◆10 真相と本心


 貨物船クルタナ号の中央フロア。テーブルやソファーがあるこの広間に俺たちは連れてこられた。船員ら四人と一緒のソファーに俺は座らされる。けれどクロエは対面するイスで、不安げに俺を見つめていた。

 ……俺はまだ戸惑とまどっていた。彼女が、ドロイドだったなんて。



 人型のロボット、ドロイドはさまざまな姿、役割をもって製造せいぞうされている。宇宙船外や船内の作業補助ほじょ、代行、生活補助などが代表的で、興行こうぎょうや娯楽にも使用される。歴史も一〇〇年以上とふるく現代までにたくさんのドロイドがうまれ、そして捨てられていった。


 ――『クロエ』、彼女はごみ惑星に捨てられた一体のドロイドなのだろう。食糧しょくりょうや水の件もそう。この惑星でひとり生きられる人間・・なんていないんだ。精霊でも人間でもなく、彼女は機械だった。

 ……疑問に思ったいろいろなことが否応いやおうなく解き明かされ、でも胸につかえたモノはとれない。彼女に助けてもらったこと、優しくしてくれたことも事実。なのに想像とちがう現実に、心の整理がつかないでいる。


 ダグラスが広間の沈黙を破った。

「ドロイド。お前の型番を調べた」


「……私はこの惑星ほしの精です」


「まだそんな狂ったことをしゃべるのか」


 クロエは抗議の目を向ける。自らの素性すじょうを本当に知らなかったらしい。紫外線に浮かびあがる二次元コードをスキャンされたときも彼女は状況を理解していないようだった。


「お前は、五三年前の旧ディブロ社製。SE―三〇七B『ガイノイド・ドール』だ」

 ダグラスが情報端末の画面をクロエに向けた。そこには彼女にうりふたつのドロイドの画像が映し出されている。露出の多い格好・・・・・・・で……。

 画像をみて俺は、胸騒むなさわぎがした。


 端末がヨゼフの手にわたる。読みあげた。


「ええと。『あなたを愛するキュートな美女。献身的けんしんてきな彼女は主人のあなたを、やさしく激しくさそいます。擬似的ぎじてきな食事も可。素体スキンは最新の人造皮膚、粘膜ねんまくで肌触りは絶品です』だとよ!」


 うたい文句を読み終えたヨゼフはクロエに迫り、その華奢きゃしゃあごをつかむ。口角こうかくをにたりとあげて。

「ふうん、ボロにしてはなかなか良い品じゃねえか」


「ヨゼフっ!」

 とめようとした俺をそばのルッツが押し込む。ヨゼフはクロエから手をはなすと、俺を見た。


「どうしたユーリ? こいつにはもう手えつけた・・・・・か。いやお前ならまだか。ははっ、だから怒ってると」


「ちがうっ!!」

 言われたことに身体が熱くなる。こぶしが小刻みにふるえている。

 ――はず、なのに。


小競こぜり合いはそこまでにしろ」ダグラスが口をはさんだ。

「ガキはもう部屋にもどれ。明日までくるな」


「ですね船長。説明書には『複数人にもえられます』って書いてありますよ」


「なに、をあんたら……!!」


 反抗したすぐダグラスが殴りつけてきた。床に伏す俺をクロエは気遣きづかう。

 俺はふらふらと立ちあがって、

 ……彼女に、背をむけた。


「ユーリ……!」

 彼女の訴える声を浴びながら俺は、広間のドアを閉めていた。




 寝室は広間のとなりにある。もとは共同の多段ベッドだが、むかしから俺ひとりが使う暗くて狭い部屋だ。ベッドに埋もれた俺はあれからずっと耳をふさいでいた。

 あの買女の光景が、脳裏によみがえって離れない。振りほどこうと考えても逆に鮮明せんめいになっていく。


 どうして、どうしてだ……。

 いや。理由はもう――


 ふいに、ふさいだ耳でもわかる音が聞こえた。ドアが開く音だ。

 耳から手を離す。身体を起こすと開いたドアから光がさしていて、人影がある。

 クロエだった。


「……はいるね。ユーリ」


 彼女はそのまま部屋に入った。ドアが閉まって部屋はふたたび暗くなる。


「ここで寝ることになったの。下のベッド、良いかな。ねえユーリ」


「……るさい」


「えっ」


「……うるさいっ! 俺に話しかけるな。この、売女・・がっ」


「……ユーリ」


 俺は、叫んでいた。

「あいつらとたんだろ! ここで勝手に寝るがいいさ。だけど俺に話しかけるな。俺は嫌いだ。お前・・が嫌いだ!」


 横になった俺の身体は、クロエにそっぽを向く。

 彼女が下のベッドに入る気配がし、それから、すすり泣く声が耳にとどいた。



 ……ほんとうはそんなこと、俺は思っていないのに。でた言葉はあまりにひどかった。言葉だけじゃない。自分の本心がいまよくわかる。


 ヨゼフが言ったことは図星ずぼしだ。俺がショックだったことは、彼女がドロイドでも、『人造の売女』だからでもない。彼女が、俺のもの・・・・にならなかったから――そんなことを心のすみにいだいていた。

 いつの間にかクロエを『自分のもの』にしたいと考えるようになって、あいつらにけがされると怒って、そしていま一〇歳のころに見た売女とクロエを重ねた俺は、思ったんだ。

 ――船員のあいつらが、羨ましいと。


 クロエを嫌いなんかじゃない。俺が俺自身を、けがらわしいと大嫌いになった。そのうえ彼女から逃げ、想いをみにじった。もう俺は彼女と一緒にいる資格しかくはない。


 シーツにくるまったときに気づく。俺の顔は、れていた。

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