Round 4 (2/3)


 食べ終わって、ケータイの充電がある程度できるまで待ってから、マクドナルドを出る。さすがに100%まで充電していたら追い出されそうなのでしなかったが、だいぶ回復した。

 あてもなく、大通りのようなところをぶらぶらと歩く。

 四車線の車道の両脇にはアーケード付きの商店街が伸びていて、全て開いているとは言わないものの、シャッターが下りているのは一部の店だけで、半分以上に店は営業している。

 中古の服屋や、金物屋、八百屋、印鑑屋、食堂など。よくわからない土産物屋のような店もあった。

 30分ほどだろうか。街歩きのようあっちこっちと彷徨って時間をつぶす。

 そして平和な時間は長くも続くわけもなく。

 大通りの車どおりは多くもなく、少なくもなかった。

 商店を外からのぞくのにも飽きてきて、それなりの感覚でやってくる車に目を移した。

 そして、あいつとばっちり目が合った。

 丁度すぐ横を通り過ぎた白いSUVには、昨日見かけたナイフ使いの男と、もう一人、助手席に見たことのない女がいた。

 そしてそいつとも目が合った。そいつは目が合ったとたん、笑みを浮かべた。

 心拍数が一気に上がる。胸のあたりがふわふわし始める。体中の毛穴が開くような錯覚に襲われる。

 そのまま、横の中古家電の店をのぞいていたソウの手をつかんで、引っ張るようにして走り出す。車が来た方向、つまり車の進行方向と逆側に。

「昨日のあいつがいた。今度は一人じゃない。車に乗ってる」

 焦りのせいか片言のような日本語で、できる限りの説明を試みる。

「一緒にいた女はやばい。多分、捕まったらまずい気がする」

 あれは「楽しむ」人間だ。

 ソウが引っ張られるのではなく自分の足で走り始めたので、引っ張っていた手を放す。

「とにかく撒かないと。ついてきてっ」

 車は後退では速度が出ないし、それなりに交通量があったあの道ではUターンもすぐには出来ないはず。

 袋小路に入ってしまうのを避けるために細い路地は避け、最低二車線はある道をできるだけあっちこっちに曲がりながら走り続ける。

 走っているうちに、明らかに私たちを追っている車が数台増えていた。小回りの利くバイクもいる。

 流石に太い道だけで逃げ続けるのには無理が出てきたので、向こうに別の道が見えているような細い路地も使い、信号などをできる限りに使って距離を詰められないようにする。

 それでも流石に足と自動車では分が悪く、ばったりとそれらしき車に出くわして慌ててコースを変える頻度が高まってきた。

 いい加減足が疲れてきて、ソウのペースも落ちてきた。

 逃げるのにも限界があるので、今度はこちらから仕掛けることにする。

 バイクが後ろについたのを確認して、近くにあった路地に入る。袋小路かもしれないけれど気にしない。むしろ、袋小路かもしれないくらいの方が都合がいい。相手がここで追いつめられるんじゃないか、とかすかな期待を抱いてくれた方がやりやすいから。

 追っている側は、特に数の差が大きいと、気が抜けやすい。ましてエンジンと足なんていう圧倒的なハンデがあったらなおさらだろう。

 期待通り、車が一台通れるか怪しいほど細い路地に、バイクが入ってくる音がする。

「貴方はとにかくまっすぐ走り続けて」

隣を走るソウに言って、返事が来るのを待たずに背中をたたいてソウを前に送り出す。

 音からして中型程度のバイク。まっすぐ後ろをついてきている。

 まだある程度は距離があるのを音で確認してから、足を止め、振り返る。

 振り返りざまに拳銃を抜き、両手で構える。相手が気が付いたようだったけれど、もう遅い。車は急には止まれない。もちろんバイクも例外ではない。ましてここは車一台分ほどの細い一本道。左右に回避しようと思ってもそれほど場所はない。

 見たことのない顔だったけれど、不思議と、今まであった一発目の躊躇はなかった。

 悪あがきのように蛇行運転を始めるが、この幅だ。規則的にならざるを得ないので、きちんと未来位置を予測して偏差射撃をすればさして難しいものでもない。

 四発か五発ほど打ったところで、バイクが横転した。当たったのかもしれないし回避行動でバランスを崩したのかもしれないが、そこはどうでもいい。すぐさま駆け寄って、バイクを引き起こす。

 地面に放り出された搭乗者がうごめいていたので、よろよろと上体を起こしたタイミングで後ろから首を絞め、意識を落とす。安全とはいいがたいけれど、そんなことを気にしている余裕はない。殺さなかったのは、ソウに死体を見せるのは抵抗があったからで、私一人なら確実を期して殺していた。

 それに、目的は追手の排除ではない。今更一人二人減らしたところで、大して変わらないだろう。

「ソウ、こっち」

 少し先でこちらを見ていたソウを呼んでから、バイクを引き起こす。ところどころへこんだり塗装が剥げていたりしたけれど。問題なさそうなので上出来だ。

「乗って」

 意識を失った搭乗者からヘルメットを剥ぎ取って、戻ってきたソウに投げる。

 ヘルメットの中身は意外にも私より少し上くらいの女性だった。

 殺さなくてよかったな、と少し思う。自分と近い年の同性が額に穴をあけているのは、正直自分の将来を暗喩されるようであまり見てて気持ちのいいものではない。

「まじかよ」

「安心して。そのヘルメットの中身は若い女の人だったからオジサンの脂とかはついてないわよ」

 バイクにまたがってソウがヘルメットを着けるのを待つ。運転者と同乗者、どちらか一方鹿ヘルメットを着けられないのなら、まあつけるのは同乗者だ。自分で運転するのと人の運転に乗るのでは圧倒的に後者の方が不安だろう。

「そこじゃない。まあオジサンの脂の心配がないのはうれしいけど」

「じゃあなによ」

 ソウがヘルメットをかぶったのを確認してから、シートの後ろをぽんぽんと叩く。

 ソウは道路に転がる女に目をやって、

「いや、本当に戦えるんだなって」

「戦うなんてたいそうなもんじゃないわよ。まあ、でもそれが仕事だったからね」

 慣れない様子でソウが後ろに座る。

「落ちられちゃ困るから腰のちょっと上あたりを両手でつかんどきなさい。変に遠慮してるとアスファルトに時速50キロ以上で突っ込む羽目になるわよ。あと、重心がずれるから急に動かないでね」

 エンジンをつけ、アクセルを回す。先ほど入ってきたところから、元の道へ飛び出す。もちろんカーブミラーなどで安全は確認してから。ここまで来て交通事故で死にました、は情けなくて笑えない。

 太い車道に出たので、一気にスピードを上げる。

 バイクの運転は久しぶりだったが、感覚は失っていなかった。

 すぐに、後ろに最初の白いSUVが付いた。

 スピードを上げて距離を縮められないように維持する。

 前の車が減速したのでその脇をすり抜けるようにして追い抜き、黄色信号を無理やり通り、左折する。

 もうとっくに赤信号になっているはずだけれど、逆車線を使って交差点を強行突破し、ピタリと後ろについてきた。

 昨日である意味吹っ切れたからだろうか。

 決して楽な状況ではないはずなのに、不思議とテンションが上がってきた。

「ちょっとこれすごい怖いんだけど」

 後ろでソウが叫ぶ。スピードが上がったせいか腰に回された手に力が入っている。

「慣れれば大丈夫になるわよ」

 十字路を右折し、四車線の幹線道路に入る。一気に交通量が増える。

 車の間を縫うようにして速度を上げるが、片側二車線なので追ってくる車もほかの車を避けながらついてくる。

 左右の切り返しが早いのを生かして少しずつ差をつける。

 途中の交差点で別の追手らしき紺色のセダンが突っ込んできたのを、バイクの尻を引っ掛けられそうになりながらもなんとかかわし、二台に増えた追手からひたすら道なりに逃げる。

 しばらくはほかの車を障害物に使う形で距離を保っていたけれど、途中でそうはいかなくなった。

 片側二車線だった大通りが高架と地面に別れ、片側一車線になる。

 一本道を嫌って下の方に行ったのだが、それが逆手に出た。ほとんどの車が高架へ行ったせいで、対向車はいても、障害物になってくれる同車線の一般車がほとんどなくなる。

 流石に純粋な直進速度では分が悪いのか、少しずつ距離が縮まっている気がする。

限界までアクセルを回し、出せるだけの速度を出す。

「ねえ、もし無事に逃げ切れたら貴方はどうしたい?」

 今まで少し防ぎ身にしていた上半身を起こすと、風が顔で感じられて思いのほか気持ちよかった。

「なんでもいいわよ。また学校に通いたいでもいいし、外国でのんびり暮らしたいでもいい。なんならもっと突飛なのでもい」

 消して長くはない髪が、正面からの風にあおられて勢いよく踊る。

 前髪が暴れて一瞬目に入ったけれど、すぐに他の髪と同じように風に乗って後ろに流れていく。

「そうだな。どこでもいいから、命の心配がないところでしばらくゆっくりしたい。そうしたら、そうだな、宇宙の事でも勉強してみるか。小さいころ好きだったんだ」

「いいわね。宇宙か。夢がある」

 叫ぶようにして言いながらクラクションを鳴らして赤信号を突っ切り、左折して前とは別の四車線の大通りに戻る。

「私は、そうね、どこか遠くで普通のバイトでもして暮らしたいわね。朝起きて、学校に行って、友達と学校の文句とか言いながら授業を受けて、バイトをして、たまに友達と遊んで、寝る」

「きっとできるさ。俺だって仕送りなんてないようなもんで、ほとんどバイトで食べてたしな」

 少し前に見かけた別の追手の車が反対側から来ているのが見えたので、すぐそこにあった公園を突っ切って一本隣の道に移る。

「ところで、今どこに向かってるの?」

 もちろんノープラン。まあまあまずい状況のはずなんだけど、そこまで切迫感はない。

「どこにする?遊園地でも、映画館でも、水族館でも、どこでもいいわよ。何なら空港でも」

 撒いたかな、と思ったのもつかの間。どうやらバイクもいたようで同じ公園を使って真っ黒な大型バイクが飛び出してくる。

「ははっ、じゃあどこでもいいからどこか遠くに行くか」

 ソウが笑う。

 馬力の差があるのか、少しずつじわじわと距離を縮められる。

 前方に一段低くなった線路の上を通る短い橋が見え、その向こうで数台のセダンが明らかに道をふさぐように停車しているのが見えた。

「そうね、じゃあどこか遠くへ行きましょ」

 ふと、面白そうなことを思いついた。

 規則正しくリズムを刻むような音が右の方から近づいてくる。

「しっかりつかまっててね」

「え?」

 腰に回されたソウの手がギュッと締められるのを確認してから、ハンドルを右に切って大きく逆車線に出る。向こうで通行止めのようなことをしてくれているおかげで、対向車はない。

「舌噛まないように口閉めてッ」

 一気に左にハンドルを切る。

 歩道との間にある傾きの付いた縁石に突っ込んで、バイクが少し宙に浮く。

 宙でバランスが少し崩れるが、もうバランスはどうでもいい。

 端のすぐ脇には、整備用なのか、下の線路に降りる階段の入り口。

 80キロ近い速度が出ていたバイクは、人間二人分の体重も加わった運動量でもって、錆びかけた金網の扉を吹き飛ばし。

 今度こそ本当に空を舞った。

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