第一談 オカルト研究会、始動!

毎日なにをするでもなく好きなマンガを見たり、アニメを見たり、ゲームをしたり、それが何よりの俺の幸せな日常だった。



よく小説やマンガでは『そんな日々に飽き飽きしていた』とか使われるけど俺のそんな好奇心は既に小2ぐらいで終わっていて今はただそうやって趣味に没頭出来るのが至福そのものなのである。



だから俺は非日常が実際に現実に起きてほしいなんて絶対に微塵にも思わない。



まぁこれからもこれまでもそんなことは絶対に起きないからいいんだけどな!



高校二年になって一日目。

世間一般的にオタクって呼ばれる人種の俺は自分から友達っていうのを作るのが苦手で、話す奴はいても心から『信頼』出来る奴なんていねぇ。



だから学校につけば何も言わず自分の席に直行し、好きなマンガを読み始める……っていうのが主な日課だ。



今日もその手はずで俺は自分の席に直行。



「……マンガ、マンガっと」



ーーといってもこのクラス、実は半分ぐらいは同中の奴だし、半分ぐらいは高一からメンバーは変わってない。



ここいらの田舎の中学はたったニクラスしかないんで同中のやつとはいくら親しくなくても顔馴染み。事実上知り合いばかりなのだ。



この学校『県立甲南北高等学校』略して『北高』と呼ばれる俺たちの高校は七クラスあるものの俺の属する『福祉科』はニクラスしかないんでクラス替えしても代わり映えはなし。






--オカルト研究会--



嫌な予感がしてなかったわけじゃない。むしろこんなの最初から嫌な予感しかしていなかった。だが入り口に貼られた部活の名称に俺の嫌な予感はただの確信に変わった。



「なんやここ……」



「『オカルト研究会』です。主に心霊現象、超常現象を研究する部活です」



「そがんとはわかっとる!!いや、分からんけどもっ」



俺はオタクといってもそういうのは幻想の世界で楽しむものであって現実に持ち込むのは実にくだらないと思っている類の人間だ。



「フフフ、晋平君がこういうのが嫌いなのは十二分に知っていますよ。かくゆう私も面白い噂さえなければここには惹かれませんでした」



「面白い噂?」



「ええ、なんでもこの部活には本物の霊能力者がいるとかいないとか」



「…………」



いよいよ胡散臭さ倍増でなにも信じられないのだが。

れいのうりょくしゃ??電波の集団だろ!!



「まぁまぁ、せっかくですし覗いてみましょうよ。意外と楽しいかもしれないですよ?

それにここまで来たんです。いまさら『行かない』って言うのはナシでしょう」



まぁそれもそうだけど。結局洋勝の口車に負けて俺も共に電波の扉を開けることになった。



だが俺たちの目の前に広がっていたのは禍々しい漫画とかでよくあるオカルト部屋ではなくて、どっちかというと漫画とかボードゲームとかが適当に置いてある何の部屋かパッと見分からない光景だった。



「おっ、マンデーが置いてあるバン」



俺は自分の好きな少年誌があったことに喜びを覚え、思わず手に取った。



「これはこれは実にアットホームな部室ですね……部長さんは留守のようですが」



「こんにちわっ!!」



「ギャーーーーーーー!!!!」



突如後ろからかかった元気な声に俺は大げさに叫び声をあげた。



俺たちが振り返るとそこには見慣れない女の子が立っていた。なぜかその女の子はブレザーではなく、セーラー服を着ていて、だけどもそんなの気にならないという風に満面の笑顔だった。



「な、なんや!!おまえ!!セーラー服なんてコスプレしてから!!!」



俺は驚きのあまりそう返すのが精一杯。そんな俺の驚きなんてまるで無視してそいつは聞いてもいない自己紹介を勝手に始める。



「ボクは児玉麻央(こだままお)っていうんだよ!!よろしくね♪

部長さんに用があってここに来たんだ!!

ここの部長さんって霊能力者なんでしょ?」



いや、知らんし!!



あまりにもマイペースなそいつに俺は何も言えない。そういや洋勝も珍しく何も喋ってないな。俺はなんとなくとなりを見た。



「晋平君、」



やっと喋ったと思ったら、その一言だけ。洋勝はそう言って目の前の女の子にまた目線を移した。そのくちもとはなぜかうっすらと笑っていた。

俺は洋勝の目線を追いかけてみることにする。



その女の子は綺麗というよりは可愛い系で黒い髪を大きなリボンでポニーテールにしていて目が大きい。そして極めつけはなぜかセーラー服のコスプレをしているというそんな奴だ。だが俺はその女の子の足元を見て目を丸くした。



思わず二度見してしまった。



「おい…洋勝あれ」



「はい」



恐らく洋勝は最初から気づいていたのだろう。だから黙っていたのだ。

その女の子の足は奇妙にも片方が机を貫いていた。



「な、なななななんやあれ……どんなトリック使ったって言うとやぁああああ」



「あっ」



俺が絶叫すると女の子はようやく思い出したように呟いた。



「ボク、そういえば『死んでた』んだった。

忘れてた!!」



そ、それってつまり……



「『幽霊』という、ことでしょうか?」



冷静に尋ねんなよぉおおおおおおおおおお!!!!!



洋勝の冷静っぷりに思わず俺の心の突っ込みが炸裂した。



「いえいえ、これでも驚いているんですよ。ええ、本当です」



全て嘘くさく聞こえるんですが気のせいじゃないよね?



「幽霊って、幽霊っておまえあれだぞ!!」



「私たちにも見えるんですねぇ不思議です」



「いやいや、そういう問題じゃなかし!!」



「じゃあどういう問題ですか?」



「幽霊なんておるわけなかろがーーーー!!!どうせなんかのトリックで……」



「あ~そんなこと言っちゃうんだ。悲しいなぁ。

見ちゃったものは見ちゃったんだから仕方ないよね?」



「仕方ありませんよね」



「意気投合すんなぁあああああ」



なんで初対面のはずの自称幽霊と俺のほうが付き合いが長いはずの洋勝が偉く意気投合してんだよ……

もう突っ込みが追い付かん。



「あははは、で二人の名前はなんて言うのかな?」



「これはこれは申し遅れました。私、川尻洋勝と申します。で、こちらが」



「なんでどこの馬の骨かも分からんコスプレ女に俺の名前ば教えなんとや」



「村上晋平君といいます」



あのーーー話聞いてた?



「洋勝君に晋平かぁ。覚えた覚えた!!」



「なんで俺だけ呼び捨てとや……」



「だってーしんぺいってかんじなんだもん!!」



わけわかんねぇよ!!そもそもこいつが百歩譲って幽霊だったとしても、こんなフレンドリーな幽霊なんているわけないよね?いたらおかしいよね?



「なに悩んでんのさ?」



「どわぁああああ!!近づくなぁあああ!!!」



いきなり目の前にテレポートしてきた幽霊女から俺はすかさず離れる。



「まぁまぁ晋平君。信じられないのも無理はないですがこういうときは素直に受け入れたほうが人生楽しいですよ」



「楽しいわけなかろが」



「それに彼女、見たところ10年前の北高の制服を着ていることですし」



「……まぁ確かにコスプレでするセーラー服にしては地味すぎるばってん。って俺は騙されんばん!!」



何にだと言われそうだがもはや俺の頭にまともな思考回路は動いていなかった。



「それに今までなんも見えんかった俺が急に見えるわけなかろが!!」



全ては信じたくないがための虚勢だったが、二人はなにが可笑しいのかにやにやと笑うだけ。



----バン!!



それに水を差すようにいきなり扉が勢いよく開く。俺たちは驚いてそちらに目を向けた。



「誰だ?人の部屋でざわざわと騒がしい奴らは」



開いたドアの先にいたのはまたもやコスプレイヤーだった。

いや、例えるならそうとしか言えないほどこの学校には不釣り合いの格好だったのだ。



どっかの昔話で見たようなお地蔵さんに爺さんがかぶせてやったような傘の帽子に、坊さんが着用するような袈裟を着ているそいつは乱暴に一言、言い捨てた。



格好と口調が全く合わないんですが……



「ああ、晋平君この人が噂のオカルト研究会の部長の伊牟田秀隆(いむたひでたか)さんですよ。現在部員一人です」



唖然とする俺と幽霊に洋勝がご丁寧に情報を教えてくれた。お前はどうしてそう冷静なんだ?



「てか部員一人て部活としてやっていけんじゃねぇや!!」



「それがなぜかやっていけるみたいなのですよ。面白いでしょう?」



「面白くなかし!!」



「ねぇねぇ!!」



俺と洋勝はいきなり現れたそいつに直接喋ることをしなかったが、幽霊の女は恐れ知らずというかただのアホというか馴れ馴れしく話しかけていた。



「君が噂のこの学園の霊能力者さんだよね?

ボク、聞いてほしい頼みがあるんだけどっ!!」



ホントに怖いもの知らずだな!!

--と、その刹那--

いきなり部室が発光した。



何事かと思ったが部室は何事もなかったかのように何も変化がない。

ただ一人を除いては。



「きゃああああ!!」



幽霊女の身体はなぜか消えかけていた。



「--は?」



「どうして……?」



どういうことかわからずいると幽霊女の目線でそれをだれがやったのか気づかされることになる。



「霊の頼みなんて俺が聞くと思うか?」



そいつはただ冷酷な表情で告げた。

それは霊という存在全てを拒絶するようなそんな顔。



「無に還るがいい」



「ひっ……!!」



怯える幽霊--さすがに能天気に見えるこいつも自分が今とてもやばい状況にいることくらいは分かるらしい。



「クソッ!!!!」



別になにか特別な動機があったわけじゃない。ただ単にこのままだと幽霊女は消されてしまう。

--そう思ったら自然に身体が動いていた。



「--なんのつもりだ?」



男は幽霊女の前に立った俺に対して短く問う。



「……くだらん。なにが霊能力者や……

幽霊だってもとは人間じゃねぇとや??!

--こいつの頼みは俺が聞く!!!!!」



自分でも予想だにしていない答えを俺は迷わず述べていた。

幽霊女も洋勝でさえも俺のその行動には驚かされたみたいだった。

ーーいや、俺が驚いているんだ。無理はない。



「………」



俺、殺されるかも……

目の前の無表情で睨む男を見て俺は密かに思った。



「--面白い」



「--は?」



いやーーなにも面白くないんだけど……

無表情でつぶやいた男に俺はなんと返していいか呆けた声を出す他、なかった。



「無能以下にしか見えないお前ごときにそれが『出来る』というならばやってみろ」



いきなり無能以下の烙印を押された上に「やってみろ」と期待をされちゃあやらずにはいられませんねぇ。

って、ふざけるなぁああああああ!!!!!!

そんな風に言われて熱くなるやつなんて少年誌の漫画の主人公くらいしかいねぇんだよ!!!!!



「晋平、ありがと!!ボク、とてもうれしいよ♪」



自称幽霊麻央は空気も読まずに俺に抱きつこうとしたが当然抱き着くことなく、透き通った。



「これを持っていけ」



「--なんですか?これは」



これまたどっかで見たようなお札らしきものを俺と洋勝はそいつに渡される。



「無能力でもこの部屋と同じように霊能力を得られる仕掛けを施した札だ。

持っているだけでその女が見えなくなることはなるまい」



「便利なアイテムですねぇ~」



だからなじんでるんじゃねぇよ。この展開に一人ついていけず喋れていないのは俺だけ?



--というわけで、俺は成り行きで自称幽霊少女の頼みを聞かなければいけないことになり、洋勝と共にオカルト部を追い出された。



「はぁ…」



こうなった以上、もう後戻りはできないだろう。

みんな、俺のようになりたくなければノリでものを言うのはもうやめよう。



「しかし部屋に霊力があがる仕掛けが施されていたとは想像もつきませんでしたね」



だから楽しそうに言うなや。



「そがんとどうでもよかし。ところでお前の頼みってなんや?」



「あ、忘れてた」



忘れてたんかい!!この女、成仏する気ねぇだろ!!!



「……実はボクのお友達の『ともちゃん』を捜してほしいんだ。

どうしても伝えたいことがあったのに、ボクその前に事故で死んじゃって」



「『ともちゃん』ねぇ……」



「といっても麻央さんのお友達ならこの学校をすでに卒業されているはずですから捜すのは一苦労、ですねぇ」



他人事のように言うな洋勝。お前もばっちりこの訳のわからない事態に巻き込まれているんだぞ。



「ううん、それはないよ」



麻央はどこか確証を持っているかのようにフルフルと首を振った。



「なんでや?」



--と、機嫌悪そうに聞いたのはもちろん俺。



大体こいつ言動がふざけているんだもん。言うこと言うこと信用できないっていうかなんていうか……



「だって『ともちゃん』はボクが事故って後を追うように自殺したんだってこの学校に住み着く幽霊友達から聞いたんだもん」



幽霊友達!!!????『ともちゃん』が自殺したってことよりもこの北高にこいつの他に幽霊とやらが住み着いてることのほうに驚いたわ!!学力があれば今すぐにでもこんな学校、出ていきたい!!



「『ともちゃん』はまだこの学校にいるってその子は言ってたけど、どこにいるかは分からないんだって。姿は見たことないんだってその子言ってた」



「その幽霊友達とやらは本当に信頼できるとや?」



「できるよ!!失礼だなぁっ」



「まぁどっちにしろ聞込みしかなかね。行くばん」



「……うん!!」



怒ったり喜んだりさっきから忙しいやつだな。

まぁ俺の言動がそうさせていたなんて、この時の俺には全く知る由もなかったが。








「--どういうつもりだ?」



秀隆以外誰もいないはずの部屋で誰かが尋ねた。



「さぁな」



秀隆は真意を隠して、その声に適当にしか答えない。



「お前の気まぐれにはいつも呆れるよ」



その答えに誰かは、呆れたように独り言ちに呟いた。








「……という訳でまずは情報収集ね……

幽霊友達とやらだけじゃ証言が曖昧だけんそがんとに詳しかやつに話ば聞きに行くばん」



「……?」



俺の提案に麻央は全くもって意味がわからないよ?といった表情で返す。



「だけん、学校の七不思議とかそがんくだらんこつに興味があるオカルトマニアを捜すって言いよるつたん」



「あーなるほど晋平頭いい!」



麻央はまた俺に抱きつこうとしたがやはり透き通った。

こいつ自分が幽霊ってこと忘れすぎだろ……



「晋平君……」



「なんや洋勝、被せボケは受け付けんばん」



「……いえ時にその情報通とやらに私は心当たりがあるのですが……」



「……マジや?!!」



「ええ、それは意外に近くにいるかもしれませんよ?」



「なんや!もったいぶってからはよ教えんや!!!!!」



「私です」



ーーは?

自信満々のその答えに一瞬俺らは開いた口がふさがらなくなる。


「だから私ですよ。

こう見えても私…情報通ですから」



ーー灯台もと暗し、という言葉がある。

まさにそれは今の状況に相応しいことを俺は思い出した。



「そう言えばおまえ……オカルトマニアだったね……」



そもそもそれがこんな事態を招いているのだから……



「覚えててくれて光栄です」



フフフとメガネをあげながら微笑み返す洋勝。不気味でしかない。似合ってるのがまた嫌だ。



「…オカルトマニアってなーにー?」



「……それでおまえの知っとる情報ってなんや?」



説明すること自体に意味を感じない俺は麻央を無視して洋勝へさっさと話の核心へ近づく質問をする。



「この学園にはこういう七不思議があります」



右手の人差し指を上げて得意げに洋勝は続けた。



「……音楽室の幽霊……」



「……音楽室の」



「幽霊……………」



麻央と俺はほぼ同時に洋勝の胡散臭い言葉を繰り返す。



「ブラス部の人たちから聞いた話ですと、その幽霊は夜な夜な音楽室のピアノを弾くために現れるそうですよ?


ある忘れ物をしたブラス部員が取りにいったとき誰もいないはずの音楽室にピアノの音が聞こえたそうです。


そして好奇心に不安を織り混ぜてドアを開いた瞬間ーー


うっすらと蒼い影がーーーー」



「ギャーーーーーーー?!!!!!!」



「……どうしたの?晋平」



洋勝の無駄に心のこもったオカルト話に俺が本気でビビって叫んだら、麻央が全くの不思議そうな顔で俺に問いかける。



そりゃおまえは幽霊だ。怖くなんてないだろうよ?!!!!!!



「洋勝君、それがともちゃんなの?」



俺のビビりも心の突っ込みも華麗にスルーして麻央は勝手に話を進め始めた。



「……泣くバン」



「……可能性は高いと思いますよ?」



洋勝まで俺を無視かよ!!!!!!!!

もういいよ!!!!!!!



「では今日の夜10時にまた北高に集合ですね」



ーーおい、本気で泣くぞ。


ーー時刻は変わって夜中の10時である。

運動部の連中も全く残っていないそんななか俺たちは音楽室の存在する特別室棟入り口に集まっていた。



ああ、やだなー俺って音楽室嫌いなんだよ……モーツァルトとかベートーベンの写真不気味でしかないし。



「12時までに学校は閉められてしまうのでそれまでに見られるといいのですが……」



「いつもいるんじゃないのー?」



「まぁ幽霊が現れやすい時刻は大体は丑の刻参りの時間ですからねぇ」



まーたくだらん知識ば振り撒いてるな洋勝のやつ。まぁ俺もそれくらい知ってるけど。



「……因みに丑の刻参りとは……」



「……それはいいけんさっさと行ってさっさと帰るばん」



洋勝の話を遮り、俺は返事を待たずに歩き出した。いるにしよいないにせよさっさと帰りたくてたまらんのだ。仕方ない。



「まぁ幽霊を見た方もこの時間帯に目撃されたとのことだったので大丈夫だとは思いますけどね」



じゃあいちいち説明しようとするなよ。

洋勝の一言に麻央はニコリと笑って返す。



あ、因みに丑の刻参りが知りたいやつは勝手にウィキペディアかなんかで調べてくれ。



「……ねぇ二人は……」



沈黙のなか音楽室へ進む俺たちに麻央はなにかを思い出したように突然話を切り出した。



「どうしてボクに協力してくれるの?」



「……どうしてってそれをおまえが言うとや……」



しかも今さら……流石にあきれるぞ。



ここで物語の主人公だったらきっと「ほっとけない」「困ってる人を助けるのは当たり前」とか正義の模範解答をくれるだろう。



だけどーー俺は違った。



「成り行きでそうなっただけたん。おまえが気にすることじゃなか」



「私は面白そうなのでお供させていただいてるだけです」



そんな正義の正の字にも置けない俺たちの言葉に麻央はなぜか満足したように笑い返した。



「頑張ってともちゃん見つけて説得しないと、だね!」



俺はそんな麻央を怪訝に思い、洋勝を見たが微笑をされただけだった。



音楽室の鍵はなぜか洋勝が最初からキープしていたらしく、余裕綽々で開けてきた。



俺はこいつのくだらん知識より、こういう時どうやって色んなものに根回ししているのかをよっぽど知りたい。



もちろん教えてくれはしないが。



音楽室にはピアノは一台しかなく、教壇の隣に位置する豪華なグランドピアノがそれである。



今日も特になんの違和感もなく、静かに佇んでいた。



「…見たところ何もなかごたばってん」



「……暫く待ってみます?」



一刻も早く出ていきたい俺の気持ちは無視され、洋勝の提案が採用された。



ーーそして一時間後。





「なんも起きんじゃねぇやぁああああああ」



いやフツーの物語だったら事はさっさと進むはずだよね?ただ静かに時が流れただけだよ?こんなことってあるの?



俺は思わず一人でこの雰囲気に突っ込んでしまう。だってそれほどになにも起こらなかったんだよ。沈黙にも、もう耐えられない。



「まぁまぁ落ち着いてください。晋平君」



「これが落ち着ける状況や。もうこれ以上待てるや。帰るばん」



「……ええ?帰っちゃうの??!!」



そりゃてめぇは幽霊だから警備員に見つかることはないだろうけど、俺たちは見つかったら色々ヤバい立場にあるんだよーーということをどう説明しようかと思っていたら洋勝がポンと俺の肩を叩き、それを中断させた。



「まぁそう言わずに……ほら、せっかくなのであの人にでも聞いてみましょうよ」



「あの人?」



洋勝の指差した第三者に俺たちは目をやる。



「あ、てめぇは……」



そこに立っていたのは俺たちをこんな状況にさせたあの不良霊能力者だった。



「……いつから気付いてた?」



「最初から着いてきてくださる、とは思っていましたよ。あなたはなにかを私たちに試すつもりだと思っていましたから」



ーーは?ちょっと待て。主人公を置いてどんどん話を進めないでくれよ。因みにヒロインも置いてきぼりだぞ。こんな物語、初めてだ!



「……フン、まぁいい。

だがーーだからこそ俺がてめぇらに協力しないことも分かるだろ?」



鼻で笑って返す不良霊能力者。いや、カッコつけてる場合か?



「分かってますよ。ですがこのまま霊が現れなければあなたたちも見たいものを見ることが出来ないのではありませんか?」



『あなたたち』?『見たいもの』?

おーい、俺たちにも分かる言葉で説明してくれよー洋勝。自分達の世界に綴じ込もってないでこっちに出て来ておくれよー

もう突っ込みさえする気起きんのだが。



「……まぁ確かにな。それは一理ある」



洋勝の意味不明な言葉を理解出来たのは同じように意味の分からない不良霊能力者だけだった。



「ここに宿る怨霊よーー

今こそ、その姿を現せ」



不良霊能力者が数珠を取りだし、そう呟いた瞬間ーー



「ギャーーーーーーー?!!!!!!」



蒼白い光がボンヤリとピアノのそばへと沸き上がる。



「……ともちゃん……なの?」



驚く俺を無視して、麻央はその光に尋ねた。蒼白い光はだんだん形となって人の姿を映していく。



「…………誰?」



「!!!!!!!????」



うっすらとした人の姿をしたそれは麻央を突き放すように一言、尋ねる。



「ボクだよ、麻央だよ?

分からないの?」



「ち、違うやつじゃねぇとや?」



「いえ、それはありませんよ。彼女はここの学校で自殺した前原朋美で間違えありません」



「なんでそんなことが分かるとや……」



「麻央さんの態度を見ていれば自ずと分かるでしょう」



「……………」



麻央はさっきからずっと蒼白い人間と睨み合っている。



「ともちゃん、、、どうして?」



「来るなーーーーーー?!!!!!!」



ついに麻央が一歩を踏み出した瞬間、そいつが拒絶するように身体から蒼白いプラズマのようなものを発する。



「きゃぁあああああ……!!!!!!」



それは幽霊の麻央にも効くらしく、彼女は叫びとともにその場に踞る。



「な、ななななんや。あれ?!!!!!!」



「どうやらあの霊は自我を失っているようですねぇ」



どうしてお前は他人事のように余裕なんだ。洋勝。



「ヤツは今や怨みしか覚えていない霊だ。アイツと友達だったことなどとうに忘れているだろう」



……マジかよ……



「って、かなり危険じゃねぇや!おい、お前霊能力者とだろ?なんとかしろや!」



俺は藁にもすがる思いで不良霊能力者の両肩をつかみ、叫ぶ。



「言ったはずだ。俺は何もしない。

お前らに何が出来るのか、見させてもらう……とな」



「……ほ、本気や……」



つうか本気で俺ら一般ピーポーに何か出来ると思ってんの?頭わいてんの?死ぬの?俺は色んな意味でそいつの言葉に泣きそうになる。

この人殺し!!!!!???



「……とも……ちゃん……」



って、すでに麻央は虫の息なんだけどーーーー?!!!!!!



「消えろ」



そして容赦なくとどめをさそうとする親友、ともちゃん。少しは躊躇えよ?!!!!!!



「やめんやぁああああっ」



もうどうにでもなれという思いで俺はともちゃんと麻央の間に割って入った。


「ぎゃぁああああああ」



案の定、俺は蒼い稲妻らしきものをくらい意識が飛びそうになる。

やっぱり人間にも効くのね。霊しか効かないかなとか思ったのが間違えだった。



「晋平!」



麻央が心配そうに俺に駆け寄る。



「お前の友達だろたん。

これだけ俺が時間作ってやっとるとだけん、あとはなんとかせれよ」



カッコつけたが実はただ今あるのは早く何とかしてくださいという切実な思いだけだった。



「うん」



麻央はそんな俺の強がりには気付かず、いやーー気にしなかっただけかもしれないが強く頷いて前を見据える。



「ともちゃん」



「……来るな……」



「ともちゃん……」



「……来るな―!!!」



「ともちゃん!!!!!!」



「来るなぁあああああああ!!!!!!」



麻央はともちゃんの元へと迷いなく、走り出す。狂ったともちゃんの攻撃は麻央に当たることなく、消えていく。



「……ともちゃん、ごめんね……」



そして麻央は思い切り、ともちゃんを抱き締めた。



麻央が抱き締めた瞬間ーー『ともちゃん』は何かを思い出したように攻撃をやめた。



「……麻央、なの?」



消え入りそうなその声は静かに麻央に問いかける。



「うん」



麻央は俺たちに向けるのと同じ、能天気な笑顔で『ともちゃん』に頷いた。



「あの日ーー本当は『ともちゃん』の悩みを聞くはずだった。

けどボクが事故で先に死んじゃったから聞けなかった。本当にごめんなさい」



麻央は『ともちゃん』から手を離し、謝罪の言葉を紡ぐ。けど麻央が事故で死んだとするなら彼女に非はないはずだ。それでも素直に謝るなんてーー

俺は少し驚いていた。



「……いいの」



『ともちゃん』はそんな麻央に短く首をふって答える。



「今さらかもしれないけど、聞きたいんだ。『ともちゃん』のあのときの悩みをーー


教えてくれる?」



麻央の言葉に『ともちゃん』は首を縦に振った。



「……私はピアノを弾くのが嫌だった

……

結果を求められる日々……

みんなが見ているのは私じゃない……

私のピアノだけーー」



「そっか」



麻央は俺たちに返すのと同じように能天気に笑っている。



「……どうして同じじゃいけなかったのかな?」



「……え……」



麻央の言葉に『ともちゃん』は驚いたように顔を上げた。さっきの表情とは違い『ともちゃん』の顔は不気味な幽霊というよりは麻央と同じ無邪気な少女の顔をしていた。



「ボクは好きだったよ。ともちゃんの楽しいピアノ」



「!!!!」



麻央の言葉の意味が分かるのは恐らく『ともちゃん』だけしかこの場にはいないだろう。



「ともちゃんがボクに聞かしてくれた初めてのピアノ、とっても楽しくて希望で満ちてて綺麗で素敵だった。


そのピアノをずっと弾き続けていたらきっとともちゃんは苦しまないで済んだんだよ……


同じで良かったんだよ」



麻央は綺麗にただ笑う。『ともちゃん』の全てを分かっているかのように。



「……う、うぅ……」



俺たちは今きっと信じられないものを目にしている。幽霊の目にも涙が流れることを俺は初めて知った。



「ありがとう」



『ともちゃん』を包んでいた蒼白い光はオレンジ色の優しい光へと変わり、彼女の姿はだんだんと消えていく。



そうして全て見えなくなったあと俺は悟った。

『ともちゃん』は成仏したのだと。







「みんなありがとう。これでボクも成仏出来るよ!」



「お、おお。良かったね」



麻央は『ともちゃん』を見送ったあと暫くして俺に笑顔で言ってきた。



「フフフ、晋平君。寂しいですねぇ」



「はぁ?寂しくなかし!寧ろせいせいするわ!!!!」



幽霊なんかとこれっきり関わることもないだろう、、、嬉しくて堪らん感情は嘘じゃないはずだ。



「じゃあ、行くね」



「あ、元気でな」



死人に『元気で』なんて変だろうって言ったあとに思ったが麻央は俺の言葉に笑顔で頷いた。



「晋平も、洋勝君も、そこの霊能力者さんも、どうか元気で!」



最後まで麻央は笑顔を絶やすことなく、俺たちの前から静かに消えていった。



「……終わりましたね」



「終わったね……」



「……さて、」



洋勝は何か言いたげに不良霊能力者へ向き直る。



「麻央さんは無事成仏しましたよ。貴方も晋平君に何か言うことがあるのでは?」



ーー俺が覚えていたのはこの洋勝の挑発的言葉までである。




そこで俺の意識が完全に飛んだからだ。










「………その前にその死にかけをなんとかしろ」



「おやおや……」



洋勝は晋平が倒れたことを秀隆に指摘されて初めて気づいたようにわざとらしく呟く。その間に秀隆はとっとと洋勝たちから離れて行ってしまった。



「無愛想なヤツでわリーな」



「……あなたは?」



洋勝は不意に掛けられたその声に特段驚くことなく、問いかける。



「俺を見ても驚かねぇんだな」



「驚いていますよ。ええ本当に」



この時代と学校に似つかわしくない和服の男は感心したように洋勝に言う。対する洋勝は驚いているというより、楽しそうに返した。



「なるほど。お前にとっては『楽しい』と『驚き』は同義語なんだな」



ハハハ、と和服の男は声を出して苦笑してみせた。それにしてもーーこの和服の男はやたら男前な上に長い髪を後ろで一本に縛っていてまるで……



「お侍さんみたいですねぇ……」



……先に洋勝に言われてしまった。ナレーションすら先読みする男、恐るべし。



「まぁ間違っちゃいねぇな。

ーー俺は鎌倉時代の侍の霊ーー

藤原実之介、だ。まぁあいつ秀隆とは守護霊と主人っつう主従関係にある」



「……ほーう、やはり幽霊さんでしたか」



「ほんっとお前、変わってるな」



「褒め言葉として受け取っておきますよ」



「……ま、なんだ……

ともかく俺が言いたいのは、あいつはわりぃやつじゃねぇから仲良くしてやってくれってことよ。


じゃ、またな」



『また』なんていつあるのだろうか。晋平が起きてたらそう言っていただろう。

だって麻央の事件が解決した時点でもうこんなオカルト事件と関わることなんてないのだから。



だけど洋勝には分かっていた。






これこそが、この出会いこそが、全ての『はじまり』だったのだとーー









麻央の事件が夢だったんじゃないかというくらいまた当たり前の俺の生活が戻ってくるかと思いきや……



そんなことはこれっぽっちもなかった。



ーーなぜかといえば、



「晋平、ボク晋平のこと好きになっちゃった!だから成仏出来ません!」



ーーという訳で麻央が成仏するどころか俺にとりついた。

札は返した(捨てた)はずなのにまだ見えるとか一体どうなってるんだと言いたいがもうそんな突っ込みは出来ない。



という訳で放課後は必然的にあの不良霊能力者、伊牟田が存在する部室で漫画を読ませて貰うことになった。



まぁ麻央は他のやつには見えないわけだし、俺一人教室でしゃべってたりしたらおかしいやつだし、しょうがないよな。



どれもこれも俺の提案じゃなくて、洋勝の提案なんだがな。



ーーオマケに伊牟田の守護霊だかなんだか知らないけど漫画とかでよくみるイケメンの侍霊、藤原実之介とやらもいたがこれはどうでもいい。



「どうでもいいとか言うなよ?!!!!!!」



一番納得いかなかったのは結局俺が勝手に洋勝によって『オカルト研究会』に入れられてたことだ。



文句を言ったら、



「部室を使わせていただくのならこちらの方が都合がいいですよ」



と一蹴。

ああ、こうして俺はこいつの策略に見事ハマったと言うわけか。



これが全て偶然の重なりであることを今はただ信じたいんだけどな……







第一談……おわり








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