第二談 季節外れの雪女
☆
季節は春というには少し暑い五月。
春というよりは初夏。歩く人々からは新しい生活が始まって一ヶ月、少し余裕というものを感じられる。
「……はぁ……」
だが自分はそんな新しい希望に満ちた生活は送れなさそうであった。
慣れ親しんだ町を離れてひたすら南に進み、辿り着いたのは九州熊本県。都会というにはあまりにも殺風景、田舎というには多少自然が少なすぎるなんとも中途半端な町に辿り着いていた。
「……あたし、なにやってんだろ……」
ポツリと呟いてみるが、誰もその声に返してくれるものはいない。それはそうだろう。彼女の格好は周りからすればただの“異端”だからだ。
真っ白い着物に紫の帯。ちょっと時代遅れなミニスカならぬミニ丈。どこで染めたかもわからない水色のショートカットに立つ特徴的な二本の触覚。
そんな彼女に話しかける勇気があるものなんている方が珍しい。
まぁ……彼女のこの風貌はコスプレというわけではない。とりわけ彼女にとってはこれが普段着であり、周りの格好の方がどっちかというとコスプレに思えるくらいだ。
ここまで来たら少しは分かってくれただろうか。
この彼女、実は人間でもない。
だからといって人間に見えない幽霊でもない。
意図的に見えなくすることは可能だが、ソコは根が真面目な彼女、ここまで堂々と姿を見せて、お金をはたいてやってきた雪女ーーつまりは妖怪である。
妖怪が真面目なのは変だって?バカ言っちゃいけない。妖怪はフツーは真面目なのだ。人間を襲うとか食うとかそんなのは一部だし、むしろいないに等しい。もちろん村に惚れた男を氷付けにして連れて帰るなどという風習もない。
ただ人間の急激な発展のせいで雪女の自分にはただただ住みにくい環境になってることは確かだが。
「……こんなことなら北にいくんだった……
翔太にフラれてやけくそで南に来ちゃうなんてバカみたい……
あーあ、これからどうしよ」
残高0円。食べ物も底をつき、気温まで27度 。このままじゃのたれ死ぬ運命しか思い浮かばなかった。
★
「いやぁ面白かったな。『鬼ごっこ』」
貴重なゴールデンウィークの一日目の正午。インドアな俺にしては珍しく、友と遊ぶという休日を過ごしていた。
「まぁまぁね」
「なんだよ。相変わらず素直じゃねぇなぁ」
共に過ごしている友人は俺の小学校時代からの数少ない悪友でありオタク仲間、菜曽野少念(なそのしょうねん)である。
偉く時代錯誤の名前の友達だって?
それにお前洋勝の他にも友達いたのかって?
まぁヤツの時代錯誤な名前は家が寺だからか。その長男で将来は家の坊さんになることが決まっている。だからか知らんがヤツの頭はいつもハゲに近い坊主だ。
ーーまぁ本人によるとのばすと手入れがめんどくさい、それよりも俺は格ゲーのムックの手入れに忙しい、とのことだが。
次の質問だが、そう思ったやつは失礼なヤツだな。確かに俺はひねくれてて性格も悪いが一応何人か友達と呼べるやつくらいはいるさ。
「しかしねー…寺の坊さんになるやつがよ…ホラー映画を進んで見たがるとはね…」
「おいおい、俺の夢は将来ゲーセンを開くことだぜ!」
「……その夢は百回聞いたバン」
「じゃあ101回聞けよ」
菜曽野のやつは俺と同じオタクのくせにあけすけな性格と隠すつもりすらないオタク精神を持つ。
正直、俺はやつのそういうところは前から苦手だ。俺だって別にオタクなのを隠しているわけではないが、菜曽野のようにはいかない。後ろめたさや自信のなさはいつも露呈している。
「それに実家が寺だからって霊とか妖怪が見えるわけでもあるまいし、ホラー映画くらい楽しんだっていいだろ。
それにしてもラストがすごかったなー
まさか主人公が鬼になって終わりとは、意表をつかされたぜ」
「……そうねー……」
こいつは俺が突然幽霊が見えるようになったと言ったらどういう顔をするだろうか。面白がるかもしれないが、もちろん信じはしないだろう。
人間なんてそんなものだ。自分の目で見たもの以外は信じない。俺だって信じてなかったのだ。ホラーはメディアだけで楽しむもの、そう思ってた。隣でにこりと笑う女をみて俺はそんな思いにふけっていた。
「でもボクとしてはあの映画は少し不自然かなー
人を物理的に殺せる幽霊の話はあんまり聞いたことがないなー」
「お前は黙っとけ!!!」
このフツーに会話に入ってきた女こそ幽霊、麻央である。どういうわけかこいつのおかげで俺は幽霊が見えるように覚醒した。見えるだけでまったくいいことはない。
だって…
「お前最近独り言多いぞ!大丈夫か?」
ーー他のやつにはこういう風にしか思われないからだ。
「う、うるさかし…」
「…うるさいのはどっちだよ…」
うー何はともあれ、やりづらいったらありゃしない。麻央のやつはこの前成仏したと思ったら全然してくれてないし。
本当なんだったんだ、この前の茶番は。
「なぁなぁ、今回の映画についてもう少し熱く語らねぇ?そこの喫茶店でさ」
「俺お金なかし」
「コーヒー一杯くらい奢ってやるよ!バイト代があるからな!」
菜曽野のやつは普段はケチだがこういうときだけははぶりがいい。バイト代とはいずれゲーセンを建てるときの資金にと近所の本屋で働いているものだ。
『スターマックス』という喫茶店に俺たちが入ろうとしたとき、
「……お。珍しいな。ホームレスが倒れてるぜ!」
「は?」
菜曽野の意味不明な言葉に俺は思わず目が点になった。
「ほら、」
そんなのには構わずに見てみろと言わんばかりに菜曽野は指を差した。
俺はその指の先を見やる。
店の端の方でそのホームレスとやらは倒れていた。髪は水色だし、白い着物らしきものは着ているし、ホームレスというにしてもあまりにも異端な格好だったが。
「ほっとけよ。なんかやばそうばん」
大体通りすがる人がみんな無視しているほどなのだからヤバイことは明確なのだ。俺はほっといて喫茶店に入ることを菜曽野に促す。
「何してんだお前?」
「ーーーっておーーーい!」
菜曽野はオタクということ以外にも変なところがあって誰にでもまず興味を持って話しかける。それがホームレスであろうが見知らぬおばちゃんだろうがいかつい兄ちゃんだろうが面白そうなら話しかけるはた迷惑なヤツなのだ。
「……見てわからない?冷たい人間たちのせいでのたれ死のうとしているんだよ……」
あれ、、いがいと元気に返すなホームレス……ってそうじゃねぇ!
「へー…そうなのかー」
「なその、もうそんなやつほっといて、行くバン」
これ以上関わりたくない俺は不本意ながら止めようとホームレスと菜曽野のところへ近づいた。
「あっ!」
麻央がなにかに気づいたようだが、関わるとまた危ないやつ扱いされるだろうから無視しておく。
「じゃ俺がなにか奢ってやろうか?」
「ちょちょちょ…ちょっとまてぇえええええ!!!!!!!」
そんな得体の知れないコスプレイヤーといっしょにお茶するんだったら俺は帰るぞ!
「あ、もういいぜ。帰って」
ええええええっ???!!!
友達より見知らぬ女を瞬殺でとるか普通!!!!!!
ていうか聞こえてた?俺の心の声???!!!!
「うるさい!俺の興味は既にあの映画にはない!この女にある!!!!!」
「もうええし!そんなこと言うならマジで帰るし!
ほんとにええとや???!!ほんとにええとね?!!」
あれ……言っててどんどん惨めになっていくのは何でだろう……?
「うるせぇなぁ、さっさと帰れよ!」
「うをおおおお!何てやつや?!!!!!見損なったバン!!!!!」
「……あの、その……それは嬉しいけどソノコに悪いし、いいよ……」
その女は俺と菜曽野の会話を聞いていてさすがに気をつかったのか、口を開いた。
……意外といいこだな!
「いいってことよ。こいつのことなんて気にすんな。ただの目が細いオタクだから。いつでも会えるつまんねぇ男だ」
おい、おまえは人権という言葉を知っているのか?
「知ってるぜ。人に与えられた平等な権利だろ?もっともお前が飼い慣らされた白豚じゃなければの話だがな!」
なんで心の声が聞こえてるの?!
それとその止まらない毒舌はなんなんだ?!!俺はお前になにかしたのか????!!!
「俺はもう帰るけん、せっかくだけん奢ってもらうとよかたん」
菜曽野にHPを0にされた俺はそう言ってカッコつけて面目をたもつことしか出来なかった。
「じゃあお言葉に甘えて」
「ねぇねぇ晋平!」
麻央がこの期に及んでなにかを言おうとしているが無視だ無視。
「じゃあまたゲーセンでも行こうぜー」
「もうお前とはいかんし!」
とか言いつつ結局、誘われたら行く俺の性格を知ってるからか菜曽野はなにも言わなかった。
俺は二人が喫茶店に入るのさえ見送らずさっさと帰路につくことにした。
二人も店すらも見えなくなってからも麻央が「ねぇねぇ晋平、晋平ってば!」と言ってくる。家まで待とうかと思ったけどさすがにうざすぎるので俺は小声で「なんや?」と返した。
どうせ大したことじゃないだろうけどな。
「あの白い着物の女の子、人間じゃないよ?」
「………は?」
「でも普通に見えてるってことは人間社会に溶け込んでる妖怪ってところなのかなぁ?」
「…………」
「どうしたの?晋平」
「そう言うことは、はやくいえええええええええええええ!!!!!!!!???」
「えーだって聞かなかったんじゃん!」
俺のつっこみがこだましたため、周りには勿論白い目で見られたが、もうそんなことを気にしている場合じゃない。
『幽霊少女と不良法師』 怠惰ネコ @doragondaisuki
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