第3話 私のお通夜2

 お通夜が終わり、控室に家族が集まっていた。


「麻里はまだ十七歳なのに……私が死ねばよかったのよ……ひどすぎる」

 お母さんが泣いていた。そんなこと言わないで。お母さんが死んだらみんな哀しむよ。けれどそんなことを言わせてしまったのは私だ、心が痛い。

 お姉ちゃんはまだ我慢している。目を見開いて口元が小さく震えている。このまま我慢と感情がふくれ上がって風船みたいに割れてしまわないか不安になった。


かえではどうして泣かないの? 妹が、麻里が死んで哀しくないの?」

 ぎょっとした、お母さんがお姉ちゃんに詰め寄る。

 お母さん、違うよ。お姉ちゃんは我慢しているんだよ。親は自分より先に子どもが死ぬのが一番辛いって聞いたから、せめて自分は耐えようと思っているんだよ。お姉ちゃんは変に責任感があるんだよ。どうして解らないの? もどかしかった。悔しかった。全部私のせいだ。


 お姉ちゃん、私のせいで……ごめんなさい。バイト代でよくお菓子を買ってくれたよね。お父さんとお母さんが家にいない時、お姉ちゃんと二人でいたから怖くなかったよ。お姉ちゃんは新しい音楽を探すのが得意だったね。いつもかっこいい曲を教えてくれたね。喧嘩もしたけれど愉しいお喋りもしたね。もうそれも出来ないんだ……。涙で視界がぼやけてきた。


 お姉ちゃんが嗚咽おえつをもらした。鼻水と涙がたくさん出て、そのうち声を出して泣いた。子どもみたいに泣いていた。

「やっと泣けたんだよ」

 お父さんが言った。声が震えている。

「あ……私……なんてひどいことを……」

 お母さんは泣きながら、何度もお姉ちゃんに謝っていた。お姉ちゃんはずっと声をあげて泣いていた。



 こんなことになるなんて……。私はひどく動揺していた。

 おじいちゃんの時は「大往生だいおうじょうだ」とか「幸せだ」とか言っていたのに。

 辛い……。私の大事な人たち、私を大事に思ってくれた人たちが哀しい気持ちになっているのがこんなにも辛いだなんて。

 いたたまれなくなり、私は控室を出た。

 外の空気が吸いたくて駐車場に行った。お通夜に参加した人が何人か残っていた。


「自殺だって?」

「いじめ?」

「しかし同じ学校の子が泣いていたじゃないか」

「遺族の姉だっけ? 泣いていない子がいたじゃない、家族間の問題じゃないのかしら」


 ひどい……。お姉ちゃんのこと何も知らないのにそんな風に言うなんて。それに私、自殺で死んだ事になっているの? こんな風に噂ばかりが飛び交うの? 

 違う、全部違うのに。言いたいことはたくさんあるのに生きている人にはもう何も言えない。これが絶望ってやつなの?

 私は泣いた。体の中にこんなに水分があるのかというほど涙が出てくる。


 元に戻して! もうやだ、戻りたい……。目をつぶって泣いたので目の前がまっくらだ。もう何も考えたくない。私は意識が暗闇に混じるように眠りたいと思った。

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