17 明るさ




「すげえ!うわあ、すげえ!」


 と、声を上げる男の後ろに壱晴と暖は並んでいた。



百七十センチあるかないかの男は高校生以上の年齢なのだろうが、高校生に見える。壱晴は勝手に親近感を抱いていた。


オレンジ色よりの茶髪にはパーマがかけられているのか、それとも癖っ毛なのか、ふわふわしている。男が見上げているのは目の前の『焉』試験会場。



 試験会場は五階ほどある廃ビルだった。

入り口の窓には「テナント募集」との広告が貼られているが窓は汚れ半透明になってしまっている。外壁には蔦が張っており昼間にもかかわらず陰湿なビルだ。


その入り口前に優良が立っており、列ができている。


優良は書類と人物を確認しながら番号と名前の書かれた首にかけるネームプレートを配って、中へ一人ずつ入らせていた。


 前と後ろを見ると列には二十人ほど並んでおり、中へ入って行った人も含めるとそれなりの人数になるだろうと壱晴は思った。



「名前と年齢をお願いします」



 壱晴の前にいる男の番になる。優良は彼をちらりと見るとすぐに履歴書へ目を落とし、写真を探し始めていた。



朝地あさじ成清なりきよ、二十二歳です!」



 後ろからでも笑っていることがわかる明るい声。彼は他の受験者とは明らかに違い、異様なほどに明るい。


「焉」に入るということは即ち鈴蘭が開花したということだ。それは大切な誰かが不幸になった、ということでもある。


 表情が暗い人や目が据わっている人、憎悪が滲み出る人。このビルと同じように暗く沈んだ陰がちらつき、憂いを帯びる人が多い中、成清だけがさっぱりとした陽を持っていた。


「朝地くん、ね……うん、履歴書もちゃんとあるね。写真も本人だ。これかけて中へどうぞ」


「あざっす!」



 成清は元気よくお礼を言うと中へと入って行った。


壱晴は唇を微かに開け、凄いなあと純粋に成清を尊敬した。あんなふうには、とてもじゃないけど、できない。いろんな、それは周りから見れば些細なことなのだが気にしてしまうことが多くあり、顔が強張ってしまう。成清のようにあんなに明るく誰かに接することが壱晴にはとても難しいことのように感じていた。



「あ、壱晴くん、暖くん、来たね。履歴書はもう預かっているから、これかけて中へどうぞー」



 優良は壱晴と暖に気づくと目を細めて微笑んでくれた。すぐにネームプレートを手渡してくれる。


「ありがとうございます、優良さん」


 お礼を言って中へ入ろうとし、足を止めて躊躇してしまった。



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