第2話 鼻水たらしながらメイドに抱きついてる

 わたしの最後の時、それが何者なのかよくわからないけれど、とにかく秩序を守る側の女にわたしは追われていた。とうとう彼女によって追い詰められたときには、わたしは深手を負っていた。自分の命はもうすぐ消える。それがわたしにはわかった。


 だから、破れかぶれになってわたしは彼女と戦い……そして敗れた。


 男の復讐を誓って以降わたしは沢山の人間を殺している。彼女からすれば、わたしはただの大量殺人鬼。唾棄すべき存在に過ぎない。わたしはこの世の最後に、わたしを憎み蔑む目を睨み返してやろうと心に決めて彼女を見上げた。


 意外なことに、そこには悲しさを湛えた瞳がわたしを見つめていた。寂し気で優しい笑顔を浮かべながら彼女は頭を下げてこう言った。


 「あの……局長を助けてくださってありがとうございました」


 彼女が何を言っているのかよくわからなかった。今まさに止めを刺そうという相手に対して、彼女が何を言っているのかわたしには全くわからなかった。


 復讐のためにわたしが壊滅させた地下組織。そのアジトでは多くの女性が監禁されていた。わたしはその全員を解放したのだけれど、もしかしたらその中に彼女の大切な人がいたのかもしれない。


 「ふっ……」


 わたしは思わず笑ってしまった。まさか、わたしに止めを刺そうとしている相手の口から出てくる言葉がお礼だなんて……。


 「ふふふ……」


 わたしを孤独にした世界。

 わたしをイジメる世界。

 わたしを苦しめるだけだったこの世界を呪って呪って呪って死んでやろう。


 頑なにそう思っていたわたしの心の壁が、彼女のたったひと言で崩壊した。


 「あぁ……」


 なんだか全てが馬鹿らしくなってきた。わたしが主演のとってもつまらない喜劇。観客は誰もいない、ただただ長いだけのつまらない映画だったけど、それもあともう少しで終わり。


 「きっとわたしは地獄へ落ちるんだろうな……たくさん殺しちゃったし……」


 でも地獄ならあの男がいるかもしれない。孤独じゃないならそこがいい。


 「もう一人なのはやだな……」


 聞こえないほど小さな声だったはずなのに、彼女はわたしの手を取って――


 「あなたは局長の命を助けてくださいました。局長の恩人であるあなたは私にとっても大切な恩人です。そんなあなたに寂しい思いをさせたりはしませんよ」

 「……」

 「ですので……。わたくしは必ずあなたのところへお伺いします。あなたがこれからどこへ行くことになろうとも必ずです。そしてまたお会いすることがきたときは、どうかわたくしとお友達になってくださいね。あなたとずっと一緒にいさせてください」


 変な慰めの言葉……わたしの泣き言が彼女に聞こえちゃったのか。いまや死ぬ間際だというのにちょっと恥ずかしかった。


 でも、わたしの心のいちばん深いところが少しだけ暖かくなった。


 「ねっ、お約束しましたよ?」


 彼女が念を押す。


 わたしの全部がこの世界から消失していく中、わたしが絞り出した言葉は彼女に届くだろうか。もうそんなことはどうでもいいか。


 「……待ってる」


 すべてが闇に包まれ、わたしは深く沈んでいく。彼女が誰なのかわたしは知らない。名前さえ知らない、わたしの命を終わらせた彼女の最後の言葉に、


 決して叶うはずのない約束に、


 優しい嘘に、


 わたしは手を伸ばしながら消えていった……。



 ● 〇 ● 〇 ● 



 「……嬢様?」


 彼女の声が聞こえる。


 「お嬢様!?」


 ハチの声が聞こえる。


 わたしに約束してくれた声。


 「お嬢様! しっかりしてくださいっ!」


 お嬢様? 誰のことだろう?


 「……って、わたしお嬢様!?」


 素っ頓狂な声を上げ、わたしはポカンとハチを見つめる。彼女に抱き着いて寝ちゃっていたのか。一瞬でわたしを寝落ちさせるなんて、さすがハチの胸、恐るべし。


 「お嬢様、やはりどこか具合がよろしくないのでは……。」


 ハチが心配そうな顔でジッとわたしを見つめるが、どこも具合は悪くない。


 いや悪い。


 全身から滝のような汗が流れ始めてきた。今この瞬間も前世の記憶がはっきりと、それはもう完全といいって良いくらい鮮明に蘇りつつあるからだ。


 今のわたし、松華院女子高等学校2年、令和4年9月の今日、生徒会選挙に臨もうとしているわたしの記憶と、妖異として生を受け、世界に疎まれ死んでいった前世のわたしの記憶が、わたしという一つの器の中に入り込んで混ざり合っていく。


 「わたし……山王寺小影。」

 「はい。小影さまです。お嬢様。」

 「わたしは、お嬢……様?」

 「はい。お嬢様はお嬢様です。」


 端からみたら本当におまぬけな会話だし、わたしもそう思ってはいるけれど、こうして確認することで頭の中の混乱が徐々に収まり、落ち着きを取り戻していった。ハチは凄く心配そうな顔してるけど……。


 「……ってハチ!?」

 「はい! お嬢様、ハチはここにいますよ。いつだってお傍に」


 前世の記憶が頭の中に彼女のイメージを映し出し、それが今わたしの目の前にいるハチと重なっていく。


 魂が揺さぶられる。


 彼女だ! あの時の約束を彼女は果たしてくれた! 本当にわたしのところに来てくれたんだ! 


 胸が張り裂けそうだった。


 前世のわたしが心の中で絶叫する。


 「はぢぃぃぃぃ」


 目から涙が溢れ出てきた。お嬢様的にはNGなのはわかっていても、涙も鼻水も止められなかった。


 ハチは何も言わずわたしを胸に抱き、優しく頭を撫で続けてくれた。


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妖異だったのに転生したらお嬢さまに生まれ変わっていた件 帝国妖異対策局 @teikokuyouitaisakukyoku

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