20 傷




 碧音は手元の履歴書へ目を落としながらこちらを見ることなくそう言った。京慈は壱晴達四人の顔を丁寧に見てから口を開く。


「面接って言われると緊張するだろうな。誰だって受かりたくて上手くやろうとする。間違えないように、と思うから怖いんだ。でも、俺たち面接官側が見たいのは一人一人の本質。だから、口籠ってもいいし、言葉が止まってもいい。そのくらいで落とさねえよ。ただ、信念、譲れないもの、弱さや強さを知りたい。別に敬語とか返事とか、面接の時だけ人称変わって『私』とか、そんなん言わなくてもいい。何なら普通にお喋りのほうがいいくらいだしな」



 壱晴は京慈に目が釘付けになっていた。面接には定形文や目線の位置、言葉遣い、返事、立ち振る舞い、様々なことが要求される。これまで受けてきた面接は壱晴にとって「人と話す」という感じが全くしないものだった。



「では、まず自分の苦手を教えてください。端っこからどうぞ」



 碧音が端っこに座る受験者へ目を向ける。京慈は受験者の目を見て話を聞き、何度も頷いていた。威圧感のある怖い人だけれど良い人だ、と壱晴は温かさを感じていた。



「次、早瀬暖さん」



「苦手は、自分に無関心な人と話すこと」



 沈黙が流れる。壱晴は、きっと家族のことを言っているんだろうな、と思った。



「以上ですか?」


「はい、以上で」


「では次、星宮壱晴さん」


「は、はいっ!わ、私は……。」


 顔を上げて返事をする。多くの面接は最初に志望理由を聞かれるが、『焉』は「苦手」を聞いてきた。


これには何か意味があるのかもしれない。普通の面接では、短所の話をする時、必ずどう解決しようと思っているかも盛り込まないといけないと大学で教えられた。



「私の苦手は、何かを決めることです。時間がかかり、優柔不断ですが……見極める練習を日々、」



 これこそ、面接でいつも使っている定形文だった。壱晴は言葉を止めて、「ああ、違うな」と拳を強く握る。



「僕の苦手は、急に大切な人がいなくなることです!人を、傷つけることです!もうあんな思いは二度としたくない。大切な人を守るためなら、きっとどんなこともできます」



「……俺も。俺も、同じ。傷つけたくない」



 隣から小さな声が聞こえてくる。成清の声だった。目が合うと、成清は寂しそうに困った顔をして微笑んだ。


 ——ああ、成清くんも抱えているものがあるんだ。



 どんなに笑っていても、明るくても、抱えていないものがないわけじゃない。








 元いた控え室に戻り、運動着に着替えようとしていると肩をぽんっと叩かれた。振り返っると、成清が明るく笑っていた。



「壱晴、だったよな?俺、成清。よろしくな」



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