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「君はカティっていうのか。いい名前だね!」

 先ほどまで受付嬢が腰掛けていた席に、ソリオが長身を収めている。目の前に浮かぶホログラム・スクリーンを覗き込み、画面の端に映し出されているログインIDの名義を読み上げて、彼はカウンターの外に笑いかけた。ソリオに言われるまま、入れ替わるように外に出た当の受付嬢は、彼の笑顔に対して困惑した顔を返す。

「あの、本当にいいんでしょうか。こんなことして」

 先ほどまでパニックで泣き叫んでいた受付嬢も多少冷静になったのか、それでも赤く腫らした目元のまま何度も同じことを確認する。だがその度にソリオは、右手をひらひらと振って返した。

「俺の権限なら、ここの管制システムをいじれるんだってさ。おっかないおじさんがやれっていうから、やってみるよ」

 そう言ってソリオは、ホログラム・スクリーンに押しつけるように掌を合わせた。すると間もなくして画面が緑色に変わる。システムへのアクセスが許可されたのだ。

「ああ、アクセス出来ちゃったよ。じゃあやるしかないか」

 ソリオは芝居がかった仕草で肩をすくめてから、おもむろに卓上のコンソールに指を走らせた。

「まさか管制システムの仕組みを教わったことが、こんなところで役立つなんてね……」

 辺境の星に到着早々、こんな厄介ごとに関わる羽目になるというのはいかにも不運だが致し方ない。未だ窓ガラスの向こうにごつごつとした恐ろしげな肌を押しつけている、あの龍とやらを追い払わないことには、彼自身がこの塔から解放されないのだ。

 塔の周りを旋回するジェットヘリを操縦しているという、トビーとかいう厳つい声の男の指示を思い出して、ソリオはシステムをひとつひとつ確認していく。防護塔を覆う高圧電流網を管轄しているのは、警備系統のはずだ。

「それにしても随分古臭いシステムだなあ」

 スクリーン上に展開される情報をチェックしながら、ソリオが思わず愚痴を零す。

「こんな雑な仕組み、今どきなかなかお目にかかれねえぞ」

「ああ、それは」

 彼のぼやきを耳にした受付嬢が、思わずというように口を挟んだ。

「この塔が建てられたのって、私が生まれる前のことですから。多分、中身もその頃から変わってないんじゃないですか」

「いやいや、だってその間にどんだけシステムが進化してると思ってるの」

「それはまあ、未だに独立も出来ない植民惑星ですし。少なくとも私がここで働き出す数年前から、そのままだって聞いてますよ」

 若草色の瞳に不安な色を浮かべながら、ソリオは受付嬢の姿を改めて見つめ直した。

 肌の張りや髪の毛の艶を見れば、彼は女性のおおよその年齢を推し量れる自信がある。彼女はおそらく二十台の半ばは超えていないはずだ。女性としてはまさにソリオの興味のど真ん中だが、彼女がこの世に生を受けて以来システムの更新が滞っていたのだとしたら、そいつはあまり喜ばしいことではない。

「だからってこんなとこまで大雑把なのはどうなんだよ」

 トビーの提案を実行に移すにはシステムを警備系統から手を回して、高圧電流網のリミッターを弛めれば良い。それもなるべく大幅に、かつ急激に解除すれば電流量が瞬間的に跳ね上がって、あの龍の頭を弾き飛ばすぐらいは出来るはずだ。

 しかし今確かめたところによると、この塔のシステムはリミッターの調節幅の目が粗すぎる。

 つまりリミッターをどこまで解除するか、限界ぎりぎりに即した電流量の調節が難しい。

「どうしたもんかね」

 赤毛頭を掻き上げながら、ソリオは天井を仰ぎ見た。そこには発着場ロビー用の大サイズのホロヴィジョン映像が宙に浮かんで、龍にがっしりと巻きつかれたこの軌道エレベーター塔の様子を延々と流し続けている。頭部の傍に待機して見えるジェットヘリには、例のトビーとやらが乗り込んでいるのかもしれない。

「あの頭の位置からすると……」

 ソリオは席から立ち上がり、周囲のロビーの様子をぐるりと眺め回した。そしてホロヴィジョンとロビーを何度も見比べてから、不意に受付嬢に顔を向ける。

「カティ、ひとつお願いがあるんだ」

「お願いって……なんですか?」

 既に彼に言われるがまま、受付カウンターから端末まで明け渡している。この上に何を要求されるのか。受付嬢が細身の身体を縮こまらせると、ソリオは努めて爽やかな笑顔を浮かべた。

「そんな怖がんないで。難しいことじゃないよ」

 長身を屈めて、心持ち上目遣いのとっておきの懇願の表情と共に、ソリオは心底からといった口調で頼み込む。

「あの龍を追っ払うのに、ちょっと荒療治が必要そうでね。このロビーのお客さんたちには下層に避難するよう案内してくれないかな」

「お客様たちを避難って、いったい何をするつもりなんですか」

 不安げに訊き返す受付嬢に、ソリオは何気ない風を装って片目をつむってみせた。

「なに、派手にお出迎えしてくれたあの龍に、相応のお返しをするだけさ」

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