家族の間で感じた疎外感や孤独感が、気に止める程でもないということ?


 耐え忍ぶはずが我慢できずに口がおのずと反目した。


「……ほっといてよ」


「ほっとけないよ。僕はそういう可愛そうな人を救済したいからさ」


 彼はまるで、実験用マウスのような貧弱な生命を痛ぶるように、せせら笑いながら私へ問いただす。


「子供の頃、マリはどんな遊びで心の寂しさを埋めていたの? 生きたカエルの腹に枝を何本も刺したのかな? 野良猫を池に沈めて溺死させた? 鳩やカラスの首を切り落としてた?」


 私は浅く座った椅子から勢いよく立ち上がった。

 その反動で椅子は倒れ激しい物音を立てたが、構うことなく店の扉を荒々しく開けて外へ出た。

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