Round 2 (3/4)


 無事に、私がナイフを握ることもなく、朝が来た。

 その日は、朝からの雨だった。朝方のうちは強風に雷までなっており、小さな台風のような様相を呈していた。今日こんな激しい雨だなんて言ってたっけな、と思ってから、ここ数日天気予報を見ていなかったことを思い出す。

 雨は嫌いではないのだが、備え付けのポンコツエアコンだけしか空調設備がないので、湿度が鬱陶しい。

 朝食は昨日買っておいた食パンと目玉焼き。今回は私が作った。

 そしてソウから「これは料理、とはいわないな」というありがたいお言葉をいただいたので、なんだかんだと言い合っているうちに、今日の夕食は私が作ることになってしまった。面倒だ。昨日ので人に作ってもらう飯というのは思いのほかいいものだ、という事がわかったので、今日もその恩恵にあやかるつもりだったのに。

 そうなると夕方には買い物に行かないといけないのだが、少なくともそれまでは特にすることがない。昼食は、昨日買った分がある。

 すると一日ただ部屋にいるだけでは暇なので、ソウにも手伝ってもらって、朝食を食べた後にクローゼットに突っ込んであったテレビを引っ張り出すことにした。

 そしてその思わぬ副産物として、それなりの量の本を見つけた。昔、とは言っても数年前だろう、ここを倉庫代わりに使おうと思って要らないものを運び込んだ時の物だ。今の今まで忘れていたので、宝探しに成功したような感じがして少しテンションが上がる。

「いいもん見つけたわよ」

「その本の山?」

 山とは大げさな

「そう。昔ここを倉庫代わりにしたときに運び込んでたやつだと思うわ」

 本に限らず、漫画や雑誌などもあった。

「じゃあ、これで数日は時間をつぶせそうだな」

「そうね。私も正直忘れてるだろうし、読み返してもいいかも」

 入っていた段ボールがボロボロで底が抜けそうだったので、数回に分けて、本を運び出す。

 部屋にあった棚の空いているところに入れると、それなりに生活感のある部屋っぽくなった。

「雰囲気も悪くないわね」

「棚板が抜けないかが心配だけどな」

「落ちたらその時考えればいいわよ」

「ま、そうだな」

 一通り無駄口をたたいてから、それぞれ読む本を探す。

 私は読んでいたら途中から思い出してきたので、飛ばし読み気味に読んでいたが、ソウは読むのが早いのか、ほぼ同じタイミングで読み終わった。差は数十分もなかっただろう。

 そのあとも、昨日と同じくひたすら遊んでいた。やっぱり、ひねりも何もない表現だが、遊んでいたというのが一番しっくり来る。もちろん、昨日とは違い部屋からは出なかったが。

 テレビを見て、漫画を回し読みして、スマホでゲームをした。たわいのない話もした。

 追手の事だとか、今後の事だとかは忘れて、ひたすらに遊んでいた。

 お互いテンションが上がって騒いでしまい、隣の部屋から壁をどつかれたりもした。

 疲れたら本を読んで、またしばらくしたらゲームだとか雑談だとかに戻った。

多分、物心ついて以来の私の人生で、これほど遊んでいた日はいまだかつてなかっただろう。

 平日の昼間から、家に引きこもって遊び続ける。仕事柄平日だとか週末だとかいうのはあまり気にしない方だったが、それでもどこか不思議な楽しさがあった。



 そのままひたすら遊んで、遊んで、遊んで。

 一息ついて昼食でも取ろうとなったときには、もう時計は二時手前を指していた。

 そうして用意を始めると、思い出したように胃袋が空腹を訴え始める。

 昼食はスパゲッティなので、普段より多めに一人分を取り、お湯を沸かした鍋に入れる。入れてからコンロにタイマーがついていないことに気が付き、慌ててスマホでタイマーをセットする。大体7分。ソースはレトルトで済ませるので、ゆであがるまでは待っているだけだ。

 待ってる間に、ふと気になったことを聞いてみた。

「貴方は、この後どうするつもりなの?」

「この後?」

「この後。今はだれかもわからない追手から逃げているわけだけど、いつまでもこのままとは限らない。私が働いてたとこだって無限に人手があるわけじゃないから、離反したいち殺し屋程度にいつまでも人員を割き続けてるとは考えにくいわ。いつかきっと終わりがくる」

「それまで逃げ続けられれば、だけどな」

「分かってるわよ。仮定の話よ」

 手持ちぶさたで、わけもなくスパゲッティを箸で弄る。

 ソウが口を開くまで、少しも間があった。

「……正直、何も考えてない。だってつい一昨日までは普通に生活してたんだ。この二日間だっていろいろしたけど、結局いつどこから追手とやらが来るかもわからない。そもそも、こっちとしては殺される覚えなんてないから君が来てあなたを殺しますって言った時から、頭はいっぱいいっぱいだ」

「ま、そうよね」

「いくら目先のことに集中しようとしても、もう今までの生活は戻らないって宣言されたことは、そう簡単には忘れられない。あの生活が好きだったわけじゃないけど、それでもね」

「それについて気の毒だけど、私は何とも言えないわ。その文句は、貴方の殺害依頼を出したどこかの誰かさんに言ってちょうだい」

 あとは水の流れが勝手にかき混ぜてくれるはずなので、菜箸をおいて鍋を見守る作業に移行する。

「君も知らないのか。その誰かさんが誰なのかは」

「一介の下請けに回ってくる情報じゃないわ」

「そういうものか」

「そういうものよ」

 まあ、誰だっていきなり命を狙われたら誰が何のために狙っているのかは気になるだろう。けど、それを向こうがわざわざ教えるわけもない。

「そういう君はどうなんだ?」

「何が?」

 一瞬本当に何のことかわからず、ソウの方を振り向く。

「今後の事」

「ああ、それね」

 まあ、私もほぼ衝動的に動いた結果こうなってるわけだから、ちゃんとした計画なんかはないわけだけど、

「さっきもいったでしょ。きっとそのうち今みたいな状態も終わるわ。そうなれば、どこか別の町で仕事にでもつけばいい」

「仕事って殺し屋の事?」

「さあ、なんでもいいわ。食べてさえいければ」

 ごまかしたわけでも、見えを張ったわけでもなく、正真正銘の本音だ。

 セットしていたタイマーが鳴ったので、コンロの火を消す。

「さ、暗い話はこの辺にして、貴方、ソースは何にするの?」

 パスタをザルにあけて水気を切りながら、背中の方に声をかける。

「カルボナーラ。けどそれくらい自分でするよ」

「わかった」

 バジルソースとトマトソースで少し迷ってから、バジルソースを皿に開けてそこに湯気を上げるパスタを入れる。これで残りは二袋、一回分。

 ソウに場所を譲り、用意が整うのを待ってから、ちゃぶ台で昼食をとる。

「コショウないの?」

 カルボナーラを一口食べてから、ソウは言う。

「昨日買ったもの以外はほとんどないわよ」

「じゃあないのか。失敗したな」

「いいじゃない、コショウくらい」

 そんな無駄口をたたきながらパスタを食べた。外の雨風も弱くなり、さっきまでに比べて少し明るくなっていた。

 そして、丁度食べ終わって皿を洗うかという時だった。

 私のスマホが、唐突に「帝国のマーチ」を奏でた。

「電話?」

 キッチンからソウが言う。

「そうじゃない」

 通知音を帝国のマーチにしてあるのはお手製の警報装置だけだ。

 だったら、何が起きたかはすぐにわかる。

 マスクを着けた暗黒卿、もとい追手の襲撃だ。

 スマホを開き、通知の内容を確認。それからいくつかアプリを開いてから、ソウに言う。

「逃げる準備をして」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る