#7 おいでませ地獄に集えるあいつもこいつも魑魅魍魎

7-1

 星が瞬き始めたエンデラの夜空にローター音を轟かせながら、大型ヘリが突っ切っていく。主操縦席にはトビーが、隣の助手席にはソリオが、そして後部座席にはアイリンがそれぞれ着席する機内の空気は、控えめに言っても剣呑だ。

 だがそんな重苦しさなどまるで気にしない素振りで、ソリオは相変わらずの軽口を叩き続けている。

「それでトビー、あんたはシャトル発着場になんの用があるんだい?」

 トビーがただアイリンに便宜を図るためだけにヘリを出すはずがない。あからさまに言外の意思が込められたソリオの問いに、操縦桿を握るトビーは前を向いたまま、切れ長の目の端で一瞬ソリオの顔を見やるだけであった。

「余計な口をきくな。夜中にヘリを飛ばすのは神経使うんだよ」

 トビーの言うことはもっともであったが、だからといって口をつぐむソリオではない。

「いいじゃないか。廃鉱だっけ? そこまでまだしばらくかかるって話だし、少しはお喋りにつき合ってくれても」

 大型ヘリとはいえひとつひとつの座席は小さい。ソリオは目の前に設けられた非常用の操縦桿に触れぬよう、長い脚を器用に組んでみせた。

「それにほら、こいつも気になるしさ」

 そう言って彼が顔を向けた先には、操縦席と助手席の間の狭いスペースに置かれた、ショルダーバッグがある。中に入っているのは言わずもがな、衛星砲の照準装置ポインターだ。しばらくバッグを眺めていたソリオが、何気なく手を伸ばした途端、「おい」という殺気に満ちた声が放たれる。

「そいつに勝手に触れてみろ。問答無用でここから叩き落とす」

 一分も冗談が感じられないその台詞に、ソリオは取り繕った笑みを浮かべて手を引っ込める。するとそれまで黙りこくっていたアイリンも関心を抱いたのか、今度は彼女がショルダーバッグの中身について尋ねた。

照準装置ポインターなど積み込んで、何に使うつもりだ」

 トビーは面倒臭げに舌打ちしながら、アイリンの質問に答える。

「龍を仕留めるための、仕事道具だ」

「龍?」

「アイリンは知らないのかい? このエンデラには地下を潜る、馬鹿でかい龍がいるんだよ。そしてトビーはその龍を退治しようっていう、龍追い人ドラゴン・チェイサーなのさ」

 ソリオが後ろを振り返って得意気に語っていると、その側頭部にトビーの拳骨が勢いよく叩き込まれた。

「その名で呼ぶな。ぶちのめすぞ」

 殴った後にその台詞はいかにも理不尽だったが、トビーの声音は有無を言わせない。痛みのあまり頭を抱えるソリオをよそに、アイリンが感情のこもらない口調で言う。

「衛星砲で龍を倒す、か。また随分と夢のない手段だな」

「てめえには関係ねえ」

 突き放すようなトビーに抗議したのは、涙目で頭をさすっていたソリオであった。

「そりゃないんじゃないか。着いた途端に龍とご対面かもしれないんだから、関係ないは無理がある」

 その言葉についに振り返ったトビーが、ソリオの横顔を睨みつける。だがソリオはわざとらしく怯えてみせながらも、その口を閉じようとはしない。

「そんな恐い顔しても駄目だって。ほら、ちゃんと前向かないと危ないぞ」

「てめえ」

「おおかた、今日明日にも廃鉱に龍が現れるんだろう? あんたは元々今夜、ヘリを飛ばす予定だった。アイリンを乗せたのは、ついでに恩を売れればいい程度のおまけだ」

 ソリオの指摘は、どうやら正解であった。その証拠にトビーは歯軋りしながらも即答しようとしない。

 そしてアイリンは、そんな彼の無言を見過ごさなかった。

「廃鉱――シャトル発着場に、その龍とやらが出現するのか。なぜそんなことがわかる?」

 軋らせた歯の隙間から、トビーが大きくため息を漏らす。

 束の間、ばたばたというローター音だけが機内に響き渡っていたが、やがてトビーは大きく息を吐き出しながら語り始めた。

「ここのところの動きを分析する限り、龍は火山連峰を目指している。その途中にある廃鉱で、あいつが顔を出す可能性が高い」

 トビーの言葉に、アイリンが鋭く詰問する。

「それはいつだ」

「俺の計算通りなら、遅くとも一両日中だ」

「俺たちは龍が待ち受ける廃鉱に飛び込もうとしてるってわけか」

 ソリオの大袈裟な嘆きにも、トビーは声を返さない。むしろ唇の端を歪めて、彼が声をかけたのはアイリンに対してであった。

「龍が出なけりゃわざわざヘリを出すつもりはなかったからな。てめえには感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはないぜ」

「もちろん感謝するとも」

 後部座席から発せられるアイリンの声は、平板な口調で言った。

「お陰でマテルディ・ルバイクに追いつけるなら、龍でもなんでも礼を言おう」

 動じるどころか馬鹿正直に応じるアイリンに、トビーがふんと鼻を鳴らす。そしてソリオは肩をすくめざるをえない。

 このふたりは己の目的が果たせるなら、それ以外のことには平気で目をつぶれるのだ。

 トビーの龍に対する執念も、マテルディの逮捕に手段を選ばないアイリンも、ソリオには理解の埒外であった。もっともソリオが意図するところも、このふたりには理解出来ないのだろうが。

「しかしあんな馬鹿でかい化け物、この星にはいったい何匹いるんだよ」

 そんなことを彼が口走ったのは、やや投げやりな気分が頭をもたげたからに過ぎない。だからトビーから返事があったのは、ソリオには少々意外であった。

「この星に、龍はあの一匹しかいねえ」

 第一次開拓団の入植以来、惑星エンデラに棲息する巨大生物『龍』が同時に複数目撃された事例はないという。

 入植以前の調査の段階では多くの龍が目撃されたが、開拓時の気候改造によってそのほとんどは死に絶えたとみられている。一方で当時の記録によれば、全長はどれほど大きくともせいぜいが三十メートル足らず。今現在のエンデラを騒がしている龍はそれらをはるかに上回り、最長記録の三倍以上に及ぼうという長大ぶりだ。

 過酷な気候変動を乗り越えた、おそらくは最後の生き残りだけあって、その生命力も並外れているということなのだろう。ヒトが暮らすに適した環境に改造された現在のエンデラが、龍にとって相応しいものなのかは不明だ。もしかすると龍が現在の環境下で生き延びるためには、巨大化する必要があったのかもしれない。

 それらの推測はいずれも、トビー自身の経験を元に導き出されたものだ。だが彼に異を唱える者はいなかった。

 なぜならトビーはこの星で随一の、そしてただひとりの龍の専門家なのだから。

「なんでこの星の連中は、あの化け物をあんたに任せっきりなんだよ」

 ソリオが当然に抱いた疑問に、トビーの答えは素っ気ない。

「龍にかまけてる余裕なんてねえって奴ばかりだからな」

「よその星なら、あいつは一級災害扱いだぜ。もう少しなんとかしようって気があっても……」

「そんな奴がいたら、まず俺が叩きのめしてる」

 それが一番の理由じゃないかとソリオは口ではなく目で訴えてみたが、操縦桿を握ったまま前方に集中するトビーは気づかない。

「お喋りは終わりだ」

 そう言ってトビーは心持ち操縦桿を前に倒した。その動きにつられて、ヘリも緩やかに高度を下げる。

「あれが目的地の廃鉱だ。お楽しみがお待ちかねだぜ」

 トビーが顎で指し示した先に、ソリオもアイリンも目を向ける。暗闇ばかりが広がる視界の奥に浮かび上がったのは、工業用の照明と覚しき、うっすらと灯る明かりであった。

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