妖異だったのに転生したらお嬢さまに生まれ変わっていた件

帝国妖異対策局

第1話 ここはどこ? わたしお嬢さまなの!?

 夢を見ていた。


 夢の中のわたしは黒い影。影はいつも独りぼっちで、いつも一人で泣いていた。影の妖異であるわたしは誰からも忌み嫌われ、世界から見捨てられた存在だった。そんなわたしは住処を追われ、正義によって追い詰められ、叩き潰され、そして寂しく最後を迎える。そんな悲しい夢だった。


 その夢の終わり間際、影だったわたしが死ぬ直前に、誰かがわたしに手を差し伸べてくれた。暗い魂の深淵に沈もうとしていた魂を救い上げてくれた。その手が悲しいだけの物語に優しい光を差し込んでくれた。


 そう……あの人はわたしに約束してくれた。


 わたしがどこに行こうと必ず会いに来てくれると……。


 夢の中のわたしはその人を待つことに決めた。それが影だったわたしにとってただひとつの灯りだった……


 ずっと待つことにしたんだ。


 

 ● 〇 ● 〇 ● 



 「待ってるから!!」


 思い切り絶叫しつつ、わたしはベッドで跳ね起きる。朝食の準備が整ったことを知らせるため、わたしを起こしに来てくれたメイドが驚いて目を丸くしていた。


「お嬢様!? どうされました!? 」

「ごめんなさいハチ。なんだか変な夢を見ちゃったの」

「すごく怖い夢だったのですね。酷いお顔ですよ」

 

 そう言ってハチはわたしの顔をハンカチで拭ってくれた。そして、わたしが落ち着くまで優しく頭を撫でてくれる。


 彼女はいつだって優しい。


 ハチは、我が家に仕えているメイドで年齢はわたしより2つ年上の16歳。輝く銀髪にオレンジ色の瞳。彼女が静かに佇んでいると、これが月の女神かと思わざる得ないほどの美貌の持ち主だ。

 

 それに比べてわたしはというと黒い髪と瞳。これはお母さまから受け継いだ大切な宝物ではあるのだけれど、この国ではあまり見かけない色なのよね。でも学園生活1年目にして恋文を何十通も受け取っているから、わたしだってそれなりの魅力を持っているってことじゃない? じゃない?


 ま……まぁ、恋文の半分はハチに宛てたものだったけど……。


 と、ともかく! ハチは、わたしが辛いときにはいつも傍にいてくれて、どんなときでもわたしの味方になってくれる。わたしにとってはひたすら甘やかしてくれる優しい姉のような存在なのだ。


 「いよいよ今日は生徒会選挙の日よ! わたしの学園生活にとって天王山となる大事な日だから、きっと緊張して変な夢を見たんだと思うわ!」

 「お嬢様と一緒に学園に通えるのも今年が最後となります。わたくし精一杯応援させていただきますね!」


 「ハチー! 愛してるー!」


 彼女の胸に飛び込んで思いっきり甘えながら、わたしは目覚めてからずっと頭の中で膨らみ続ける不安を打ち消そうとした。しかし、今この瞬間もわたしは、わたしの知らない記憶を次々と思い出している。その記憶には違和感がなくて、わたしはそれがわたし自身の記憶であることを確信していた。私を悪夢を見ていたんじゃない。わたしが見ていたのは……


 前世の記憶だ。



 ● 〇 ● 〇 ● 



 その記憶では、私は前世で異世界に生まれていた。わたしは人間ではなく妖異だった。その世界の理から外れた存在だった。


 わたしは人知れず生まれ落ちた。あるとき人間に拾わて山奥の村に運ばれる。そして大きな屋敷の地下牢に入れられ、わたしは村の人々の目からは隠されたまま育てられた。長い時が過ぎ、村から人がいなくなってしまうと、わたしは地下牢を抜け出して人のいる街へと降りていくことにした。


 もちろん世情についての知識や常識なんてもは持ち合わせておらず、人間ではなかったわたしは行く先々で騒動を起こし、その度に追い払われた。


 街から街へと流れて行く日々を送り、最後に辿り着いたのはその世界でもっとも大きな都。帝都と呼ばれる場所だった。


 帝都はわたしにとってとても住みやすい場所だった。数多の人々が群れ集う中に、わたしのような妖異が一匹紛れ込んだところで目立つようなことはなく、さしたる問題にもならなかったから。わたしは都会の闇に紛れ込み、盗みを働くことで生活を続けていた。


 ある日、通行人から財布を盗んで警察に追われていたわたしは、あやうく捕まりそうになったことがある。そのときにあの男に出会った。男は逃げ場を失ったわたしを警察から匿ってくれた。


 それ以降、わたしと男との不思議な関係が始まった。


 男は乱暴な人間で、いつも周囲から恐れられていたようだった。だけど何故かわたしにはいつも優しくしてくれた。わたしが安心して働ける仕事を見つけてくれた。男の家で一緒に暮らせるようにもしてくれた。


 後から知ったことだが、男には亡くなった妹がいたらしく、その面影をわたしの中に見たのかもしれない。とにかく困っているわたしを放っておけなかったのは確かだった。


 「まったく俺らしくねぇ……」


 男はわたしの目を見てときどきそんなことを言っていた。


 男との生活はわたしにとって初めての家族の温もりを与えてくれた。それは仮初のものだったけれど、その頃のわたしはもう孤独に戻りたくないと強く思うようになっていた。


 ある日、男が殺されたということを男の仕事先で知らされた。


 わたしは絶望に膝をつき泣き喚いた。散々に泣いた後、次に抑えきれない怒りが湧いてきてわたしの身を震わせた。わたしから男を奪った奴が許せなかった。そのときから復讐心がわたしの全てを支配する。


 今になって思えば、そのときのわたしは自分が孤独に戻ってしまう恐怖から目を逸らしたかっただけなのかもしれない。


 幾日も経たないうちに、わたしは復讐を果たしたが、わたし自身も大きな傷を負って死を目の前にしていた。

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