14 不幸
「咲いた直後、壱晴は暖と出会っていたか?」
「まだ出会ってないです」
「じゃあ大丈夫だ。あくまでも咲いた直後、大事だった人に不幸が及ぶ。ただ、すでに鈴蘭が咲いている奴がその大事な人の中に入っていたとしても不幸は作用しない。鈴蘭は諸刃の剣だ。他の花咲きを浄化できる力を手に入れる代わりに自分の大事なものを差し出さないといけねえ」
「……人によって何が不幸なのかなんて、わからないじゃないですか」
暖にその不幸は作用していないとわかり安堵したが、壱晴の脳裏にはテレビで見た「名もなき男」の微笑がちらつき、憎悪に腹の底が煮えたぎる思いだった。
「京慈さん、不幸なんて遠回しに言わないで皆『死ぬ』って言っていいんですよ。僕は大丈夫ですから」
ふつふつと怒りが静かにのぼってくる。京慈に強く言葉を発せるほどに壱晴は「名もなき男」への怒りでいっぱいになり、どう処理していいのかわからなかった。
「皆、死ぬ?そりゃ、なんだ?鈴蘭の作用は『不幸』。言葉の通りだ」
まだそうやって遠回しに言うのか、と壱晴はペットボトルを勢いよく振り上げ、止まった。ちゃぷん、と中の水が重く鳴る。
「……八つ当たりです。すみません」
壱晴は弱々しい声でペットボトルを畳に落とした。
京慈はとんでくるはずだったペットボトルをすでに受け取る体勢になって手を上げていたが「なんだ、こないのか」と心なしかつまらなさそうに手を下ろす。
「壱晴くん、不幸っていうのはね、例えば、怪我をするとか大変な役回りをする羽目になるとか、遠いところに転勤になるとか。でもね、それって捉え方で幸福ってこともあるでしょ?怪我をして健康の大事さに気づけたとか、大変な役回りは成長に繋がるとか、ずっと行ってみたかった土地に転勤できるとかさ。だから、鈴蘭はその人にとっての『不幸』が作用するんだ。その人が前向きに捉えることができない不幸が、くる」
優良は優しい声で壱晴を宥めるように説明をしたが、語尾の優良の目は殺伐としていた。きっと壱晴と同じ人を思い浮かべているに違いない。
「……じゃあ、僕の家族の『不幸』は死だった、ということですか?そんなの理不尽だ」
「は?ちょっと待て。不幸が死ってどういうことだ?」
目を丸くする優良の後ろで京慈も同じような顔をし、壱晴に問いかける。壱晴は首を傾げて、その質問の意味を汲み取れないでいた。
それを見かねた暖が、壱晴の落としたペットボトルを拾い上げながら口を開く。
「壱晴の家族は全員亡くなっているんだよ。鈴蘭が咲いた直後に」
「全員!?」
抑揚のない暖の声に、優良が声を上げる。京慈は呆気に取られているようだった。
「ちょっと待て。全員亡くなるなんて話、聞いたことねえよ。三論咲きの俺でさえ身内が大きな事故にあって長い期間の入院を余儀なくされ、精神的に思い詰めてしまった、っていう不幸だ。おい、暖、お前は誰にどんな不幸が訪れた?」
「京慈さん、デリカシーに欠けるんじゃ……。」
余裕がなく緊迫した京慈に優良が慌てて声をかけるが、京慈は優良に目もくれずペットボトルを拾い上げた暖に迫っていく。
「俺は妹を亡くした。車が、急に突っ込んできたんだよ」
暖は恐ろしいほどに落ち着いた声で、淡々と口にした。
京慈から目を逸らすとペットボトルを壱晴へ渡し、背中をぽんっと優しく撫で、それ以上、その話はしなかった。
「暖、ありがとう」
壱晴は暖の腕に触れ、安心させるように笑う。まだ、現実味を帯びていないんだ。それが壱晴にはよくわかる。昨日までいた人が急に今日、いなくなる。そういうことが、あるのだ。
「暖も亡くしてんのか。どういうことだ?暖は一輪咲き……壱晴、まさか四輪咲きとかじゃねえよな?」
「そんな、まさか。一輪です」
壱晴が首を勢いよく横に振ると京慈はいよいよ絶句し、ベッドに座った。腕を組んで何かをぶつぶつ呟いている。どうしたらいいのかわからず縋るように優良を見上げると、苦笑いを浮かべ耳打ちをしてくれた。
「あれ、京慈さんの癖なの。考えを整理する時なんかに、ああやってよく独り言を、ね」
「暖、壱晴!」
と、ふいに名前を呼ばれ、壱晴と暖はびくりと肩を震わせた。京慈が真剣な顔で立ち上がる。
「焉に入れ。所属は
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