21 必死



「あ、うん!星宮壱晴です。よろしくね。こっちが早瀬暖だよ」

「暖?珍しくていい名前だな!」

「……。いや、成清も珍しいだろ」


 暖はああ見えて初対面の人には警戒心剥き出しで、それは人見知りとは少し違うような気がしていた。


「暖ね、怖そうに見えるけど、こう見えて優しいんだ」


運動着を着ようとしていた暖の手が止まった。壱晴は暖が周りから怖い人だと誤解されたくないと思っているが、高校でも暖は怖がられているようで。

 成清はきょとんとした顔をして首を傾ける。


「うん?優しいの、わかるよ。俺、結構うざがられたりして人から無視されることも多いからさ。でも暖は鬱陶しそうにするわりにちゃんと応えてくれるもんな」


当たり前のように優しいと口にした成清。優しい人なのだと、人をちゃんと見ようとしている人なのだとわかる。壱晴は頷きながら、それが嬉しくて笑った。



「みんな、着替えたかな?そしたら玄関前に集合してくださーい!」



成清ともっと話してみたいな、と思っていると優良が扉の傍に現れ、誘導を始めた。壱晴はまだ着替えが済んでおらず、慌ててシャツを脱ぎ始める。


「ごめん、遅くなっちゃった」

「いや、ゆっくりで大丈夫だろ」


 急いで着替えたものの、部屋を出るのが結局最後になってしまった。玄関に向かう途中、焦る壱晴と違い暖は急ぐ様子もなく、むしろ気怠そうに歩いている。一緒に待っていてくれた成清はにこにこと笑って暖と同じだというように頷いていた。



 玄関に着くと、優良がカウンターの前に立っていて、そこから玄関までの間に受験者達が集まっていた。



「俺よりも後ろに並んでね」



と、優良に言われ、壱晴達が他の受験生達のところに入ろうとすると。


「早いもの順だ。君たちは一番後ろに並べよ」


 最前列にいた低い声の男に睨まれてしまう。周りの人達も彼と同じ気持ちのようで、鋭い目を壱晴達に向けていた。そのピリついた空気を感じ取り、暖は男へ近づいていく。


「あ?なんだ、お前」


 負けじと暖も睨み返すものだから壱晴は慌てて暖を掴んだ。「喧嘩はダメ!」と小さな声で牽制してみるが、暖はそれでも男から目を離さない。


壱晴がもう一度暖の服をくいっと引くと暖は最後に男を強く睨み、目を逸らした。壱晴は暖の背中に優しく触れながら、受験者達の最後尾へ移動する。



「まあ確かに、最前列が有利だもんな。受かりたくて必死なんだろうねえ……。」



 成清は準備運動だと言わんばかりに肩を回したり首を回したりしながら、まるで他人事のようにそう言った。けれど納得できない、というように顔を顰めている。


 さっきのは男の言い方が悪いし、他の受験生はみんな敵だと言っているような目を見るのは辛い。壱晴も嫌な気持ちにはなったが、それでも喧嘩は良くない。何より暖が悪者にされてしまうのは許せない。




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