18 試験前



試験内容は優良から聞いているが、なかなかにハードなもので壱晴はさっきからずっと緊張していた。心臓の音がはやい。


「壱晴?大丈夫か?」


 壱晴が進まないため暖が扉の取手に手をかけて開けようとし、暗い表情の壱晴に気づいた。今日の暖は私服で大人っぽく見える。壱晴と並べば、壱晴よりも年上に見えるはずだ。


「うん、大丈夫。ごめん、入ろう」


 暖に頼ってばかりじゃ駄目だ。情けない、と幾度となく思ったじゃないか。壱晴は頷いて中に入る覚悟を決めた。前へ進むためには止まっていられない。


「こちらへどうぞ」



 元受付らしき細長いカウンターは汚れ、埃を被っている。そのすぐ前に、この間、駅構内で見た黒髪の男が立っていた。優良と一緒にいた男だ。


 前髪は横へ流され、綺麗な艶のある黒髪、一重だが切れ長の目、スラッとした細身の体躯。ワイシャツに黒ネクタイ、その上に「焉」のジャケットを着ていた。ネクタイが良く似合う大人の男という印象を受ける。


 彼は壱晴と暖に声をかけた後、凝視してきた。優良のように穏やかな雰囲気はなく、口許に笑みはない。


一堂いちどう碧音あおとだ。一応、鳳凰部隊のリーダーをやっている。よろしく頼むな。壱晴、と、暖」



 碧音はゆっくりと名前を呼びながら壱晴を見て、暖を見た。京慈のような威圧感はないけれど隙がない。悪い人ではないと思うが、何だか物凄く強そうで壱晴はやっぱり怖いと思ってしまった。


「よろしく頼みます。ほら、壱晴も」


「よ、よろしくお願いします!」


 暖は軽く頭を下げ、碧音をじっと見つめる壱晴を小突いた。ハッとして急いで壱晴も頭を下げる。



 その後、碧音に誘導され、ある部屋に入った。中は広く、窓からそれなりに自然光が入る場所だった。後ろの方には古い机や椅子が乱雑に置かれている。


 部屋の前方には運び込まれたと思われる綺麗なパイプ椅子がいくつも並んでいて、奥から順番に詰めて座るよう碧音から指示を受けていた。



「うわあ、此処が『焉』の本拠地かあ。すっげえ」



 隣は案の定、あの元気の良い成清だった。しみじみと感動を噛みしめる息のまじった声に壱晴は成清を見てしまった。その目はきらきらとして光が宿り、口許からは自然な清々しい笑みが溢れ、きゅっと自分の手を握っている。


「ね!すげえよね!」


「え!?あ、あのっ」


 壱晴の視線に気づいた成清は嫌な顔一つせず、まるで昔からの友達だとでもいうように話しかけて笑った。鼻が思っていたよりも高く、目は二重でぱっちりとしている。まさにクラスの人気者、という雰囲気が漂っていた。


「試験、緊張すんね!内容よくわかってないけど、面接と体力テスト?だっけ?本拠地で試験できるなんて、すげえね!」



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