15 鳳凰



 暖は「やっぱりそう来たか……。」と顔を押さえ、驚きの代わりに深い溜め息を吐き出した。


壱晴は何度も瞬きをして京慈を見つめるが、その言葉を受け入れられずにいる。それは優良も同じのようで。



「京慈さん!話が違いますよ!『焉』に入る試験を皆と同じように受けてもらってから入るって話だったでしょう!?それに所属が鳳凰って、本気ですか?実力者揃いの最前線で戦う部隊だ。その強さゆえに一目置かれる存在が鳳凰なんですよ!」



 今度は余裕のない表情で優良が必死に話している。京慈は落ち着きを取り戻し、髪を耳にかけながら楽しそうに笑った。



「そんなの知ってるわ。優良、随分と自分のことを優秀だ、って言うねえ。自分も鳳凰所属のくせに」




 茶化すような声色の京慈に優良は顔を赤くして「京慈さん!」と怒っている。


 なんだかとんでもないことになっている。壱晴は暖を見上げた。暖は唇を突き出し、ムッとした顔をして心底嫌そうに京慈を見ている。


 言い合いを続けている京慈と優良。

 壱晴は京慈をちらりと見た。あの人は壱晴や暖の入隊意志なんてそっちのけ。あんなにも強引な人は、なかなかいないんじゃないか。壱晴がそう思っていると。


「壱晴、話が勝手に進んでるけど、嫌なことははっきり嫌だって俺が言ってやるから心配すんなよ」


「……暖、ありがとう」


暖が体を壱晴へ近づけて、囁いた。暖の方が年上に見える、頼もしいな、と壱晴はお礼を囁きながら微笑んだ。


 暖の赤茶色の髪を見て壱晴は思う。



暖は家族関係が複雑で「あいつらを困らせてやりたいんだ。だから不良になった」と言っていた。


出会って間もない頃の、暖。

目に力を入れて、眉間にはいつも皺がよっていて。まるで目の前の世界を見るのを怖がっているかのように、いつも俯いていて。


 「不良になった」と暖は確かに言った。けれど、鮮やかな赤には染められず、勉強も疎かにできず、学校だって毎日行っている。いくら制服を着崩そうとも、ピアスをあけようとも、根本にある真面目さは変えられない。



 ——あいつを、「名もなき男」を追って復讐をする、と決めたのは壱晴だった。


そのためには「焉」に入るのが一番の近道だと思っていた。

だが、入隊資格の中に「高校生不可」とまるでアルバイトのように書かれていて、それを見た暖が「俺は駄目だな。壱晴だけでも入ったほうが」と寂しそうに言ったのだ。


 壱晴は暖を一人にさせたくないのもあったし、一人で「焉」に入るのが少し怖かった。だから自分たちだけで浄化を始めたというわけだ。



「あの、京慈さん、優良さん。『焉』は高校生不可なんですよね?」



 恐る恐る口を挟むと、二人の動きが止まる。「ああ、それなあ」と京慈が微かに上を向いて考える素振りをした。



「高校生不可なのは、まだ成熟途中だからだ。精神的に不安定で多感な時期だから戦場に巻き込むのは居た堪れないだろ。でも、暖と壱晴は自らその戦場に飛び込んできた。むしろ『焉』に入れない理由が見つからねえよ」



 顎を触りながら京慈はニッと笑う。それから暖へ目を向けて、壱晴を見て。京慈の雫のピアスが微かに揺れた。



「暖は見た感じ精神的に強そうだし、壱晴も一見弱そうに見えるけど芯がしっかりしているから大丈夫だ。な?」


 そう、京慈が柔らかく笑うものだからグッと胸が締めつけられた。壱晴は「芯がしっかりしている」なんて今まで一度だって言われたことがなかった。



「で、暖も壱晴もどこの高校だ?本部までは遠いからな、放課後には車を用意しておく」


「京慈さん!まだ鳳凰の話が途中ですよ!」



 口を開きかけた壱晴は京慈の肩を掴んだ優良の声に唇をギュッと閉じた。


 「え?」と壱晴は声を漏らし、きょとんとした。


京慈は大学四年生の壱晴を高校生だと間違えている。そんな壱晴を見て、暖はクスクスと笑い、壱晴の背中を軽く叩いた。



やっぱり僕は幼く見られるんだ。当たり前に高校生だと間違われている衝撃が壱晴の中で駆け巡っていた。



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