Round 1 (3/3)


***


 昼食を済ませ、細々とした作業を済ませたら、いよいよここを出る。

 まあ、だからと言って派手な証拠隠滅だとか隠蔽工作だとかをするわけではなく、普通にドアから出て、鍵を閉めて、階段を下りて正面から街にでるだけなのだが。

 まずやることと言ったら今日泊まるネットカフェを探すことなのだが、理屈云々というより、気分の問題であまり自宅やさっきの廃ビルの近くにはいたくないの。そういうことで、少し移動することにした。

 私一人なら歩いていたところだけれど、さすがに腹に穴が開いたソウがいるのではそうもいかない。

 幸い、あらかじめ調べていくつか目星はつけていたので、適当なところから地下鉄を使って順番に回っていく。

 今晩泊まるネットカフェ自体は、そう時間もかからずに見つかった。

 建物を見て、場所だけ確認してから、夕食を買うために、少し歩いてスーパーへ向かう。

 ネットカフェの隣のコンビニで買ってもよかったのだが、今後のことを考えると資金は温存しておきたい。コンビニは高いのだ。

「じゃあ、適当に自分の夕食買ってきて。買ったら入口のところで合流ね」

「りょーかい」

 右手を軽く上げてひらひらさせながら店の奥へ進んでいくソウ。

 後ろから見る限り普通に歩けているし、もうそこまで心配しなくてもいいんじゃないだろうか。

 何となく店内を見まわしてから、ソウが行った方向とは90度違う方向へ足を向ける。

 この店に来るのは初めてなので店内の配置は全くわからないが、天井からぶら下がっている札を見れば大体は想像がつく。

 ソウは総菜以外のものを探しているのか、はたまた場所がわからなかっただけなのかはわからないが、いちいち伝えに行くのも面倒なので放っておくことにした。

ほぼピンポイントで目当てのお総菜コーナーに着く。ここからネットカフェまでは少し距離があるので、持ち歩いても崩れたり汁が漏れたりしなさそうなものをできるだけ選ぶ。

 そのあと店内を少し回って、最終的に今日の晩御飯は、見切り品だったパンとお総菜のポテトサラダ、唐揚げに落ち着いた。普段なら揚げ物は控えるのだが、今日は疲れていたので久しぶりの揚げ物。まあ、いつも食べないというのは作るのが面倒だ、という理由のほうが大きいけれど。

 ほかにも軽食などをいくつかかごに入れ、レジへ向かう。時間帯のせいかやたらと長いレジの列に並び、ナチュラルにお釣りを間違える店員から正しい額のお釣りを勝ち取り、買った夕食を袋に詰めてからスーパーの出口に向かった。

 思いのほか買い物に時間がかかっていたのか、さっきまで明るかった外が、店を出るともう薄暗くなっていた。

 先に出ているかと思っていたソウは、まだいない。ただ待っているのも何なので、買ったばかりの紅茶のペットボトルを開けることにした。どうせ今晩の夜食といっしょに飲むつもりだったしいいだろう。一口飲んでは数分間ぼーっとし、また一口飲んではぼーっとその辺を眺める。これをしばらく繰り返して紅茶が三分の一ほどなくなったところで、ソウが出てきた。

「おまたせ」

 遅いからどれだけ夕食を買っているのだろうかと思っていたが、手に提げたレジ袋のサイズは普通だった。

「遅かったわね。なにをそんなに買ってたの?」

「何をって、今日の夕食だよ。特に変わった物は買ってない。慣れない店だから探すのに時間がかかっただけで」

 最初全く違う方に行ってたのは単にわからなかっただけだったらしい。

「じゃ、行くわよ」

 買い物が済んだので、あとはさっきのネットカフェに戻るだけ。さすがに満席ってことはないだろうからそこまで急ぐ必要もないだろう。

 いつものペースで来た道を戻っていると、思ったより後ろからソウの声がした。

「ちょっと待って」

「なに?」

 足を止めて振り返る。ソウは大体5mくらい後ろにいた。

「もうちょっとゆっくり歩かないか。動くと腹の傷が少し痛いんだ」

「……わかったわ」

 その場で、ソウが追いつくのを待つ。といっても数秒間だが、改めてみると少しわき腹をかばっている感じがする。

「……さっきは大丈夫そうだったけど、どうかした?」

「さあ。さっきの店で人とぶつかった表紙にかごで腹を打ったから、傷が開いたのかもな」

 よく考えればあれから半日もたっていないんだし、さっき平気そうだったほうが不思議なくらいか。

 ソウのペースに合わせてゆっくり歩いてネットカフェに戻る。

 手続きはすぐに終わった。一応、若いということで身分証の確認だけあったが、店員は一瞬だけ見ただけでそれ以上の追及はされなかった。一応法令上は深夜の利用は微妙な年齢だし、偽の身分証だが年齢で特に嘘は書いていないなのだけれど、このあたりでそれほど厳格に規制しているところはない。中学生とかでない限りはたいてい黙認される。

 心配していた食べ物の持ち込みも注意されることはなく、そのまま入れた。

 十二時間分の料金を先に払い、個室のブースへ向かう。ある程度人はいるが、それなりに空室もある。

「そうだ、貴方ケータイは持ってるよね」

「さすがに持ってるさ」

「今後のためにも互いに連絡が取れるようにしておいたほうがいいから、連絡先教えてもらえる?」

「いいけど、どれ?電話番号?メアド?LINE?」

 どれがいいんだろう。私の場合、仕事の連絡はメール、報告は電話だし、仕事が仕事なので仕事仲間との連絡は人によってバラバラ。世間一般でどれを使うのが普通なのかは、よくわからない。

「一番よく使ってるのは?」

「LINE」

「じゃあLINEでいいわ」

 通路のわきでささっと「友達登録」をすませる。そこでLINEを開いて初めて気づいた。メッセージが来ている。普段の調子で開こうとしてから、目の前にソウがいることに思い至る。内容によってはあまり見せたくない。ひょっとしたら「裏」にどっぷりと浸った話かもしれないし。

 メッセージは開かずに、ケータイをポケットに戻す。部屋を探して通路を歩いていたら、ドリンクバーを発見した。これがあるなら紅茶を買う必要なかったな、と少し後悔。まあ、今更どうしようもないのできっとドリンクバーの紅茶よりおいしいはずだと自分を納得させる。

 そこまで手間取ることもなく、適当なところで、となりあって二部屋確保できる部屋を見つけた。

「ここにしましょ」

 ブースの扉を開け、重たい鞄を中に放り込む。

「一泊ならここで大丈夫だろうけど、さすがに二泊したら目立つし、監視カメラもあるから明日の朝にはここを出るわよ」

「りょーかい」

「あと、ここから逃げなきゃいけないときは電話するから、気づけるようにね」

「そうならないことを願うよ」

 連絡事項、というと事務的だが実際そうなので仕方がない。連絡事項だけ伝えて、自分の部屋に入る。

 幸い椅子があるタイプではなく、一段上がった床に座椅子のようなものが置いてあるタイプだったので、寝て起きたら体の節々が痛い、なんてことはなさそうだ。ゆかもクッションのようになっているのは高得点。

 特に目立った汚れもなかったので靴を脱いでから床に横になり、体を伸ばす。ひんやりすべすべした布地が心地よい。

 五分ほどごろごろしてから、さっき見れなかったメッセージを開く。

――ごめん、明日仕事はいったから無理だ。またこんど飲み行こーね――

 昨日の夜飲みに誘ってきた彼女だった。すっかり忘れていた。

 これじゃあまた今度はなさそうだなー、と他人事のように思う。

 不思議と未練はなかった。もともと好きでやってた仕事ではないし、不思議なことでもないのかもしれないが、それでも、こういう気の合う仕事仲間もいた。それがいまやお荷物の一般人が一人。彼女だって、事情に気づいた上が私を殺せと命令すれば、殺しに来るだろう。

 その時の彼女の心情なんてものは知る由もないが、殺しに来るのは確実だろう。彼女ならそうする。

 どう返信したものか迷い、考えている間に返信しなくてもいいんじゃないだろうか、と思い始めた。無難に変身するなら「了解。また今度ね」とでも打てばいいのだが、その今度がないとわかっていると、そう返信する気にはなれない。

 結局何も返信しなかった。既読無視は怪訝がられたり、心配されたりするかもしれないが気にしないことにした。どのみち、数日のうちにこのことは伝わるだろう。

 アプリを閉じて、上体を起こす。とっとと夕食を食べてしまおう。

 買ってからしばらくたったお惣菜は、すっかりぬるくなっていた。パンとから揚げはまだいいが、ぬるいポテトサラダというものはなかなかに重たく感じる。

 思いのほかから揚げの油が胃にきている気もしたので、チョイスを間違えたかな、と一人反省。それでも食べれるうちに食べておいた方がいいのは事実なので多少の胃の抵抗は無視してから揚げを食べきる。

 食べきるとそのまま、床に横になる。しばらくぼーっと天井を見上げていたが、天井のLEDが眩しかったので目を閉じた。

 そのまましばらく目を瞑っていたら、うとうとしていたのか、どこかで鳴ったガタンッという物音で反射的に目が開いた。目を開いたとたんに、開ききっていた瞳孔にLEDの光が刺さり、残っていた眠気を一掃する。

 ワンテンポおいて、寝返りを打つように横に転がってから、床の上で起き上がる。夕食を食べたからすぐうとうとしていたせいか、口の中に夕食の味が残っていてさわやかな目覚めとは程遠い。残っていた紅茶で口の中をゆすぎながら、腕時計を確認する。食べ終わってからは20分ほどしかたっていない。

 両脇のホルスターに収まった拳銃が食い込んでいたのか、腰の片側が少し痛んだので、拳銃を外してカバンに入れる。

 さっき口をゆすいだので紅茶がなくなったので、ドリンクバーに飲み物を取りに行く。皆自分のブースの中にいるのか、通路の人通りはあまりない。来るときに通りかかったドリンクバーには確か紅茶があったはず。

 すこし迷ったものの、そう時間もかからずに目当てのドリンクサーバーにたどり着く。

 コップに紅茶を注いでいると、後ろの方から足音がした。あと少しだったので紅茶をコップに次ぎ終わってから場所を空ける。

「これからどうするんだ」

 ウーロン茶を注ぎながら、ソウが尋ねる。

「明日以降ってこと?」

「そう」

 さてどうしよう。ここまでほとんど行き当たりばったりで来ているから計画らしい計画なんてない。けど、ノープランです、とありのままに言うのも癪だったので

「貴方も考えてよ。なんかいい案ないの」

 まあ、ノープランだといっていることには変わりないんだけど。

「ただの高校生にそんなこと言われても困る。わからないから君に頼ってるわけだし。むしろそういうのは君の得意分野じゃないのか?隠れ家とか秘密の抜け穴とかそういうのは」

 その手があったか。

「人を忍者と勘違いしないでよね。けどいいアイデアよ」

 紅茶を一口飲んで口の中を湿らせる。

「俺に比べりゃ十分忍者みたいなものだろ。で、いいアイデアって何が?」

 さっと視線を走らせて人がいないことを確認してから、耳元に顔を寄せて囁く。

「私は忍者でもないし秘密の抜け穴も知らないけど、隠れ家モドキなら心当たりがあ るわ。最近使ってなかったせいですっかり忘れてたけど」

「安全なのか、そこ」

「まあ、それなりには安全なはずよ。すくなくとも、ここよりは」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る