第6話 準備

(一)


「はぁ~、やっぱり難しいかな」

 東京都大田区大森にある自宅マンションのリビングで、ソファーに腰かけてカレンダーを眺めていた原澤がため息をついていた。上陸日とされた一月十五日と言えば、年末年始の長期休暇の間に止まっていた開発プロジェクトの状況や課題の再確認、メンバーの気の緩みやモチベーションのコントロールなど管理作業が盛り沢山の時期だ。勿論、得意先への年始の挨拶回りもあり、いつもスケジュールがひっ迫していて簡単に休暇が取れるような時期ではない。


「軍艦島に上陸したその日に帰京できるかな? それなら休暇は一日だから何とかなるかも知れないけど」

 淡い期待が頭を過ったが、軍艦島から長崎空港まで二~三時間は掛かることを考えると、全ての行動は大急ぎになる。その日のうちの帰京を考えるのはちょっと無理があった。

「そんなこと言ったら美和さんが石和にインタビューをする時間も限られてしまうし、ゆっくり島内を巡ることも出来ないから文木さん達も面白くないよな。離れ小島に行くのだから、自分だけ『お先に』って訳にも行かないし・・・・・・こりゃ頭が痛いな」

 いくら考えても妙案が浮かばない。

「そもそも、文木さんと早良君のことだから、許されるぎりぎりまで島に居ることを望むだろうし、最初から翌日の火曜日も休暇を取ったスケジュールを考えるだろう。無理としか言いようがないな。はぁ~」

 結論が見えた気がした。


「どうしたの? 浮かない顔で、ため息なんかついちゃって」

 目の前を通りがかった妻が、立ち止まって話しかけてきた。

「ん? この前話した件でね」

「文木さん達と軍艦島に行くって話?」

「そう、それ」

「お休み取れそうにないの?」

「うん、ちょっと厳しいかな。まだ先の事だけど、年明けという時期的にね」

「そう、残念ね。文木さんや早良さんも残念がるわね。それから・・・・・・軍艦島生まれの方も」

「石和ね」

「そうそう、石和さんも」

 廃墟マニアの仲間である文木や早良と比べると、石和はまだ日が浅い分、妻の認知度は低いようだ。会社の同僚としては、もう三十年の知り合いではあったが、原澤が家で話すことは会社の事よりも廃墟のことが圧倒的に多いということなのだろう。


「お仕事だったら仕方がないわね。またいつか機会がありますよ。その時は、私も連れて行って欲しいわ。軍艦島だったら私も見てみたし」

 原澤の趣味に理解のある妻は、原澤の気持ちをおもんばかって慰めの言葉をかけた。

「でもさ、今回は島の内部にも足を踏み入れることが出来るまたとないチャンスなんだよ。こんなチャンス、また巡って来ることはないと思うんだよね」

 口に出せば出すほど、そして思えば思うほど、取り逃がしてしまうチャンスの大きさが重く心に圧し掛かった。

「いっそのこと、仕事で軍艦島に良ければいいのにね」

 妻が突拍子もないことを口走った。

「仕事で?」

「ええ」

「そんな無茶な。軍艦島に行く仕事なんてある訳が無いよ。無理、無理」

「じゃ~、いつか一緒に観光で。仕方がないじゃない」

「だよな~」

 そう言ってはみたものの、簡単には諦めがつかない。何か妙案はないものかと思いを巡らすのであった。


(二)


 居酒屋で美和から電話が来て三日後、集合場所と時間、宿泊や移動にかかる費用が文木宛に郵便で届いた。指定のホテルがある訳でもなく、航空チケットが入っている訳でもなく、現金封筒に二人分としては十分な現金と手紙が入ったものだった。


 集合日時 一月十五日(月) 午前十時

 集合場所 長崎港ターミナル

 軍艦島の滞在時間は、午前十一時~午後四時まで

 当方で軽食を準備してお渡しします。※ゴミは持ち帰りです。念のため。

 石和さんはインタビューがありますので、私と一緒に行動していただきますが、他の  皆さんは原則自由です。但し、危険な場所もありますので単独行動は慎んでください。


 いつ、どんな手段で移動するのか、どこに泊まるのか、そちらで適当に考えてくださいということのようだ。

「俺たちは別としても石和さんは頼まれて行くのに、なんだか冷たい待遇だなぁ~。まぁ、その方が思いのままに計画が組めるからいいんだけどね」

 ちょっと困惑しながらも、文木は前向きに考えていた。

「費用も現金だから、石和さん以外のメンバーで割るには好都合だ」

 美和からの依頼が自分に届いているからと言って、送られてきた費用が自分のものとは考えていないようだ。早良をからかって、石和以外の一人分の費用は当然自分のものというふりをしたが、大人としてちゃんと気配りをしていることも、仲間と良い関係を保っている所以でもある。


「午前十時集合だから当日の移動は無理だな。前泊することになるけど、日曜日だからみんなも問題はないだろう。昼頃に長崎に着いて少し街を見て回りホテルにチェックイン、翌日はたっぷり軍艦島を楽しんでホテルに二泊目、次の日は本格的に長崎観光、そして夕方に帰京って感じかな」

 考えただけでもワクワクしてくる。


「長崎観光って何処に行こう。長崎は世界遺産が沢山あるからオーソドックスに世界遺産巡りでもいいけど、廃墟巡りでもいいよな。有名な池島や針尾無線塔なんかにも行ってみたいし」


 池島は島全体に廃墟が広がり『第二の軍艦島』と言われる人気スポットだ。一部に立入制限区域はあるものの、現在でも居住者がいるので軍艦島と比べるとかなり自由に廃墟を見て回れるという魅力がある。軍艦島と同様に炭鉱で栄えた島だが、平成十三年に閉山している。坑内体験ツアーに参加すればトロッコで炭鉱内に入ることができることも人気の理由となっている。


 針尾無線塔は大正十一年に完成した電波塔で、平成九年まで使用されていた。高さ約百三六メートル、直径十二メートルのコンクリート造りの塔が三本、三百メートル間隔を空けて正三角形に並んで建っている。現在は重要文化財に指定されているが、塔内部を見学することが出来ることもあって、こちらも人気のスポットだ。


「なんだ、他にも沢山あるな。こりゃ、厳選して考えないと」

 文木はスマートフォンを手に『長崎県 廃墟』でネット検索を始めていたのだが、ふと、我に返って思った。

「おっと、長崎の廃墟に心躍らせている場合じゃない。目的の軍艦島でどこを見て回るのかを検討しないと。時間も限られているからとにかく効率よく。よし、まずはそっちの計画からだ」


 ネットで見つけた軍艦島の見取り図をプリンターに出力し、テーブルの上に置いた。

「まずは確認ポイントのチェックだ」

 ピンクのマーカーペンを片手に、見取り図を睨んだ。

「二十年前の冒険旅行で行ったところは対比のための写真を撮りに行かないとな。え~っと、プールだろ、三十号棟だろ、ドルフィン桟橋だろ、映画館にお寺、この道を通って地獄段、端島神社、それから六十五号棟の児童公園に小中学校、体育館、そうか石炭の貯炭場の方にも行かなきゃな」

 どんどんマークが付いていく。

「そうだ、石和さんから色んなエピソードを聞いた場所にも行かないとな。え~っと、石和さんが最初に住んでいたっていう三十一号棟、ここは一階の郵便局や理容美容院、地下の共同浴場も見ておきたいし、隣の建物の火災で焼け出された六階の石和さんの部屋を見たいな。それから十六号棟~十八号棟の屋上庭園、六十五号棟の屋上にあった幼稚園、六十号棟と六十一号棟の間にある地下の共同浴場、八号棟にも共同浴場があるっていってたな。こっちの山道の方も通ってみたい・・・・・」

 見取り図がピンクのマークで埋まってしまった。

「こりゃ、見どころ満載だ」

 苦笑いして頭をかいた。


「楽しそうですね」

 ピンクに染まった見取り図とにらめっこをしている文木を見て妻が話しかけてきた。

「軍艦島の確認したいポイントをマークしたら、こんなことになっちゃったよ」

「長年恋い焦がれた軍艦島ですもんね。石和さんから色々と話を聞いて、見たい場所も増えたんじゃないですか?」

 文木の妻は石和の名前を憶えているようだ。石和が身近に表れてからというものの、文木の軍艦島に対する思いは以前にも増して膨れ上がり、家庭での会話で何度も名前を出していたからだ。

「そうなんだよ、よくわかるな」

「長い付き合いですからね。ふふふ」

 なんだかいつもより機嫌が良い。

(そうか、俺の軍艦島旅行と引き換えに、誕生日のプレゼントを奮発することを約束したんだった・・・・・・こりゃ、中途半端なものじゃ納得しないな・・・・・・)

「時間も限られているから効率よく行動しないとね。計画表を作成したら、原澤さんや早良君と検討会だ」

「飲み会ね」

「う、うん。飲み会」

「いいですよ。あなた一人で入れ込まないように、みんなが楽しめればいいですね」

(今日は本当に機嫌がいいな。よし、チャンスは今だ)

 文木は意を決して、妻に相談を持ち掛けた。

「あのさ、新しいカメラが欲しいんだけど買ってもいいかな?」

「えっ、ちょっと浮かれ過ぎなんじゃない?」



(三)



「原澤さん、休暇は取れるのだろうか? 出来ればみんなで行きたいよな。それから文木さんは新しいカメラが買えるかな? 奥さんの説得に難儀しそうだって言っていたけど」

 ベッドに横たわった早良が、天井を見つめながら考えていた。

 休暇の心配もなく、お金も自由に使える独身の早良は、他の人を心配する余裕すらあった。

「とにかく思う存分楽しまないと。どこをどう見て回るかの行動プランは、基本的には文木さんに任せるとして、僕的には問題は二つだ」

 長い間思い続け、やっと実現する軍艦島への上陸だから最高の思い出にしたい。早良は自分の問題について思案し始めた。


「一つは、ノスタルジーにどっぷりの二人は置いておいたとして、石和さんに軍艦島で『未来』を感じてもらうことだ」

 早良の『未来』感覚にみんな理解は示しているものの完全に同調しているとは言い難く、特に石和はピンと来ていない印象がある。軍艦島の過去を実体験している石和に、『未来』を見る感覚を共感してもらうことは難しいのかも知れないが、そこを何とかクリアしたいと思っている。

「でも、どうやって」

 創造力にはあまり自信がないが、何とかこちらを振り向かせたい。

「出発までにはまだ時間があるけど、こりゃ、難問だ」


「二つ目は、門野さんのことだよな~。どうしよう、誘ってみるかな・・・・・・」

 集会に一度だけ参加して、来なくなってしまった声優の門野和美を、この軍艦島の旅行に誘うかどうか、早良は悩んでいた。彼女も軍艦島に興味があるからと集会に参加した訳だから、旅行に誘うことは何もおかしなことではないし、文木達もいるので参加するのは気楽なはずだとは思っているのだが、なかなか行動に結びつかない。

「そうだ、文木さんが誘わないかな? いやいや、今、そんな余裕はないか」

 人任せの甘い期待が頭を過ったが、すぐに消し飛んでしまった。

「この前、文木さんに世話を焼こうかと言われて断ったんだから、今更お願いするのは恥ずかしいし、やっぱり自分で行動をおこさないとな。でも、断られでもしたら、最悪の旅行になっちゃうよな」

 少し男らしい思いが出たと思いきや、残念ながら直ぐに頭を引っ込めてしまった。

「傷心旅行になるのも嫌だし、声を掛けるのは旅行の後にするかな。旅行の思い出話をする集会に呼ぶとか。いや待てよ、もし『誘ってくれれば良かったのに』なんて言われたら、それはそれで最悪じゃないか。こりゃ、超難問だ・・・・・・」


 二つの難問を抱えて頭を悩ませる早良には、実はもう一つ思い通りになっていない難問があった。それは少し前から取り組み始めたSF未来小説だった。

「これも、もうひとひねりが必要なんだよな~」

 机の上に置かれたノートを見ながら嘆き声が漏れた。

「舞台は軍艦島で決まり、キャラクター、ストーリー、基本的な構想は纏まったけど、なんだか読んだ人の気持ちを引き付ける何かが足りない気がするんだよな。軍艦島が舞台というだけでは駄目だということは分かっているから色々考えてはいるんだけど・・・・・・とにかく自分の持てる知識をぶつけて書き上げないと。いきなり傑作を書けるほど才能がないのは分かっているから、『最後まで諦めない』が今の目標ってところだよな」


「あ~しかし、どれもこれも悩ましい・・・・・・」

 悩み多き若者である。



(四)



「みんな、準備に忙しそうだ」

 石和はマンションの自室でビールを飲みながらゆったりとした時間を過ごしていた。家族団らんの夕食を終えて、風呂に入った後のいつもの憩いの時間だ。


 居酒屋で美和からの電話を受けて以来、集会は開催されていない。原澤とは会社で、文木や早良とは電話やメールで連絡を取り合っているが、それぞれが一月十五日の上陸に向けて準備や調整を進めていることを聞いている。

「文木さんと早良君は特に問題なさそうだけど、やはり原澤さんが気がかりだな。色々調整はしているみたいだけど、原澤さんも無理を通して休暇を取るような人じゃないし、俺みたいにお気楽なポジションじゃないから、残念だけど難しいかも知れないな」

 出来れば四人で軍艦島上陸を果たしたいというのが切実な思いではあるが、こればかりは如何ともし難い。天に祈るまでだ。


「俺は島では美和さんに付いて行くだけだから、プランもなにも関係ないし、前日と翌日の行動は文木さんが考えてくれているから特に気にする必要もないし、気楽なもんだ」

 そう思いながらも、石和は自分の気持ちに正直に向き合って考えた。

「俺に必要なのは、心の準備ってやつかな・・・・・・」


 上陸の日が近づくに連れて、心が落ち着かない自分がいることは分かっていた。

「船から島が見えた時、俺にはどんな感情が沸き立つのだろうか」

「島に足を踏み入れた時、俺はにこやかな表情をしていられるのだろうか」

 四十年ぶりの帰郷を思い描くだけで心が騒めく。

「そして、島を離れる時・・・・・・」

 得も言われぬ思いが襲い掛かる。

 楽しみでもあり、怖くもある。そして、四十年もの間一度たりとも帰らなかった後ろめたさもある。そんな自分を島は受け入れてくれるのだろうかとも思う。色々な感情が入れ代わり立ち代わり心を支配する。

「なるようになる。結局それしかないか」


 “トントン”

 ドアをノックする音が聞こえた。

「開けるよ」

「ああ、いいよ」

 部屋に入ってきたのは、高校生の長男の明人だった。

「父さん、軍艦島に行くんだって?」

「ああ、母さんから聞いたのか?」

「うん」

 今回の軍艦島への帰郷のことは、子供達には話をしていなかった。

「いいな~。俺も行きたいな~」

 話すとこうなることが分かっていたからだ。

「今回は無理なんだよ。平日だし、他のおじさん達もいるし、父さんはテレビ局の取材を受ける約束だからずっと拘束されるようだし」

「な~んだ。でも、いつか家族で行きたいよね」

「興味あるの?」

「当然じゃん。石和家のルーツでしょ」

「ルーツね~」

「そうだよ。母さんも夏海も行ってみたいと思っているよ」

「そうなの? 聞いたことなかったけど」

 言われてみればあり得なくはない話だ。妻や子供達にとって、石和の両親が住む田舎への帰省はあっても、そこが石和本人の生まれた所でないのであれば、生まれ故郷に行ってみたいと思うのは自然だし、それがあの有名は軍艦島ということであれば尚更のことだろう。

「学校で『軍艦島はオヤジの故郷なんだ』って話をすると、みんなから羨ましがられるんだよね。ほら、やっぱり特別じゃない、あの島って」

「へ~。高校生でも知っている子がいるんだ。まあ、世界文化遺産だからな」

「でも、俺、行ったことは無いって話すと、はい、そこまで」

「そりゃ、悪かった」

 石和が苦笑いして頭をかいた。

「一度行ったら、友達に自慢できるのに」

「何もないんだよ。壊れた沢山の建物と、瓦礫の山ばかり」

「いやいや、感じるものがあるはずだよ」

「感じる?」

「ん~なんていうの、歴史っていうか・・・・・・そうそうノスタルジーっていうんだっけ? そういうやつ」

「へ~。父さんの友達の廃墟マニアのおじさん達と同じことを言うんだな。びっくりしたよ」

「文木さんでしょ」

「えっ、何で知っているの? 名前教えたっけ?」

「家族で話をしている時に何度か名前は出たけど、文木さんのブログも見てるよ。夏海もね。面白いよ」

「なんと!」

 知らないうちに、自分の交友の輪の中に我が子が入り込んでいたことにも驚いたが、自分よりも廃墟に関する感性が豊かなことにもまた驚いた。

(文木さんにメッセージを送ったりはしないでくれよ)


「でもさ、それだけじゃないんだろ? 軍艦島に行きたい理由」

「えっ」

 石和の問い掛けにびっくりして、明人が目を見開いた。

「いや、他にも理由があるんじゃないのかと思ってさ・・・・・・。曲作り、上手く行っていないのか?」

「なんだ、御見通しか」

「こう見えても父親だからな。一応」

「うん、ちょっと煮詰まっていてさ。何か新しい、今までにない刺激が欲しいんだよね」

 石和の長男は、自ら作詞作曲した音楽を歌うシンガーソングライターだ。作品はインターネットに公開していて、まだ高校生ながら沢山のフアンもいる若者のカリスマ的存在となっている。流行の曲調に詩がマッチしていて、多くの若者たちが彼の音楽に魅了されている。

 石和の仕事柄、幼いころからパソコンに触れる機会が多かったとはいえ、石和本人にとっては縁遠い音楽の世界に、与えたパソコンでのめり込んでいったのは意外だった。

 “こんな時代だ、やりたいことをやりたいようにやればいい”と、口出しはしないものの、ネットワーク上でのフアン数の多さと、その影響力を心配してハラハラドキドキしているのも事実だが、そんなネットの世界を仕事としている身としては、後ろ向きの発言をするのもおかしな話ではあるので、なんとか大人の対応を取り繕っている。


「刺激ね~」

「うん、刺激。軍艦島そのものをテーマにして、詩や曲を作ろうと考えている訳ではないんだけど、非日常的な世界を見て、音を聞いて、何か創作に繋がるインスピレーションが得られるんじゃないかと思ってさ」

「まあ、お前はまだ高校生だからな。人生経験も浅い訳だし、吐き出すものも多くはないんだから、今のまま、有りのままで良いんじゃないのかなとも思うけどな」

 視線を反らしたまま、石和が話をした。息子とまじめな話をするのは、ちょっと気恥ずかしい。


「・・・・・・」

 無理をしているんじゃないのか? そう父親に言われている様で、返す言葉が見つからない。



「とは言ってもさ」

 少しの沈黙の後、石和が言葉を繋いだ。

「とは言っても、発想が行き詰った時に何かきっかけが欲しいと思う気持ちは俺にも分からなくはない。実際さ、仕事でいつもそうだしね。軍艦島で見聞きすることがお前の創作活動の刺激になり、新しい音楽を生み出すことに繋がるのなら、今のお前には必要なことなのだろうと思うし・・・・・・それにさ、人間、成長するには少しくらいの背伸びは必要だしな」

「父さん」

「まあ、何事も精一杯頑張ることだ」

 たまに訪れる子供達とのこうしたやり取りは、父親としての自分を成長させてくれる。表情こそ変わらないが、心の中は小さな達成感で満ちていた。


「ありがとう。でもさ、母さんと夏海は違うよ。二人は純粋に父さんの生まれ故郷である軍艦島に行きたいだけなんだよ」

「そうか、お前たちがそう言うのなら、今度みんなで軍艦島に行くか」

(観光客に交じって・・・・・・)

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