22 訪問者




「はい、じゃあ体力テストの時間になったので、もうすぐ始めます」


 優良はさっきのことについては特に口出しすることなく、腕時計を見てから顔を上げた。


「面接の時にいた碧音……えっと、黒髪の怖くないほうの兄ちゃんね。他の『焉』メンバーにまぎれて採点してます。京慈さんは……うーん、怖いほうって言えばわかるかな?ピアスいっぱいつけてるほうね。京慈さんは屋上でタイムを計ってます。てことで、みんな、頑張って!よーい、スタート!」


 優良が手をぱんっと叩いたと同時に一斉に走り出す受験生達。床を蹴る音がけたたましく鳴り響く。砂や埃が舞い、壱晴は咳込んでしまった。


「壱晴!」


 暖の背中が見えたと思えば、振り返った暖と目が合う。出遅れた、と理解して壱晴は「ごめん!」と走り出した。その時にはすでに他の受験者達は先を走っていて、曲がり角を曲がるところだった。壱晴が必死で足を動かすも追いつけそうにない。


 暖の前には成清の背中が見える。出遅れた、と気持ちが沈むのを感じていると、体ごと成清が振り返り「早くおいでよ!」と目を細めて楽しそうに笑いかけた。



「こういう遊びみたいなの、この歳になるとなかなかやらないだろ?わくわくすんね!」


 ぽかん、と壱晴は口を開けてしまう。成清は、どこまでもポジティブな男だった。







***



 体力テストが始まり、足音や声がひしめき合う中。

『焉』試験会場のビルを見上げる男が一人。


「んー?ここ?」

 首を少し傾けて、不思議そうな顔をしている。


 男は肩ほどの灰色の艶やかな長髪に触れながら、「まあ、入ってみるか」と不服そうに呟いた。けれど、指先で扉を押して玄関に入った途端、足を止める。ぼんやりとした光の中に漂う埃を目の当たりにし、あからさまに顔を顰めていた。


「……信じらんないな。なんで壱晴、こんなとこにいるかなあ」


 項垂れると髪が前へ靡き、男の頬を撫でた。左の頬には真っ赤な彼岸花が咲いている。微量の光を称えるように真紅が鮮やかに花開いていた。


男は、ふぅ、と諦めたように溜め息を吐き出してから髪をかきあげると、黒と黄金のオッドアイで前を見据えて、呟く。


「……へぇ、弱いのが集まって」


その口許に、綺麗な微笑を浮かべながら。






***


——京慈、と高い声が聞こえた。


 京慈はビルの屋上であぐらをかいて扉をじっと見つめていた。まだ誰も入ってくる気配はなく、ストップウォッチを片手に準備をしているが、やっぱり仕掛けや採点側にまわりたかったと恨めしそうに手元へ目を落とす。


仕掛け側のほうが性に合っている。しかし、碧音に「面白くなって絶対、手か足が出ちゃうでしょ」と呆れ顔で牽制された。それはごもっとも。だからこそ、この役目をもらったのだが、面白さに欠けるわけで。



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