29 刀



 苦しそうに成清の名前を呼ぶ暖はいつもの冷静な暖ではなかった。手を伸ばして、今にも走り出してしまいそうな暖の腕を優良が強く引く。


 成清くん、と壱晴は心の中で何度も名前を呼んでいた。悔しさに涙がこみ上げてくる。情けない。弱い奴は泣いて悔しがることしかできないんだ。このままでいいはずがない。


「暖くん!お願いだから!」


 優良は叫んで成清を見つめる暖の頰を両手で掴み、無理やり自分のほうに向かせた。暖も優良も顔を歪めて、悔しさの大きさに壊れてしまいそうになりながら決断をする。


「わ、かり、ました」


 暖は目を逸らし、小さく頷いた。それを壱晴はただただ見つめることしかできず、痛いくらいに拳を握りながら唇を噛んでいた。


「二人とも、走って!」


 優良に背中を押され、足を動かそうとした刹那。

 じりじりと嫌な痺れが背中に走り、壱晴は自然と目をそちらへ動かした。


「壱晴!」


 京慈の焦ったような、悲鳴にも近い声。

喉がきゅっと締まり高い変な声が漏れる。


……どう、して。


 また「何か」の顔が目の前にあった。黒く淀んだ皮膚、真っ黒な穴みたいな目。目を細め、笑っているように見えた。


「壱晴くん!」


 目の前で黄金が瞬いた。



 優良の髪が揺れる。目の前の得体の知れない化け物を恐れることのない光の灯った強い目。「何か」が口を開きかけた瞬間、優良が壱晴を肩で突き飛ばし、「何か」と壱晴の間に割り込んだ。


 壱晴は尻餅をついて一瞬目を強く瞑ってしまう。体が揺れてしまうほどの激しい鼓動を感じながら目を開けると。


 黄金の線がスッと綺麗に上から下へ振り下ろされた。


 優良が手に持っているのは黄金に光る刀。黒い「無」が「何か」の口から出るその瞬間に一刀両断した。黒は光に包まれ、消えていく。


「なんだ、ちゃんと斬れるね」


 刀を握り直して口許に余裕のない、少し安心したような笑みを浮かべた。その表情からわかる。優良は確信もなく壱晴を守るために前へ出たのだ。


「優良さん……。」


 ああ、嫌になる。誰かに守られてばかりだ。母さんにも暖にも優良さんにも。僕だって誰かを守りたい。もう誰一人だって、誰の命だって、この手の中から、指の間から零れ落ちてほしくない。



「優良!俺も援護する!」


「今度は体に斬り込む!」


「何か」の背中に光を当てる碧音、刀を構え振り上げる優良。




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