春(3) デート

 万雷の拍手喝采に起こされた。

 『春夏秋』までしっかり聴き入っていたのに、最後の曲目『冬』は取りこぼしてしまったわけだ。

 帰り支度の観客が立ち上がるタイミングに合わせて席を立つと、直ぐにおかしな状況に気が付く。

 隣でコンサートを聴いていたシュウジ君がいない。


 嘘? いつ席から離れたの? 私が寝てる間に会場を出た……でも、今明かりが点いたばかりなのに。

 演奏が終わる前に席を移動した?


 慌てて席を立って演奏会場を出てメインホールに足を運ぶ。

 カーネギーホールのような立派なシャンデリアが飾ってある出口は、帰りの客足でごった返す。

 人の波にさらわれそうになると、私を呼び止める声がした。


「マリ! こっちだよ」


「シュウジ君!?」


 私は砂漠でオアシスを見つけたように、彼の元へ駆け寄り肩を叩いた。


「もう! いつ席から離れたの?」


「ごめんね。トイレを済ませたくて早く出ちゃったよ」


 安心すると私は彼の腕を掴んで、その温もりに身を預けて劇場を後にした。


 花見の季節は夜が華やぐ。

 公園は花見客でにぎわい夜が深くなるにつれ、猥雑な会話と空いた酒の容器が飛び交う。

 スルーして虹色に輝くアーケードへ進むと、電気店のウィンドウに置かれた、4K画像70インチ大画面のテレビからニュースが流れていた。

 男性キャスターが最新情報を読み上げる。


『いずれも被害女性は首を切断された状態で発見され、頭部は持ち去られていたとのことです。犯行の手口が類似することから、警視庁は連続殺人事件と見て捜査を進める方針です』


 せっかくの幸せな気分が台無し。


「イヤだな、殺人事件なんて。すごく怖い」


「マリ。そんなに怖いの?」


「だって、誰かに殺されるなんて怖いに決まってるでしょ?」


「そうだよね、怖いに決まってる。何故ならソレは死ぬことが怖いからだ。死によって財産も幸福も生の喜びも奪われる。酷く恐ろしいことだ」


 私は腕に寄り添う彼の表情を除きこんだ。


 なんだろう? 上手く言えないけど、表情が見えない。


 彼は低い声を作り独り言のように話す。


「死は不思議だ。誰もが知っていて誰もが最後に経験するのに、誰もソレがなんなのか理解できない。身近に備わっているのに死の先に何があるか誰も知らない」


 芸術家肌のせいか、シュウジ君は少しナルシストじみたところがある。


「未知数だから人によっては死に魅了される。死に触れたいと思う。昔の人は死を酷く恐れた。ただでさえ寿命が短く犯罪、戦争、疫病、災害であっと言う間に星の数ほどの命が失われる。死の恐怖は拭えなかったんだ。だから聖人達は人々の恐怖を和らげる為に、死を迎えても次の人生、来世があると唱えた」


「転生?」


「そうだよ。今を必死で生きれば次はより良き人生が待っている。来世の幸福は現世で積み重ねた努力の結晶だと教えを説いたんだ」


「壮大なロマンだね。凄く素敵な話」


 次に出た彼の言葉は冷徹な物だった。


「とんでもない。壮大な嘘、誇大妄想、背徳、そしり、冒涜、神を巻き込んだ詐欺だよ」


 呆気取られ言葉を忘れた私に構わず、彼は続ける。


「全ては死の恐怖を和らげる為の作り話。そうしなければ民衆は教会に足を運ばず、布教も寄付もしない。教会は民衆を神に従わせる為に転生の話をでっちあげ、民衆もまた死の恐怖を忘れる為に甘い言葉に乗っていた。死は転生のない残酷な現象」


 動揺で声が上ずる私は何とか彼を諭そうとする。


「ね、ねぇ、そろそろ帰ろう? 明日は大学の講義があるの」


「突き詰めれば神なんて抱擁ある存在はいないはずだ。人は愚かだ。パレなけれぱ何やってもいい、やったもの勝ちだとおごる。今の文明社会のように監視カメラでの記録映像やSNSによる告げ口がなかった時代。王政や帝政の手が届かない場所では、国民の悪行や反逆を知る術も抑え込む力にも限界があった。だから時の権力者は教会と結託して神の心眼が常に素行を監視していると言い放ち、国民をコントロールしてきたんだ。神は権力により作られた幻だ。真の神は人のように軽薄じゃない。大いなる幻影でなけれぱならない」


 シュウジ君の声が荒げてきた為、行き交う通行人の注目を集めてしまい、私はうろたえた。

 私の心中など知る由もない彼は、人目も気にせず講説を続けた。

 

「この世界は浅はかな虚像、今を生きる僕らは夢という海に浮かぶ泡だ。死は泡が弾けるだけ。現実から夢に落ちるのか、夢から現実に引き戻さるのか、どんなに幸福な死も凄惨で悲惨な死も等しく同じ死。人生は一度きりのモノ」


 彼はガラスウィンドウに手を合わせ、愛おしそうに猟奇殺人のニュースを見つめながら、言葉をこぼす。


「命が潰える瞬間は、燃え尽きる超新星のまたたくような輝きに匹敵する。あぁ……だから死は美しい」

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