2-3

「『龍追い人ドラゴン・チェイサー』?」

 ソリオが訝しげに店名を読み上げると、トビーは店の扉の前で足を止め、半身を振り返った。 

「エンデラの入植者たちをそう呼ぶのさ。『ドラゴン・チェイサー』ってな」

「龍の棲む星エンデラを目指す輩ってことか。なるほどね」

 したり顔で頷くソリオの顔を見て、トビーの口からくっと声が漏れる。どうやら笑いを堪えきれなかったらしい。

「なんだよ、なんかおかしいこと言ったかい?」

 眉をひそめるソリオに、トビーは半笑いのまま告げた。

「エリート上りは知らねえか。『ドラゴン・チェイサー』ってのは、違法薬物ドラッグを追い回すイカれた中毒者ジャンキーから転じて、身の程知らずの夢想家を指す俗語スラングだ」

 そのまま背中を向けて、トビーが扉を押し開ける。ドアベルの音と共に中に入る彼の姿を、ソリオが若干口を曲げながら追う。

 店構えから受けた印象に相違せず、店内はそれほど広くない。入って右手には無人のカウンターが、左手には四つのボックス席があつらえられて、それぞれにひとりずつ客が着席している。内装はマホガニー調の装いに似せたと言えば聞こえが良いが、やや抑えめの照明と相まって、いささか胡散臭さが漂う。

 だがこの店の胡散臭さを強調しているのは、もっと別のものであった。中に足を踏み入れた途端にソリオが思わず眉をひそめたのは、店内の空気の半分以上を薄い白煙が占めていたからである。充満する煙が醸す匂いに、ソリオは心当たりがあった。

「この微かに甘い香り、ベープの煙か」

「ここはベープ専用のリキッドを各種取りそろえたベープ専門店だ」

「ベープ・バーって奴だな。でもなんだってここに?」

「タヴァネズは保安官に事務所すら用意しようとしないから、ここが俺のオフィス代わりなんだよ」

 そう言ってトビーはカウンター席のひとつに腰を下ろした。カウンターテーブルに両肘を突いて中を見るが、店員は現れない。するとトビーは店の裏に向かって、「デミル!」と声を張り上げた。

「うるさいなあ、そんなに怒鳴らなくても聞こえてるよ」

 ぼやきながら姿を見せたのは、くすんだ金髪を頭の後ろでアップにまとめた、細身の女性であった。ソリオの見たところ、年齢は彼よりも四、五歳年上といったところか。

「トビー、あんたねえ。通信端末オフにする癖を……って、あら、見ない顔だね」

 デミルと呼ばれた女性は、胡乱げな目つきをソリオの顔に向けた。客商売とは思えない無愛想な表情だが、顔立ちは悪くない。彼の守備範囲内に十分収まっている。

「初めまして、デミル。俺はソリオ・プランデッキ。今日からトビーとコンビを組むことになったんだ。よろしくお見知りおきを」

 白い歯を覗かせながら極上の笑顔を浮かべたソリオに、デミルはといえば唖然とするばかりであった。それほどソリオの口上に衝撃を受けたのか、先ほどまでいかにも重たげだった瞼が持ち上がって、文字通り目を丸くしている。瞳の色はライトブラウンか――とソリオが観察していた矢先、突然彼女の右の瞳が眩い光を放った。

「うあっ?」

 驚いて飛び退いてしまったソリオに、デミルが「ちょっと、びっくりさせないでよ。最近調子悪いんだから」と言って背を向ける。そして顔に手を当てて何やらいじっているかと思うと、陰から見えたその手に転がっているのは、どう見ても目玉であった。

「まったく、メンテしたばっかりだってのに。本当にこの星はろくなもんが手に入らないったら」

 しばらくソリオに背中を見せたまま愚痴を零していたデミルは、今一度右目に手を当てて何度か押し込むような素振りを見せてから、ようやく振り返った。

「それで、なんだって? あんたがトビーとコンビを組む?」

 デミルに指差されて、ソリオは引き攣った笑いを張りつかせたまま、無言で首を縦に振る。するとデミルはソリオに突きつけていた指先を、今度はカウンター席のトビーに向けた。

「あの男がどんな奴だかわかってんの? がさつだし傍若無人だし、そのくせ無駄に行動力あるし。コンビ組むには最低の相手だよ」

「よくもまあ人のことを、そこまでこき下ろしてくれるな」

 むすりとしたまま口を挟んできたトビーに、デミルは白々とした視線を寄越す。

「こき下ろしたりなんかしてないよ。ありのままを伝えただけ」

「俺だってコンビなんか組みたかねえよ。本部長の仰せなんだ、仕方ねえだろう」

「あら、あのアフロ頭の言うことは聞くわけだ。腐っても宮仕えってわけね」

 あくまで絡み口調をやめようとしないデミルに、トビーは苛立たしげに顔をしかめた。

「保安官はただのバイトだって言ってるだろう。それより、さっき何か言いかけてなかったか」

「あっ、そうそう、それ!」

 思い出したように見開かれたデミルの右目が、再び微かに光った。その光景を目にして思わず上体を反らすソリオをよそに、デミルはトビーに向かって食ってかかる。

「あんた、また通信端末切ってたでしょう! お陰でトビーはどこだって問い合わせがこっちに来るの、いい加減にしてちょうだい」

「そんなもん、どうせたいしたことねえんだから、放っとけ」

「そんなこと言っていいの? 『ロイヤルサロン』からなんだけど」

 デミルが口にした言葉に、トビーの眉がぴくりと反応した。

「ゲンプシーの店じゃねえか。それを先に言え」

「だからあんたが連絡取れるようにしとけば、何も問題ないんだよ!」

 カウンターテーブルにデミルの拳が叩きつけられる。だがトビーは彼女の怒りなどまるで眼中にないとばかりに、面倒臭げに席から立ち上がった。

「なんでも男が暴れ回って、手がつけられないらしいよ。殺すなっていうならさっさと保安官を寄越せってさ」

 トビーの背中を横目で眺めながら、デミルがそう告げる。彼女の言葉に頷く代わりに大きく舌打ちしてから、トビーは店の扉を押し開けようとしたところで、思い出したように振り返った。鋭い視線の先には、所在無さげに突っ立ったソリオがいる。

「おい、何をぼけっとしてる。お前も来るんだよ」

 するとソリオは何度か目をしばたたかせてから、取り繕うように愛想笑いを浮かべた。

「いやあ、暴力沙汰ってなると、俺なんか足手まといかなあって――」

「ぐだぐだ言ってねえで、さっさと来い」

 どすの利いた声で凄まれて、ソリオはそれ以上反論することも出来ず、おとなしくトビーの後をついていくほかないのであった。

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