第5話 誘い
「おい、メールを見たか?」
浜松町のオフィスの一室、原澤が血相を変えて石和の席に近づいてきた。時間は午後三時を少し回ったところである。就業時間中ということもあり周りの目を意識して音量は落とし気味ではあるが、興奮していることが分かる声だった。
「はい、さっき確認しました」
石和の声は、原澤と違い落ち着いていた。
「ちょっと凄い展開になってきたな・・・・・・」
メールは文木から二人に送信されたものだった。
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原澤様、石和様
こんにちは、文木です。
先日は遅くまでお疲れ様でした。
珍客の飛び入りがあっていつもと趣が違いましたが、なかなか面白い集会になりましたね。図らずも石和さんの本音を聞くことができましたし、我々はちょっと浮かれ過ぎていたかと反省しています。本当ですよ。
ところで、その珍客(美和のどかさん)から、私宛にメールが届きました。名刺を渡してはいましたが、本当に連絡が来るとは思いませんでした。美和さんのアイデアがボツになってしまえば、その日限りの出会いになってもおかしくは無かったのですから・・・・・・。
メールは大変驚きの内容となっています。以下に彼女からのメールを転送しますので、ご確認ください。
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文木様
お久しぶりです。美和です。
先日は楽しい集会に飛び入りで参加させていただきありがとうございました。初めて会った酔っ払いを仲間に入れて頂いた皆様の優しさに感謝しています。皆さんとお会いできたことは今回の出張の最大の収穫でした。特に石和さんと出会えたことは本当に幸運でした。
廃墟に対する皆様の思いも大変興味深く、当日は沢山の刺激を受けることができました。帰って関係者に報告したところ一様に前向きの反応を得ることができましたので、是非とも番組制作に活かしたいと思います。勿論、軍艦島の状況や抱えている課題などについてもしっかりお伝えするつもりです。
さて本題に入ります。
この度、番組の下見も兼ねて軍艦島に上陸することになりました。特別な許可も頂いて島内部にも足を踏み入れます。またとないチャンスだと思いますので、私に同行して上陸しませんか? 東京で色々お世話になりました恩返しと思い、会社に掛け合ってなんとか二人分の交通費と長崎での宿泊費は準備しました。
但し、ひとつ条件があります。石和さんには島内を歩きながら取材をさせていただきたいのです。これを言うと石和さんは嫌がるかもしれませんが、是非、彼を誘って来て欲しいのです。
不躾なお願いで大変恐縮ですが、何卒お骨折り下さいます様お願い致します。
美和のどか
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今日、例の店に集まりませんか? 早良君も呼んでおきます。
以上、文木太郎
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「どうする?」
原澤が石和の顔を覗き込んだ。
「どうするって言われても取材なんかお断りですし、二人分の費用じゃ全員一緒に行けないから気が引けちゃいますけど・・・・・・」
「確かになぁ、俺は嫁さんと相談だ。行ってみたいけどな・・・・・・。早良君なんか自費でも行くっていうのだろうけどな。彼は独身で自由の身だし。何れにせよ、今日の緊急集会は開催ってことでいいかな?」
「それは構わないですけど」
「了解、文木さんには俺の方から返信しておくから準備しておいてくれ。定時になったら一階のロビーで待合わせしよう。俺も今日は特に予定は入っていないから大丈夫だ」
「俺も付いて行きますよ。絶対!」
案の定、早良は初上陸に闘志を燃やしていた。
「俺もかみさんに電話で相談したら案外あっさりと許可を貰えたよ。その代り『今年は誕生日のプレゼントが楽しみだ』なんて脅されたけどね・・・・・・」
文木も何とか上陸に漕ぎ着けそうだ。
いつもの居酒屋に四人が集まり、美和からのお誘いメールについて、ああだこうだと話をしていた。十一月二十二日、美和が集会に飛び入りしてから既に二か月が経過していた。すっかり寒くなっていたが、四人の前にはいつものようにビールがジョッキで置かれていた。
「それでいつなんですか? 上陸を決行する日は」
原澤が文木に問いかけた。
「それがさ、実はまだ日程は分からないんだ」
「えっ?」
「メールを見てもらったとおり、日程や集合場所なんかも全く分からないんだ」
「悪戯だったなんてことはないですよね?」
「うっ、うん」
問い詰めるようなみんなの視線に、文木の言葉も歯切れが悪い。
「話が出来過ぎていていますし、石和さんだけでなくてもう一人分の費用まで出してくれるなんて、ちょっと信じられない感じがしますもん」
早良が文木を追い詰めるのは、一人分の費用が当たり前の様に文木のものになっているやっかみもある。
「俺もその辺り確認しようと思ってさ、送ってきたメールに返信をしたんだけど今のところ音沙汰がないんだよな・・・・・・」
「メールってフリーメールからだったんでしょ? 会社からでもないし、やっぱり怪しくないですか?」
早良が追い打ちをかける。
「やっぱりなんか怪しいかな」
原澤も同調する。
「でもさ、話の内容からして彼女からのものとしか考えられないし、彼女が悪戯をする理由もない。俺はまた連絡が来ると信じているんだけど・・・・・・」
文木は反論するが、言葉に力強さが感じられない。
「お店の人が話を聞いていて悪戯をしているのかも知れませんよ。文木さん常連だし、名刺を渡しているでしょ?」
「そうだ、文木さん、この前この店のことを『冴えない居酒屋』なんていっちゃったでしょ」
石和と原澤の言葉で全員がカウンターに視線を送った。
(あの大将の仕返しか?)
文木がみんなに目で語る。
(さぁ、わかりません)
三人が小首をかしげて応える。
カウンターに目を向けたまま、ひそひそ声で話をしていると大将と目が合い、「なに? 注文?」と言われて慌てて視線を元に戻した。
「な~んだ、せっかく気持ちが盛り上がったのにちょっとシラケたなぁ。文木さんはもう一度彼女に会いたい一心?」
早良がニヤついて文木の顔をみた。
「馬鹿を言え」
「まあまあ、でも依頼が本当として、またメールでも来た時にどうするか話をしておいても良いかもしれませんね」
原澤が場を取り繕った。
「そうだな。せっかく集まったんだから」
そう言って、文木が話を続けた。
「誰が行くかは置いておいてだよ、石和さんはどうする? 取材もあるみたいな話だけど」
(行かないなんて言わないでね)
文木の目が訴えている。
「う~ん、困りました。取材なんてね。でも、観光コースではなく内陸まで足を運べるって話だから気持ちは揺らいでいます。それに、行かないって言ったら早良君から怒られそうです。文木さんもかな・・・・・・」
石和がちらっと二人に目をやった。
「そりゃそうですよ」
早良からの回答は早かった。
「まぁ。せっかくみんな集まったんだから、飲みながらゆっくり話をしようよ。明日は勤労感謝の日でお休みだからね」
文木は違う言葉で話を繋いだが、内心はほっとしているようだった。
(良かった、行ってくれそうだ)
「僕、今度、ウエスタン村に行ってこようと思っているんですよね」
酒が進んでから暫くして、早良が切り出した。
ウエスタン村は栃木県日光市にあるアメリカの西部開拓時代をイメージしたテーマパークで、西部劇の世界を体験できる施設として人気を集めた観光地だ。その前身も含めると一九七三年の開業と歴史は長く一時は県を代表する日光の人気スポットであったのだが、二〇〇五年より長期の休園状態となっている。長い年月を経て地面には雑草が生い茂っており、建物は経年劣化による傷みで廃墟と化している。
「栃木の有名な廃墟だね。近場で手軽だけど十分魅力を味わうことができるよ。早良君、まだ行ったことなかったんだ」
「はい」
「アメリカ西部開拓時代の街並みを再現した『ストリートミュージアム』なんていうのは人気エリアだよ。建物内部は悪戯が酷いけどね。まあ、テーマパークは造られた町だから、そこで生活をしていた人がいた訳ではないけど、ここに多くに人が集っていた時代があったということを思うと、置き去りにされている施設の悲哀を感じるよ。この前に見た行川アイランドと一緒だね」
原澤がベテランらしく受け答えをしていると、文木が割って入った。
「一人で行くの?」
「はい、文木さん一緒に行きます?」
「いやいや、俺を誘っても仕方ないでしょ。俺ももう行ったことあるし」
「じゃ、ひとりで」
「いやいや、ひとりでなんて言っていないで、そうだな~門野さんでも誘ってみれば?」
「えっ」
「えっ、じゃないよ。あの子だって廃墟に興味があるんだから、誘っても不思議じゃないでしょ? 集会への参加も一回切りになっているし、仕事が忙しいのかも知れないけど、こちらから声を掛けてあげないと離れて行ってしまうよ」
「ん~、考えておきます」
「な~んだ。じゃ、俺が連絡してあげようか」
「やっ、やめてくださいよ」
「まあまあ、文木さん、早良君をいじめないで・・・・・・」
原澤が助け舟をだした。
「いじめてなんかいないよ。頑張って欲しいかなと」
「僕が美和さんのことでからかったから仕返しでしょ~」
早良が口を尖らせる。
「違うってば」
「まあまあ、文木さんの親心ってやつだよ。早良君のこと、可愛くて仕方ないみたいだからさ」
黙って様子を見ていた石和がフォローの言葉を挟んだ。
「可愛いかね~。まっ、そうかもね・・・・・・」
文木が頭をかいた。
「ふっ、はっはっは」
一同大きな笑いに包まれた。
それから小一時間、全員に酔いがまわりメールの事も忘れてはしゃいでいた時のことである。
「どうしたんですか、文木さん?」
早良が文木の様子伺った。
「うん。さっきから携帯に電話がかかってきているんだけど、非通知で相手が分からないから無視しているんだ。間違い電話かな何度もしつこいんだよね・・・・・・」
早良が文木の目を見た後、息をのみ一呼吸置いていった。
「もしかして美和さんからじゃないですか?」
「馬鹿言うなよ、携帯番号なんか教えていないよ」
「怪しいなぁ。酔った勢いでこっそり携帯番号を渡していたんじゃないですか?」
早良がニヤニヤしている。先程の仕返しをしてやろうと思っているのだろう。
「ん、また掛かってきた」
「電話、出てみたらいかがですか?」
「うっ、うん。仕方ない出てみるか」
早良のニヤついた顔を疎ましく思いつつ、文木が電話に出た。
「もしもし?」
「文木さん? やっと出てくれた」
「美和さん?」
「はい」
やはり電話は美和のどかからだった。文木が携帯電話の通話口を抑えて、みんなにうなずいて見せた。はしゃいでいた早良もグラスをテーブルに置き、文木に向かって身を乗り出した。
「どうして、この番号が分かったのですか?」
「いやだな~。先日、教えていただきましたよ」
恥ずかしながら、まったく記憶がない。これはみんなに言えないと文木は思った。
「みなさんお集まりですか?」
「どうしてわかるのですか? 今、どちらですか」
「今は長崎です。昨日のメールを見て皆さんお集まりのころじゃないかと思って。漏れ聞こえてくる音の感じもこの前の居酒屋ですし。うふふっ」
「おっしゃる通り、先日のメンバーで集まってメールについて議論をしていたところです。まぁ、今は単なる飲み会状態ですけど」
「で、どうなりました? 石和さんは来ていただけそうですか?」
「・・・・・・ちょっと、お待ちを」
文木が携帯を耳から離し、やや声を殺して石和に話しかける。
「彼女が、『石和さん来るか?』って、聞いているけど・・・・・・」
一同、石和の顔を凝視して息を止めた。「・・・・・・」しばしの沈黙があり、石和が返事をした。
「分かりました、行きますよ。美和さんに、取材はお手柔らかにとお伝えください」
「わかりました。では後程、詳細をお知らせします。こちら都合で申し訳ないですが手続きの関係で日程の融通が利きませんので、ご都合宜しくお願いします。二人分のチケットと費用は、追って文木さんのお宅に郵送します」
「あの?」
「はい?」
「他の・・・・・・私以外の二人もお伺いしてよろしいでしょうか? 勿論、費用は自腹ですが」
「はい。結構ですよ」
「OKだって」
文木が二人に伝えた。
「やった~」
「よし!」
「では、またご連絡しますね」
「もしもし、それで結局、上陸は何日なのでしょう」
「上陸は、年が明けた一月十五日です。その他の詳細は改めて連絡しますね」
「もしもし、こちらからの連絡は・・・・・・あれ? 切れちゃった」
左手に持った携帯電話をうつむき加減の顔の前に置いて、文木が困惑顔をしている。
「仕方ない、チケットが送られてきてからのお楽しみにしておくか」
気を取り直して携帯電話をしまいながら文木が呟いた。偽メールとまで疑われたが、とりあえず電話がかかってきて一安心といったところだ。
「一月十五日って、月曜日ですよ」
カレンダーを確認した石和がみんなに伝えた。
「そして、軍艦島の閉山の日でもある」
軍艦島の様々な情報が頭に入っている文木が即座に付け足した。
「あちらも仕事だから平日なのは仕方がないよね。融通が利かない日程だとも言っていたし。当日泊るとなると月曜日と火曜日に休暇を取らないといけなくなるけど、石和さんと原澤さんは大丈夫?」
文木が原澤と石和を見た。自分と早良は大丈夫ということらしい。
「私は何とかなると思いますけど、原澤さんがねぇ・・・・・・」
石和が原澤の顔を見て言った。
「うっ、うん、確かに困った。年明け直ぐだからね。ちょっと都合つけるのが難しいかな」
会社で要職についている原澤が困惑した表情を見せた。
「少し時間をください。希望は薄いですけど何とか調整してみます」
「うちの会社はね~融通が利かないから・・・・・・無理は言えないですけど、せっかくの機会ですからなんとか頑張って下さい。是非みんなで行きましょう」
「よし! じゃ、その時に向けて各自準備を進めよう。暫くしたら、私から集合時間や飛行機、電車の計画などを連絡させてもらうよ」
文木からの言葉で、本日の緊急集会はお開きとなった。
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