1 花が咲く

大事な相棒

5 喧嘩





***




 夕方と夜の真ん中、空はほんのりと赤みを帯びている。



 大通りの信号機は真っ赤に人々を止めていた。


車が白い線の上を通り過ぎていく。



エンジン音、タイヤの音、風を切る音——その中に混じる、男の罵声。


雑踏ざっとうの中、冷やかしや困惑の声もざわりざわりと聞こえてくる。



 信号が青になるのを待つ集団の中、中年のサラリーマンらしき男と目つきの悪い金髪の高校生が掴み合いの喧嘩をしていた。



集団は彼らと一定の距離を保ち、鬱陶しそうに、あるいは恐怖、無関心といった感情も含め、ただただ見つめているだけだった。


誰も仲裁に入ろうとしない。



迷惑そうな顔をしている人が多いように見えた。



それはそうだ。迷惑だ。関わりたくないに決まっている。


でも——と、それを端っこで見ていた壱晴はドキドキとはやい鼓動を感じながら、緊張で汗ばむ自分の手を摩りながら、じっと見つめていた。




「だ、だん、もう流石に仲裁入ったほうが……。周りの人にも被害が出ちゃうかもしれないし、なんていうか、もっと酷くなりそうな雰囲気だよ!」



 壱晴は顔を青くしながら隣の早瀬はやせ だんの肩を強く叩いた。



暖は困った顔をしながらも男二人から目を逸らすことなく、壱晴の前に手を伸ばして牽制けんせいする。




「壱晴、まだ駄目だ。もうちょっと辛抱しろ。本当、こういうのほっとけないんだから」



「でも……。あの制服、暖と同じ高校でしょ」



「うん、そうだけど、あんまし知んない」



 壱晴はもし暖の知り合いだったら、と心配していたところもあって、少しだけ気持ちが落ち着き「そっか」と頷いた。暖からの許しがもらえるまで静かにしていようと一歩、後ろにさがる。



 暖は高校三年生で、今喧嘩をしている不良と同じくらいに派手な男だ。


赤髪に、ピアスが両耳あわせて三つ、ワイシャツの上にはブレザーではなく前開きの黒パーカーを羽織っている。


目鼻立ちが整っており、さぞモテるのだろうと壱晴は密かに羨望せんぼうの目を向けていた。



壱晴は大学四年生。最近まで就職活動をしていたのだけれど、どこにも内定が貰えず彼女にも見放された。


何もかもこのうじうじした性格のせいだと自覚がある分、高校生でしっかり者の暖のことを尊敬していた。


あと、見た目もかっこいいから、いつか真似してみたいと憧れている。



「で、壱晴はあいつらのことどう思う?」


「あっ、うん!」


 暖に声をかけられ、壱晴はもう一度彼らを見た。


取っ組み合いの喧嘩は周りの人を今にも押し潰してしまいそうな勢いで。


——と、信号が青に変わり、人々が歩き出す。



「ハズレだと思うけどな。だって普通の喧嘩に見える。『花』が咲いた人はもっとこう、嫌な感じがするかな」



「俺もそう思う。鎖骨のあたりはここからじゃ見えないけど、多分花はない気がする。けど一応、確認しとく?」



「もう仲裁していいの?」



「いいよ。だけど長いこと話すなよ。他に花が咲いた奴が今この瞬間にもいるんだ。そいつらを早く見つけないと」



 壱晴よりも身長が高い暖は少し屈んで、言い聞かせるようにはっきりと言った。


これじゃあどっちが子どもかわかんないな、と壱晴は苦笑いを浮かべながら頷いた。チカチカと光る青信号を一瞥してから行き交う人を避け男二人の元へ向かう。



「てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ。肩がぶつかったせいでスマホが落ちて画面が割れたんだ。ほら見てみろよ!ちゃんと!なんでてめぇがキレてんだよ。わけわかんねぇ」



「君がわざとぶつけてきたんだろう!わざと画面を割って高額請求ってところだろうけどなあ、その手にはのらないんだよ!」



 言い合いが最高潮に達したその時。 


 サラリーマンの男が嫌悪の激しい表情をして、拳を高く振り上げた。



「え!うわあ!駄目!」

と、壱晴は悲鳴を上げながらも二人の間に飛び込んで。


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