Round 2 (2/4)
日が暮れてから、そろそろ今夜泊る所に行こう、という事になった。
今いる場所がどこか良く分かっていなかったので、いったん駅まで戻ってからそこを目指す。
「今度も廃ビル?」
「違うわ。昨日のところが廃ビルを使ってたのは、あんまり公にできないものがたくさんあるから。今日行くところはそうじゃないから普通のアパートよ。だからちゃんとガスも電気も水道も通ってる。当分はここで暮らせるはずよ」
こんな事態を想定していたわけではないが、リスク管理の一環として昔確保しておいた、誰にも伝えていない部屋だ。賃貸の名義も架空の人物なので、そう簡単には足はつかない、はす。
両手に買い物のビニール袋を提げたまま、昔の記憶を引っ張り出してその「隠れ家」を目指す。
ばれていないとは思うが、不安だったので今回もソウをその辺絵で待たせて一人で先に行く。行き方は伝えたので、電話なりなんなりで連絡をすればやってくるはずだ。昨日のように迎えに戻る必要はない。その間に追手に見つかっていたら不運としか言いようがないが、そこまで面倒は見ていられない。
ポストにはチラシやなんやらがぎっしり詰まっていて、一目見て留守にしていると分かる。回収する必要性も感じなかったし、むしろ今までずっとチラシが詰まっていたポストが急にきれいになったら悪目立ちするだろうから、放置しておく。まあ、回収したくともポストを開けるための番号を忘れたので無理なのだが。
あやふやな記憶を頼りに部屋の前にたどり着く。三階の奥向かって右の部屋。これで違う人の部屋だったらいやだな、と思いつつカギを回すと、すんなりと回った。
部屋の中に買い物の荷物を置き、さっと中を見て回って変な物や侵入の痕跡がないか確かめる。変な奴らのたまり場にされてて、のんびりご飯食べてたらごろつきがやってきました、なんてのはごめんだ。面倒にもほどがある。
幸い、埃が全体的に積もっている以外は問題なかった。ここまで来て誰かに見つかったりつけられたりしている様子はなかったから大丈夫だろう。
LINEでソウにアパートに来るように連絡する。暇をしていたのか、すぐに既読が付いた。
待っている間暇なので、ベランダからソウがやってくるのを眺める。尾けられていないかの確認も兼ねて。薄暗くても、明るい外套のおかげで下を人が歩いていればわかる。
ソウがアパートの入り口に消えてから一分ほどして、ドアがノックされた。そのままどあを開けようとして、気が付いた。あまりにも不用心ではないか。外にいるのがソウとは限らない。
昼間遊んでいたせいで緊張が緩んでいるのだろうか。
右の腰の拳銃抜いて、右手に拳銃を持った状態で、左手をドアノブに掛ける。外にいるのが知らない人なら、すぐに反応できるよう身構えて、一気にドアを開く。
結論から言うと、そこにいたのはソウだった。私の右手にある拳銃を見て顔をこわばらせる。
拳銃の安全装置を上げてから、ホルスターに戻す。「こんな状態だから用心しててね」とだけソウに言って、部屋の中に戻る。
そして、ソウが来たからにはまずやることがあって、
「さて、全く考えてなかったんだけど、この埃の中で寝るっていうのはさすがに抵抗があるから、日も落ちてるけど大掃除といくわよ」
そう。大掃除。早くここにきて日があるうちにしておくべきだったとは思うけど、今更何と言おうと後の祭り。
「まじかよ。今から?」
「なに、ワンルームを二人で掃除すれば小一時間で終わるわよ」
幸い、フロアワイパーや雑巾といった原始的な掃除道具は置いてあった。昔の私に感謝。さすがに掃除機なんて便利な文明の利器は置いてなかったので、ひたすら部屋中を拭き掃除。
別に掃除が好きというわけではないのだが、それなりに積もったほこりを雑巾やらフロアワイパーやらできれいにふき取っていくのは不思議な爽快感がある。
結局、腹の傷のせいでかがむのがつらいソウがフロアワイパーを、私が雑巾を都いう担当で落ち着き、床はソウに任せて私はひたすら家具――といっても棚とベッド程度しかないが――の上や、過度の方を拭いていた。
物が少ないせいもあり小一時間どころか30分ちょっとで大掃除は終わった。
これで衣食住の住は確保し、当然衣は最初っから確保されているので、残るは食。
昼間に材料は買っておいたからあとは作るだけなので、買い物袋の中から食材を取り出して、キッチンに置いていく。ここを用意したとき、冷蔵庫を旅館にあるような小さいものしか買っておかなかったのはないのが何気につらい。おかげさまであまり買いだめは出来ない。
今夜使う食材と明日使う食材を仕分けしていたところで、向こうで部屋を整えていたソウがやってきた。
「手伝うよ」
「大丈夫よ。料理くらいできるから」
「いや、まあそうなんだろうけど、ついていかせてもらってる身で特に何もしないのも申し訳ないからな。せめて多少は貢献させてくれ」
そのあともお互い譲らずに少し台所の取り合いのような様相を呈しつつも、結局は私が折れた。
多少意地を張った理由は、まあ普通に人ならわかるだろう。自分が昨日腹を撃った相手が進んで作ったご飯を抵抗なく食べられる人がいたら、それは多分サイコパスだ。どんな頑丈な人間だって、食べたものが悪ければあっさり死ぬ。死ぬとまでいかなくとも、人をトイレに籠城さえることは意外と簡単だ。
それでも結局折れたのは自分でもなぜかは良く分からない。
それならそれでもいいか、という気がしたからか。
はたまた心のどこかでは彼を信用しているのか。
手伝う、とは言っていたものの、ワンルームのキッチンに二人も作業できるスペースがあるわけはなく、ソウがほぼ一人で作ることになった。
ソウが夕食を作っている間、やることがないのでちゃぶ台の前に座ってぼーっと料理するソウを横から見ていた。
思いのほか慣れた動きだった。
しばらくそのままでいて、メインの鶏肉の焼けた匂いがしてきたあたりで、ふと気になって尋ねた。
「そういえば、貴方の苗字って何?下は聞いたけど、上は言ってなかったわよね」
焼き加減を見ているのか、フライ返しを使って鶏肉の裏側をのぞき込みながら、ソウは答える。
「椎名。どんぐりの椎に、名前の名」
珍しいというほどではないが、多くはない苗字だ。すくなくとも、いままで彼と同じ苗字の人にはあったことがない。
聞いたはいいものの、何と答えるべきなのか皆目見当がつかずに黙っていたら、ソウがこちらを振り向いた。
「君は?」
私の苗字を訪ねたのだろう。昨日名乗った名前だって本名ではないと言ったはずなのだけれども、どうやら彼はそちらについて追及する気は無いらしい。
「雨宮よ。字は言わなくてもわかるでしょ」
下の名前についても訂正するかしないか迷って、結局訂正はしなかった。
普段使っている偽名を使うか否かでも少し迷ったけれど、頭が結論を出す前に口が動いた。
ソウは相槌のつもりなのか、頭を上下に揺らしていた。
「はい」
それから三分もせずに、今日の夕食が出来上がった。
昨日の物と比べて圧倒的にまともな夕食を挟んでちゃぶ台ごしに向かい合う。
「いただきます」
人を殺して生きてきた私が、食材となった生命への感謝が込められてるとかいうこの台詞を言うのは自分でも違和感があるが、それでも言うように心がけている。別に、食べられる生命への感謝が人一倍強いとかそういうわけではないが。
味は思ったよりうまくできていた。独り暮らしの男子学生には珍しい自炊派だったのだろう。
「料理上手じゃない」
そういったら、彼は驚いたような顔をした。
「なに?」
「いや、君がそういうことを言うとは思ってなくて」
ひどい言われようだ。
「じゃあなんていうと?」
「黙って食うかと思ってた」
「そうね」
あながち間違いでもない。特に感想がなければそうしてただろうと自分でも思う。
「明日からはどうするの?」
ほおばったサラダを飲み込んでから、ソウが言う。
「当分はここにいるわ。毎日場所を移すほど行く当てがあるわけでもないしね。それに、ここはある程度の設備も用意してあるから、下手に動き回るよりは安全よ」
「設備って、罠でも仕掛けてるのか?」
「まさか。ここの住民のほとんどは一般市民よ。そんな物騒な物しかけられるわけないじゃない」
「じゃあ?」
「誰か来れば気づけるってだけよ。知り合いからやり方を聞いて、もともとあった防犯カメラにちょっと手を加えて私でも覗けるようにしたの。まあ、そのほかにもいくつか細工をしたけど。だから、やばくなったら逃げるしかないわ」
期待して損した、というような顏をするソウ。
残念ながら、私にできるのはその程度だ。
そのあとは、たわいもない話を少ししながら夕食を食べ終え、湯船のないシャワー室で順番にシャワーを浴びてから、すぐに寝た。お互い昨日の今日で疲れがたまっていたのだろう。
怪我人のソウにベッドは譲り、私は床に布団を敷いて寝た。ベッドは埃っぽくなっていそうだから、という理由もあるけれど。
追われている身なうえ、これでも年頃の女の子なはずなので、一応いろんなものに用心するためにナイフを枕元に置いて寝る。たとえ彼であっても、仕事としてではなく身を守るためならば殺すことに迷いはない。そうならないとは思うが。
もちろん、寝てる間に勝手に自分にナイフが刺さってました、なんてことがないように鞘と置き場所には細心の注意を払う。さすがに、拳銃と添い寝する勇気はなかった。暴発が怖すぎる。
普段だったら考えられないほど早い時間だったが、寝付けないなんてことはなく、むしろ普段よりすぐに寝ることができた。
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