◆11 緑の目


 コルタナ号の修理は想定以上に難航した。スラスター四つすべてが不調のうえ制御をする部品にも不具合がある。二日が経ったきょうの午前も、俺はダグラスや船員らにこき使われている。

 B区画から持ってきた予備の部品をヨゼフがいるところに運ぶ。恐ろしく重たい部品を台車にどうにかのせ、廊下を進んだ。


 そんなとき前方から人が来た。すぐ、彼女とわかった。クロエも俺を見つけ廊下をすれ違う。視線をさげて。

 あの夜から、俺はクロエと言葉を交わせていない。おなじく彼女も俺と話さず目もあわせず、そして避けるようにいなくなる。


 うしろを振り返ると彼女の背中は寂しげで、運ぶ荷がいっそう、ずしりと重くなった。

 台車はしだいに進まなくなって、足がとまる。

 気づいたとき、俺は震えていた。





 ――惑星の大地は静かで、風もない。殺風景なごみ山や空が音もなく広がっていた。

 そしてわかる。ここには、俺ひとりしかいないと。

 いや、ごみ惑星にはごみしかない。はじめから、それ以上のものなんてあるはずがない。たたずむ俺も、目の前に広がる光景のひとつで捨てられたごみだ。


 ごみである俺は幸せになれない。変えられない。

 はじめから、これからも……。



 急に風が吹きはじめる。舞う砂に顔をそらしたとき、

 視界の遠くに、クロエが立っていた。


「……クロエ」


 思わず口にしたとき、彼女は優しげに頬笑む。それはいつもより物悲しくて、なのに俺はただ嬉しくて、表情を見ただけで泣きそうになる。

 短い間に、けれどたくさんのことがあった。浮かんでは遠ざかる記憶は大切な日々だ。


 ……そうだ。俺は見つけていた。かけがえのない存在を、ひとを、想い・・を。

 この惑星に捨てられた俺はいちど変わることができた。すべては彼女が惑星にいたからなんだ。


 もう迷わない。

 風に逆らって俺は歩む。クロエのそばへ歩きだす。

「クロエ! 一緒に」


 吹き荒れる砂の嵐にクロエは薄れていく。俺は手を伸ばす。

 彼女の手に触れるその瞬間、


 世界は明転した――




「このガキが、起きろ!」

 身体にうけた衝撃で目を覚ます。俺の膝を船長のダグラスが蹴ったためだ。ダグラスは顔をゆがめ俺を見下ろしている。部品を運んだあとも作業をおこなった俺は、わずかな休息のあいだに眠っていたらしい。


 胸ぐらをつかまれた。

「おい、お前その目つきはなんだ? 世話になっているにしてはずいぶんと反抗的だな」


 船員から『睨んだ』といつも因縁をつけられる俺の緑の目。だがいま俺は、本当にダグラスを睨んでいた。

 ずっと斜に構えて生きてきた。どうせ自分なんて、という気持ちが心の底にあった。それをいま捨てる。こいつらの言いなりに、俺はもうならない。


 絶対にこいつらから逃げてやる。クロエと一緒に、機会を見て。


 睨みつづけた俺にダグラスは顔をしかめ、つかんでいた手を乱暴に離した。


「……用がある。来い」



 場所は中央フロア。俺とダグラスのほかに、船員三人とクロエがいた。


 全員があつまった広間でダグラスは口をひらく。

「言うまでもないが、投棄座標での停留が長引いている。そこでお前たちには『廃品集め』をおこなってほしい。人工惑星に捨てられた使えそうなものを、当船の貨物として詰め込む」


「もしや骨董品さがし・・・・・・ですか船長?」


 ヨゼフの質問にダグラスはにやりと笑った。廃品を効率よく集めるには惑星の地理を知っているガイド役が必要になる。クロエと俺が選ばれるのはすでに明らかだった。


「ヨゼフとルッツは俺と一緒に外出だ。マークお前は船に残れ。このドロイドの女について詳細を集めろ。固有品番から使用履歴までぜんぶだ。いいな?」

 マークは不満げだったが、ダグラスの威圧にすぐ屈した。


「外出組は通信機をもて。出発!」




 ごみ惑星の大地を俺たちは進んでいった。クロエを先頭にダグラス、ルッツ、ヨゼフ。俺は最後尾だ。惑星をよく知るクロエのおかげで、価値がありそうな『骨董品』が次々にみつかり、船員らは各自のバックパックにどんどん詰め込んでいった。

 残土にできた坂道を全員でのぼりながら、俺は遠いクロエの後ろ姿を見つめた。いまの状況じゃ彼女と一緒に逃げられそうにない。どこかにチャンスがあれば……。


「よし、ここらで休憩をとろう。座るぞ」

 ダグラスの号令により、坂の中腹にある平地で休むことになった。ダグラスは用を足しに離れていき、ほかは列を崩して平地に座る。


 ヨゼフがルッツに近寄る。バックパックを開けて話しはじめた。

「だいぶ良品が集まったな。こりゃさらに稼げそうだぜ」


「ほんと女ドロイドさまさまだ。……はは、一発もやれねえ・・・・・・・のが悔しいが」


「えっ?」

 俺はその言葉に耳をうたがった。ふたりに訊ねる。


「ちょっと待って。どういうこと」


 ルッツが眉をひそめる。

「ん? ……ああそうだったな。ユーリは知らねえか。実は」


「あの夜にドロイドとおっぱじめようとしたんだが、船長にとめられちまったんだよ。『ガイノイド・ドールの骨董品マニアに売る』の一点張りだし、古いから中身は腐っているぞやめておけ、とかも言っていたなあ。たしかに未整備の五三年モノはやべえかもしれんけど……。はあ」


 饒舌にしゃべったルッツ。俺を見て「どうした」と聞いてきたが、いま俺は相当にひどい顔なんだろう。

 彼女を罵倒しただけじゃない。事情を知らず俺はいわれのない言葉をクロエに吐いていたんだ。

 錆びたパイプに腰をすえているクロエは地面ばかりを見ている。

 ……謝ろう。そして逃げて自由に。そうあらためて心に誓った。

 彼女に近づこうとしたとき。


 ダグラスが帰ってきた。

「休憩はおわりだ。出発」



 坂をのぼり終え、俺たちは高台になった土砂のうえを進む。来たことがない場所だが、見覚えのあるものが見える。以前にクロエと立ち寄った『惑星ほしのおへそ』がある奇岩と、クレーター状のくぼみだ。

 彼女が自分を惑星ほしの精と言っていたあのころが、すこし遠い記憶のように感じてしまう。


 ……と、近くの地面に機械らしき物体が刺さっていた。

 船員らは興味深そうに近づく。モニターと入力装置がある大型端末のようだ。


「おっ、まだ動きやすぜ」

 ヨゼフが操作をはじめる。モニターに文字や図が表示され、情報を読み取っていく。


「これは……投棄座標の運用記録が入っていますよ。大部分がこの下に埋もれているようで。運営者が置いたのか、……うん?」ヨゼフが何かに気づいた。

「最新の閲覧履歴が、二日前……。定期的にあるな。これはなんだ」


「このドロイドが使ったとか?」

 ルッツがクロエを指さす。


「……いえ。私は覚えていません」


 ……二日前、たしか洞穴でクロエの様子がおかしかったときだ。彼女は覚えていないと言っていたが。


「んじゃお前かユーリ」

 俺はヨゼフに首を横にふる。だが、そのときの俺の表情が気に障ったらしい。


「お前、嘘ついているだろ。俺にむかって!」

 ヨゼフがいきなり俺の腕をつかんできた。


「ちがうってば。はなせよ」


「このクソガキ!」


「やめて、やめてください!」

 クロエが俺をかばおうとヨゼフに近寄る。


「うるせえ!」

 太った腕がクロエに振りかかる。ちいさな悲鳴とともにクロエは飛ばされ、転がったさきの岩に頭をぶつけた。


「クロエ!」


「おいヨゼフ! その短気をいいかげん直せ」

 ダグラスが怒鳴った。


「あのドロイドは貴重だ。傷がついたら貴様、どう落としまいをつけてくれる!」


「へ、へい……。すいません」

 しおれたヨゼフがつかんでいた俺の腕をはなす。倒れた彼女が心配で俺は駆け寄った。


「クロエおきて」

 土で汚れた彼女の肩に手を触れる。

 ……なんてことに。いますぐにでも逃げたほうが――


「……クロエ?」

 クロエは、すくりと・・・・立ちあがった。

 俺に目もくれず、立った彼女は歩く。


 頭を下げ、足取りは重く、

 ……まるであの朝のように。


 ヨゼフはクロエが立ち上がったことに安堵していた。

「ふうー。よかったよかった。ドロイドは無事なようだな。ははは」彼女に背を向ける。

「船長、んじゃあ進みましょうかね。まだまだ骨董品を――」


 その瞬間、

 ――鮮血が飛び散った。

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