Round 2 (1/4)
*** Round 2 ***
翌朝、私をたたき起こしたのは頼んでもいないモーニングコールだった。
とはいっても、もちろんネカフェにそんなサービスがあるわけがないので、机の上ででヴーッという音を反響させた挙句に机から落っこちて私の脛を直撃したのは、私のスマートフォンだった。
ほとんどの人間に当てはまることだろうけど、寝起きの頭は全くと言っていいほど回ってくれない。ほとんど条件反射のようにスマートフォンを拾った私は、着信相手も確認せずに電話に出た。
「はい、もしもし」
もちろん、寝起きの頭が誰からの着信かなんて予想しているわけはないが、それでもびっくりしたのは主に音量のせいだろう。
「あんた!?はいもしもしじゃないわよ!!どういうつもり!?依頼に失敗したっらしいって聞いて上に聞いてみれば虚偽報告だの文書焼却だの挙句の果てに消息不明だの!?部屋の中も貴重品から弾薬まですっからかんだったって聞くしあんたなにやってんの!?」
ありがたいことに、驚き、恐怖、その他いろんな感情で眠気は吹き飛んだ。
発信主は、この業界では珍しいスナイパーをやっている例の彼女だった。
思わず周りに聞かれるのではないかと思い、スマートフォンのスピーカー部を服に押し付けて音を殺す。音量を下げてから再び耳に当てると、彼女はまだ騒いでいた。
「……ょっと聞いてるの?どういう風の吹き回し?何をやってんのあんた?」
「ちょっと落ち着いてひとつづつ聞いてくれない?」
「落ち着いて!?落ち着いてられない原因のあんたが言う!?」
「わかった、わかったから。ちょっと色々あったのよ」
「色々って?なんかの情報のすれ違いとかなら上との仲介くらいしてあげるわよ」
彼女が少しずつ落ち着きを取り戻したようなので、ひとつづつゆっくりとしゃべる。
「それはありがたいんだけど、たぶん、貴女と会うことは、もうない」
「あー、やっぱそういうことかー」
「そういうこと。別に会いたくないとかそういうわけじゃないから安心して」
ここでごまかしてももう無意味だろう。昨日の既読スルーが図らずも彼女に対しての伏線のようになってしまっている。
それに、彼女はこちら側で、数少ない友人、もしくはそれ以上といえる間柄の人だ。無意味な嘘をついたまま別れるのは気が引けた。
「……あんた、踏みとどまる気はないの?確実に、誰かしらが追手として差し向けられる。ルーキーか腕利きかは分からないけど、確実にくるわよ」
彼女らしい。この善意に、何度救われたことか。けど。
「わかってる。それに、ルーキーにあっさりやられることはないって、わかってるでしょ」
「追手がルーキーとは限らないわ。ロシアンルーレットみたいなものよ。あんたはルーキーにやられるほど弱くはないけど、天下無敵ってわけじゃないわ。私たちはせいぜい中堅よ」
「それもわかってる。でも。私は理由があってこうしてるの。ロシアンルーレットをやるリスクに、釣り合うような理由。具体的に何かは、伏せさせてもらうわ。ごめん。けど、ここは譲れないって、決めたから」
「命あっての物種っていうでしょ?ロシアンルーレットじみた真似に釣り合う理由なんて、きっと頭を冷やしてから考え直せばきっと薄れる」
ああ、本当に彼女らしい。この世界で生きてきて、確かに彼女の優しさには救われてきたけれど、けど私とは相いれない。
「かもね。けど、それを殺し屋が言うんじゃ説得力がないってものよ。それに、私はそれでもかまわない」
「それを言われると何とも言えないわね」
それに、頭を冷やすという時点で、私は私のルールから外れざるを得ないし、今回、私に頭を冷やすだけの時間は与えられなかった。
電話の向こうが少しだけ沈黙する。
「一つ聞かせて」
「なに」
「あんたは、上に復讐でもするつもり?」
「まさか。仕事を斡旋してくれた人たちよ。感謝こそすれ、恨む理由はない」
「よかったわ。もしあんたたちが積極的に上をつぶしに行くのなら、さすがに報告しないわけにはいかなくなるからね」
「……報告しないの?」
「基本的に聞かれないことは言わない、がここの基本スタンスでしょ」
「それもそうね。感謝するわ」
「それに、聞かれてもいないのに元スポッターを売るほど上に恩義は感じてないの」
懐かしい話だ。仕事の初めのうちは、先輩にあたり、狙撃を得意とする彼女のスポッターをやっていた。もっとも、スポッターとは名ばかりでOJTを兼ねた狙撃時の護衛といった感じだったが。
それに、実際襲われたとしても、あの頃の私がどんな武器を持っていたところで、狙撃銃を持って戦う彼女の邪魔にしかならなかっただろう。実際に私が持っていたのは一丁の拳銃だったし、それこそ周辺警戒以外には役に立たなかったはずだ。それこそ一般人でもできるようなことしか。
「あの頃はお世話になりました」
「敬語はやめてよ。調子が狂うし別れの挨拶みたいで縁起でもない」
「あながち間違いでもないと思うけど」
電話の向こうで彼女が軽く笑う。
「それと、あんたは私と会うことはもうないって言ったけど、それは不正確よ」
「どういうこと?」
「私たちが次会うとしたら、その時は元相棒じゃなくって、敵同士。この方が正確でしょ。生憎私は上から言われたらやるしかないのよね。自分の人生と人の命を天秤にかけて人の命を取れるほど聖人君子じゃない」
「私だってそうよ」
「あら以外。てっきり違うと思ったけど。」
「私が優先させたのは私の都合。誰かのために命を投げ打つなんて、がらじゃない」
「そうなんだ。それをきいて安心したわ。誰かのために命を投げ打つなんて、バッドエンドへの入り口みたいなものだもの」
「あと、貴女は標的に姿を見せるほど下手ではないでしょ」
「それもそうね。じゃあ、私はやることがあるから失礼するわ」
そのまま電話は切れた。
さて、わざわざ上が気づいたことを教えてくれたのだ。この情報をむだにする手はない。
そのままソウに電話をかける。
どうやらあちらも頼んでもいないモーニングコールだったようで、寝起き感のあふれる声が電話越しに聞こえてくる。
そろそろここを出るから起きて身支度をしろ、と伝えたら誰か来たのか、とやけに焦ったような声で聴かれたのでそうではないが急ぎたい、と説明する。詳細については面倒なので顔を合わせてから説明すると言った。
朝起きて歯磨きもうがいもできないのは気持ち悪いな、と思いつつ、スマホを鏡代わりにして最低限の身支度を整える。幸い、寝癖はついていないので、少しバサバサしていたのを霧吹きと櫛で整えれば問題ない。
身支度を終えてブースから出ると、まだソウは出ていなかった。てっきりもう身支度を終えて外にいると思っていたので少し遅いな、と思いつつ、ソウのブースをノックして「そろそろ行くわよ」と声をかける。
しばらく待つと、ソウがブースから出てきた。彼曰く、腹の傷のせいで何をするのも一苦労だ、と。原因の大半は私にあるので早くしろという事もできず、また引っ込んだ彼が身支度を終えるのを待つ。
今度こそ身支度を終えたソウが出てきたので、連れ立って店を出る。料金は前払いで、時間超過もしていないので清算はすぐ済んだ。
店から出るとき、だれか待ち構えているのではないかと少し身構えたがどうという事はなく、外に出るとすぐに朝方特有の喧騒に包まれる。
「で、なんでわざわざ電話してまで急いでここを出たんだ?」
人ごみの中を歩きながら、左にいるソウが言う。
「このことが私の上にばれたわ。私が離反したことも、貴方がまだ生きてることも」
一瞬、ソウの歩調が乱れる。それもそうだろう。今までは、逃避行、といいつつも実際に追手がやってくる可能性はとても低かった。それが、いまやほぼ確実だ。いつどこから弾丸やナイフがやってくるかは分からない。
「どうやってそれが分かった」
それもそうだ。これではいそうですかといわれていたら、今後の逃避行に連れていくか考え直していたところだ。
「今朝、私の元同僚から電話があった。あんた一体何してんだって。持つべきものは友、ってね」
「わざわざなんで教えてくれたんだ」
「だから言ったでしょ。友達だって。貴方が思ってるほどこっちの世界も捨てたもんじゃないってことよ」
まあ、それを私は捨てたのだけれど。
「それに、もし彼女が何かの意図をもって情報を流してたとしても、上にばれてるってことは確実よ。根拠もなしでカマをかけられるほど素行は悪くなかったしね」
「それもそうか」
まあ、きっと彼女にとって情報を流すのはついでで、むしろ私を説得するために、それも友人として説得するために電話をかけてきたというところが大きいだろうからあの情報は完全に信用していいと思っているが、ここまで言う必要もないだろう。
「で、これからどうするんだ?」
「昨日言ったとこは中心街にあるから、昼間はその辺をぶらぶらして、夕方になってからそこに行きましょ。気を隠すには森。使いつくされて知り尽くされたことわざだけど、つまりはそれだけ有用ってことよ。それに、今の私たちにはここにいる全員の視線が盾になる」
流石に治安がよろしくないとはいっても、白昼堂々通り魔が現れるような街ではない。
「だから、昼間は中心街に出てからなるべく自然に時間をつぶしたいんだけど、生憎私には世間一般の若者の好みは良く分からないの。というわけで、エスコートは任せたわよ」
「護衛はむしろそっちの本分でしょう」
「頼んだわよ、一般市民代表さん」
それから、人ごみの中を適当に歩いて目についた駅から地下鉄に乗り、十分ほど真っ暗なトンネルの中を揺られてから、中心街にたどり着いた。
何度か来たことはある場所だったが、基本的に生活必需品の買い出しか、仕事でしか来たことのない場所。だから、駅から少し離れると全く知らない場所になる。
どうやら慣れているように迷いなく歩いていくソウの後ろを歩いて、ひたすらついていった。
彼はやっぱり一般市民で、私からすれば命を狙われているこの状況でよくそんなところを通るわね、と思うようなところも平然と進んでいった。
知らぬが仏という奴だろう。
人通りの少ない裏道。逃げるにも選択肢が一つしかない一本道。反射するものがないので首を回さないと後ろが確認できない通路。わかりやすいのはこんなところだが、上げていったらきりがない。
それでも、特に忠告したり、そういった場所を避けるように誘導したりはしなかった。
追手の裏をかける、とかいう合理的な理由があったわけではない。第一、その程度で裏をかけるならば苦労はしていない。
彼の行動を見ていると、自分が良くも悪くもこっち側にずっぷりとはまってしまったんだな、という事が感じられる。私には、彼と同じようには動けない。どうやっても、周りから浮いてしまう。
浮いているといったって、女性専用者に乗ってしまった男の人のように一目でわかるほど浮いているわけではない。むしろ、ほとんどの人は気づかないだろう。
けれど、見る人が見ればわかる。それに何より、自分の事なので自分にとっては人のそれ以上によくわかる。
恐らく、そのせいなんだろうと思う。
結局昼間は、行先はソウにまかせて、遊んでいた。幸い、予算には余裕があったから。
別に、一日中ゲームセンターに入り浸ってたとか、そういうわけではなく、店をのぞいたり、買い食いをしたり、色々なことをしたけれど、一言で言うならば遊んでいた、というのが適切だろう。
本屋で立ち読みをした。
洋服やアクセサリーとかを売っている店を、買う気もないのに冷やかした。
路上でサックスを演奏しているおじさんの演奏を聴いた。
ゲームコーナーで景品をもらっても困るだけなのにクレーンゲームをした。
昼食はあちこちの店で買ったものをその辺の道端で食べて済ませた。
小一時間カラオケにも行った。
私が歌える曲は少なかったけど、ソウは知らない曲をたくさん歌っていた。
こまごまとしたお菓子を買って歩きながら食べた。
足りなかったものを買い足した。
夕食の相談をした。
あて先もなく人の流れに従って歩いた。
雨に降られて慌てて近くの店に駆け込んだ。
二人で夕食の買い物をした。
屋上のベンチで自販機の飲み物を飲みながら雨上がりの夕焼けを眺めた。
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