Round 4 (3/3)
***
空を舞ったとは言っても、滞空時間は短かった。
そして、私だって訳も無くそんな危険なことをしたわけではない。
空を舞ったバイクのすぐ下には、線路の上を走っている貨物列車。相対速度は、ほとんどない。せいぜいあっても5キロ程度だろう。
バイクと一緒に重力にひかれて落っこちた私たちは、派手な音と一緒にコンテナの上に放り出される。
着地の前にバイクからは手を放して綺麗な着地を試みたけれど、腰にソウがぶら下がっているせいで思うように動けず、倒れこむような形で着地、もとい墜落をする。転がりそうになるのをコンテナ上面の凹凸に指をかけて止め、転落は免れる。
バイクはコンテナの上を滑って、線路脇に落ちていった。変なところに言って脱線したら面倒だな、と思ったけれど、そのようなこともなくすぐに後ろに流れていく。
後ろの方を見るとさっきまでいた橋が一気に遠ざかっていっていた。
「なにするの?殺す気?死ぬかと思ったんだけど?」
最後の最後で私から手を放して、どういうわけか私よりまともに着地を決めたソウが顔面蒼白で詰め寄ってくる。
「いいじゃない、結局大丈夫だったんだから。それに、これで遠くへ行けるわよ」
普通の架線式なら架線が邪魔でできなかったんだろうけど、ここは地下鉄が地上に出ているところなので、架線ではなく第三軌条を使っているから何とかなる。
それに、高低差も速度差もないのでそこまで無謀でもなかった、はずだ。正直突発的な思い付きだったのでそこまでは考えていなかったけれど、まあ言わなくていいだろう。というか、言ったら相当恨まれそうだ。
「それよりいつまでもここにいると地下に戻ったときまずいから移動しないと」
流石にずっとコンテナの上に姿勢を低くしてへばりついているのはしんどい。
風に飛ばされないようにコンテナのうえを匍匐前進して一番端までいくと、ちょうどコンテナの置いていないスペースがあった。
幸運にも台車の端で床もついていたので、そこに飛び降りて腰を下ろす。
「はははっ」
思わず笑いがこぼれる。ソウも緊張の糸が解けたのか、つられたように軽く声をあげて笑ってた。恐らくその緊張はほとんど私の思い付きのせいだと思うんだけど、まあ思い至ってないようなので言わないでおこう。
深く息を吸ってから床に大の字になって転がったら、思いのほか車輪の振動が直に伝わってくる。揺れるたびに頭が少し浮いては床に打ち付けられるので、さすがに痛くってすぐにやめた。
直後、列車が地下に入った。周りが真っ暗になったので、思わず近くにあったはずの手すり、ではないはずだが床から金属棒が生えていたあたりに手を伸ばす。
ちなみに、貨物列車の貨車というのは、割といたるところに穴が開いている、というか、最低限の骨組みしかない場所が多い。下を見れば地面が猛スピードで後ろに流れて行っているはず。その上に台車なので壁もなく、列車の揺れもダイレクトに伝わる。
つまりどういうことかというと、地下鉄を走る貨物列車の台車、というのは思っていたより怖かった。
それからしばらくの間、私たち二人は先ほどまでの元気はどこへやら、間違っても穴のところから落ちないように、列車の揺れで落っことされないように祈りながら手すり代わりの棒にひたすら無言でしがみついていた。
二十分ほどの心臓に悪い旅の後、列車が地上に出て貨物の積み替えのためか停車したので、寿命を縮めずに乗れそうな場所を探して、見つけた場所が鉄パイプを輸送しているオープントップの貨車だった。
鉄パイプは詰まれているものの側面の壁よりは低く、丁度パイプの上に立ったら胸のあたりに壁のてっぺんが来そうな感じ。
そこを当分の座席とすることにして、職員の見ていない隙を見て移動する。
丁度移動が終わったあたりで、ゆっくりと列車が動き始めた。
びっしりと敷き詰められた鉄パイプの上で、二人となりあって足を投げ出すようにして座る。
「どこまで行こうかしら」
「いけるとこまで行ってみよう。終点まで行ければ御の字だし、途中で乗員に見つかったらそこで降りればいいさ。この列車を下りたらそこでまた部屋でも探せばいい」
いけるとこまで。その響きが妙に心地よかった。
「そうね。貴方はどうするの?」
聞くかどうかは迷ったけれど、どうしても聞いておかずに入れずにポツリと口にする。
「どうするのって、ここまで来たら一緒についてくしかないだろ」
自分が原因の一端を担っているのにこう言うのは遠回しなマッチポンプのような気もするのだが、正直に言うと、予想していたとはいえそれを聞いてほっとした。
「それもそうよね。これでしばらくは時間は稼げたでしょうけど、相変わらずのノープランだからこっからどうするのか考えなきゃね」
「ああ。けどまあ、少しくらいは静かに暮らせるんじゃないか。どこか知らないけど着いた所で。学校は無理だろうけど、どこかで部屋を借りて、適当なところでバイトでも探して食べていけばいい。バイト以外の時間は好きに遊べばいい」
思いもよらない方向に話が飛び、ソウの方を見返す。
「一旦は撒いたけど、また見つかるのも時間の問題よ。そんな風に一か所にとどまってたら余計に見つかりやすくなる」
「けどもう、この四日間みたいにあちこちを転々としながら逃げるのは無理だろ。どこにつくかは分かんないけど、今度は正真正銘で知らない街だ」
「貴方はそれでいいの?」
「どのみち逃げ切るのは無理なんだろう。俺はそれなら、せめて最後くらいはのんびり暮らしたい」
この先の見えない逃避行を続けるか、それともここで逃避行は切り上げて、適当なところに腰を据えてつかの間の平穏を得るか。
一応天秤にはかけてみたけれど、結論は最初に聞いた時から、いやきっとソウに拳銃を向けることにしたあの夜から、もう決まっていたんだろう。
「そう。貴方がいいのなら、異論はないわ。正直私もあっちこっち逃げ回るのに疲れてきたしね」
「じゃあ、これは返すよ」
ソウが鞄から拳銃を取り出す。銃身をつかんで、グリップの方を私に向けて差し出した。
「これから新しい住処を探そうって時にこれは似合わないからな」
右手で銃身の後ろの方をつかんで受け取る。
マガジンと薬室の弾を抜いてから、朝公園で抜いてポケットに入れていた銃弾をマガジンに一発づつ戻していく。
「もし何かあっても、貴方が望むなら、私が殺してあげるから安心して」
「ああ」
マガジンに弾を戻しきってから、それを拳銃のグリップに差し込む。
軽い音とともに、下がり切っていたスライドが戻る。
鞄にしまうか、ホルスターに戻すか迷って、結局ホルスターを選んでしまうあたりは、まだ前の仕事にしっかり染まってしまっている。
「貴方はどんな部屋がいいの?」
「どこでもいいけど、できれば高くて景色がいいようなとこがいいな」
「悪くないわね。どうせ部屋を借りるなら、どこでもいいから最上階の部屋にしましょうか」
「君の部屋もあのアパートの最上階だったと思うけど」
「三階建ての最上階でも嬉しくないわよ。せめて五階くらいは欲しいの」
「そんな都合よくあるか?」
「さあね。けど、言うだけなら自由よ」
「違いない」
ソウが小さく笑う。
「どんな仕事がしたいとかあるのか?」
「そうね。よくありそうなスーパーのバイトでいいかな。飲食店とかで働いてもいいかも。建設とかの肉体労働はあんましたくないから遠慮しときたいわね」
「殺し屋は肉体労働じゃないのか?」
「実をいうと、そこまで筋力は要求されないのよ。肉体労働、というより頭脳労働の方が近いわね。文字通り、一瞬の判断が生死を分ける、なんて時もあるくらいだし。それに私だっていい年した女子よ。埃と砂まみれの建築現場なんて進んでいきたいとは思わないわ」
ソウがこちらを向いて意外そうな顔をする。
「なによ」
「いや、ちょっと意外に思っただけだ。気にしないでくれ」
まあ、血と硝煙にまみれた仕事をしていた人間が、埃と砂が嫌だ、と言うのは自分でも滑稽に思えたのであえて否定はしなかった。
お互いに何も言わず、会話が途切れた。
「楓」
隣のソウに、何とか聞こえる程度の声でぽつりと言う。
「なに?」
「私の名前。雨宮楓。これが本名。セイって言うのは、仕事で使ってた偽名」
「よろしく、楓」
「人にその名前で呼ばれるのは久しぶりだから変な感じね。よろしく、ソウ」
手を握る代わりに、右手をあげてハイタッチ。
「セイって言う名前は、何か由来とかあるのか?」
「一応ね。漢字だと快晴の晴ってことにしてるわ。雨と、晴れ」
「なるほどね」
まあ、この名前を書くことなんてなかったから、漢字まで知っている同業者はいないだろう。私だって久しぶりに思い出した。
「そういえばさ。またアレな話題に戻っちゃって悪いんだけどさ、どこか部屋借りたとして、またあの隠れ家にあった防犯装置みたいなやつはつくるのか?さすがにいきなり追手に踏み入ってこられるのは嫌なんだけど」
真面目な表情に戻ったソウが、前を向いたまま言う。
こういうあたり、しっかり染まってしまったなと思いながら、口角が上がりそうになるのを抑えて、
「そりゃさすがにつくるわよ。私だって寝込みを襲われたくはないからね」
脇に置いていた鞄の中に手を突っ込んで、
「それに、面白いものもあるからやりようによっては一矢報いれるかもしれないわよ」
鞄から取り出したそれを片手に、あえてにやり、と笑ってみせた。
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