Round 1 (2/3)
***
血が足りないのか、心なしかふらふらする。
歩いて商店街へ向かう道すがら。
幸いまだ梅雨に入る前なので、少し暑いものの風が吹けば涼しいので汗はそこまでかかない。
言っていたATMコーナーを見つけるのには、そう時間はかからなかった。はんこ屋の横という何とも言えない位置にあるATMコーナーに人はいなかったので、そのまんま入る。
冷房など効いているわけもないので中は少し蒸し暑い。とっととすまして外に出よう。
幸い、一回の引き出しで通帳の残高は0になった。早く終わったのはうれしいが、それだけ残高が少ないという事なので純粋には喜べない。
昼食の冷食も頼まれていたのを思い出し、無視して帰るかきちんと買って帰るか少し逡巡したのち、買って帰ることにした。別に善意とかではなく、俺腹が減っていたから。
怪我人をパシリのように使うのには不満があるが、さすがに自分の分だけ買って帰るような真似は出来なかった。
冷食、とはいっても、商店街に入っているスーパーと呼んでいいのかも不安になるような食料品店だったので品ぞろえも五本の指で足りる程しかなく、セイの好みもわからないので無難に冷凍チャーハンを二つ。
店を出るときに後ろから聞こえる「アッザーシタ!」と、今も腹で存在感を示している銃創が、どちらも現実とは思えなかった。片方は幻ではないのかと思ってしまう。
悲しいことに、いくらガン見しても店員のおじさんは消えないし、腹の銃創も相変わらず痛いので、幻想を見るのはやめて帰ることにした。
店員のおじさんが気味悪そうにしだしたせいでもある。
正直、こうしている間もどこかからナイフを持った男が襲ってきたりはしないだろうかと身構えてしまっているのだが、そうは言いつつも外を歩けているのは正常性バイアスのたまものだろう。我ながら、今朝撃たれておいて神経が太いなと感心する。
そんなこんなでビクビクしながらもそこまで心配はせず歩いていたら、やっぱり無事にさっきの廃ビルの前までたどり着いた。割れたガラスに触れないようにして壊れたガラスのドアをくぐり、薄暗い廊下を行く。
さっき歩いた感じ少なくとも廊下は軋んだり音が鳴ったりはしなかったので、抜けることはないだろうと今度は普通に歩く。抜けたらセイとかいうあの少女に文句を言ってやろう。
ケガした体にムチ打ちながら、普段上らないような段数の階段を上り、「隠れ家」の部屋にたどり着くと、以外にも鍵は開いたままだった。
不用心だなと思ったが、やはり不思議と何かあったのかなとは思わなかった。
***
思いのほか早く、ソウが帰ってきた。
ちょうど調べていたものも一区切りついたところだったので、昼食にすることにした。
「お昼買ってきてくれた?」
「チャーハン二つ」
「ありがと」
ソウから二袋のチャーハンを受け取り、それぞれを大きめの皿に出す。一度に二皿は入らないので、一皿づつレンチンする。
「ところで、ここの電気ってどっから来てるんだ?」
先ほどからきょろきょろしていると思っていたソウがぽつりと言った。
「さすがに外からは通ってないわよ。別の部屋に発電機をおいてるの」
一応この部屋以外にも使っている部屋があるので、そこにも繋ぐためだ。
そもそも電気が通っていないこのビルでは選択の余地はないのだが、そうでなかったとしてもたまに使う程度の場所なら自分で電気を賄うのも悪くない。発電機を買うだけの金があれば、だが。
メーターがないだとか、停電しないだとかいうのもあるけれど、契約いらずなので足跡が残らないというのが一番大きい。
今時だと家庭用の高効率太陽光発電という選択肢もあるけれど、かさばるし、目立つし、なにより高いしでさすがに手が届かなかった。
そんなことを考えつつ、手持無沙汰で鍋つかみを指でくるくる回していたら、チン、ともはや懐かしくなるような音を立てて電子レンジが止まった。
「はい。先食べといて」
出来上がった一皿目をソウに渡し、二皿目をレンジに入れ、同じ時間をセットする。
さすがにまたレンジの前で突っ立って待つ気にはならなかったので、そのまんま居間のような部屋に戻り、壁を背もたれにして腰を下ろす。
「あ、そうそう。スプーンは使う前に洗ったほうがいいわよ。前に使ったの何か月前かわからないし、埃とか積もってると思うから」
「先に言ってくれよ。そのまんま使うとこだった」
「まだ使ってなかったなら結果オーライよ」
これからは箸立てではなく引き出しにしまうべきだろうか、と考えてから、そんなことを考えてもしょうがないと思いなおす。どうせ、ここに戻ってくることはない。
落ち着いていろいろと考えていると、これで今までの生活ともさようならか、という感傷と当時に、そこはかとない不安と焦燥のようなものも、やってくる。
ここで、腰の拳銃を抜いて引き金を引けば、いつもの日常はまだ戻ってくる。ろくでもない仕事をして食つなぐ、好きにはなれないけれどなんだかんだどっぷりとはまっていた生き方。
けど、不安だとか焦燥感だとかがあるからといって、ここで拳銃を抜くかというと、そういう気にはならなかった。
やってしまっただとか、なんとかしなければだとか。そんなひっ迫した、追い立てるような焦りではない。
決して気楽ではないし焦りもあるのだが、後悔しているかと聞かれるとそれほどでもない、といく不思議な感覚。
このままいけば、うまくいっても、仕事は失う。下手をこいたら、あの世行き。別に死にたくてこうしているわけじゃあないし、この仕事が心底嫌ならとっくのとうにやめている。
私は何がしたいんだろうか。
この状況は私がした選択の結果だけれども、幸か不幸かこの先も私の人生は少なくともいくらかはある。
そして、今の私には、特段これといった目標はない。
これが物語だとかゲームならとにかく逃げてさえいれば何か目指すものが出てくるんだろう。組織への反攻だとか、隠された真実だとか。もしかしたら、まったく違ったストーリーへのプロローグなのかもしれない。
けど、生憎ここは現実で、私は別に上に一泡吹かせたいわけでもなく、探りたい謎があるわけでもなく、突然劇的な何かが起きたりしないことは18年生きてきていやというほどわかっている。
今まで目的もなく生きていくだけの日々から、目的もなく命をかけた逃避行。
状況は良くなったのか、悪化したのか。
「チーン」
唐突な電子レンジの音で我に返った。
ため息をついてから腰を上げ、電子レンジにチャーハンを取りに行く。
皿が小さかったせいで、素手で持ったら熱かったが、鍋つかみをつけるのが面倒だったのでそのまま我慢して早足でちゃぶ台まで運ぶ。
時間が足りなかったのか中のほうが少し冷たかったけれど、どうも加熱しなおす気が起きなかったので、結局そのまま食べ切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます