4・リーヴ・ザ・ドリーム
花畑だった。
そこいらじゅう、お花だらけだ。地面も、壁も、どこもかしこも。
ああ、きっと<るばら>の発案だ。彼女は本当に花だとかリボンだとか、とかくヒラヒラしたものが好きだから。そういえばケーキのデコレーションに凝ったこともあるって言ってたっけ。生クリームで薔薇だとかドレープのいっぱい繋がったのだとかを作って派手に飾りつけるヤツ。なんて名前だっけ、銀色のつぶつぶしたの、あんなのを散りばめたりするんだって聞いた気がする。すごく甘そうだねって言ったら、そうでもないよって笑ってた。
花の間に間に蝶が飛んでる。まるでステンドグラスみたい。くっきりした黒に縁取られて、黄色や赤や紫がモザイク模様になってる。いかにも<アヴェ>が好きそうな感じ。青色があんなに鮮やかだなんて、彼女に教わらなかったらずっと知らないままだった。原色はキレイだ。潔くて鮮烈で、毒々しいのに清らかな感じがする。高潔ってこういうのを言うのかなって、そう伝えたらそんな感想は初めてだって笑われたっけ。でもわかるかもしれないとも言ってくれた。<アヴェ>そのものみたいだねって。
どこもかしこも花だらけで、蝶が飛んで、極色彩。目眩がしそう。百花繚乱、てんでばらばらに好き好きに、伸び伸び咲いて開いて、でもちゃんと一つの世界を織りなしている。これってやっぱり<六朗>のお陰? 敵わないなあ。敵いっこないんだけど。彼の姿はいつもなんだかちょっと遠い。追い続けても追いつけない背中みたいだ。追いかけてるつもりもないのに。求心力ってやつなのかなあ。なんて言ったら、過大評価だって笑われちゃうんだけど。遠景なのは前に見せてもらった風景画のイメージのせいかも。とても繊細で透き通って消えちゃいそうな水彩だった。これ好きだなって言ったら、どうしてか淋しそうに微笑んでたね。けど、正直なところ<六朗>の絵そのものより、こんな緻密な描きこみをその手でしたんだってことのほうに驚いた。だって、彼の手は意外なくらい大きくて武骨だから。細くて長い指をしてそうなのに、結構節くれだってたりなんかして。
意外といえば、<スパー>にはびっくりしたな。びっくりしたって言うか、びっくりさせられ通し、みたいな? だいたい彼ってば人との距離が近すぎるよね。物理的にも、非物理的にも。パーソナルスペースって言葉知ってる? なんて、思わず本音が出ちゃって大笑いされたんだった。あの時からかな、彼と気軽に話せるようになったの。それまでは……、だって見た目があんなんじゃ、普通の人は怖がっちゃうよ。体中穴だらけんじゃないかって疑っちゃうくらいピアスがたくさん刺さってるし、タトゥーもあちこち彫られてて、あんまりたくさんあるからもしかしてシールかなって思ったけど本物なんだもん。初めて見た。言ってることもよくわからないし、そのくせ背はチンチクリンで、あ、これは関係ないか。でもエネルギーの塊って感じ。ちょっと憧れるなあって、うっかり漏らしちゃったらそれはダメって本気で言われたっけ。酷いよね。
それに比べると、いや、比べなくてもなんだけど、<もち>さんは癒しだったなあ。穏やかだし、温厚な人柄ってこういう人のことを言うんだなって。いつもみんなの為に尽力してくれて、まさに縁の下の力持ち。<もち>さんの<もち>ってもしかしてその『持ち』って訊いたら、笑いながら教えてくれたんだよね。ほっぺたモチモチの『餅』の方だって。すごく納得しちゃって、可笑しかったなあ。そう言えば彼の使ってるお茶碗はご飯をよそう前からお餅が入ってるみたいな見た目なんだよとも言ってたっけ。特製なんだって。器の底が膨らんでるの。体形を気にしてダイエットする為だって言ってたけど、マシュマロとか風船みたいな大きな体、好きだから変わって欲しくないなってちょっと思った。<もち>さんじゃなくなっちゃうしね。
なんだか色々なことを思い出す。きっと花畑に居るせいだ。まるで夢の中みたいに綺麗だから。鮮やかで、華やかで、くらくらするほど美しい。この場所に僕は居るんだ。こんな素敵なところに立っていたんだ。花から花へ、飛び回る蝶々みたいに、ずっと遊んでいたかったけど。
そうとばかりも言っていられないよね。人間ってどうしてこう面倒なのかな。花の香りだとかそよぐ風だとか蜜だとか、そんなのだけで生きていけたならいいのに。でも、食べなくちゃいけないし、寝る場所も必要だし、それじゃあお金を稼がなくちゃだから、働かないといけないよね。夢のような場所は、そのまま夢の場所で、僕は夢見心地で紛れ込んだだけで、いつかは目を覚まさなきゃ。
現実に、戻らなきゃ。
ずっとは一緒にいられない。<みんな>とは、もうお別れ。
だけど、あれ? <みんな>って誰だっけ。寂しいのは、どうしてだっけ。
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