3・金魚と

金魚を見ていた


あかい金魚だ

腹が丸く、白金に光る、背が朱色の金魚だ

尾の放射状にひらひらと揺れる、二束三文ではない金魚だ


金魚鉢に入っている


金魚鉢は透明だ

円い腹をして、首がすぼまり、口がひらひらと波打っている

波打つ曲線のふちだけが、青い、ガラスの金魚鉢だ


底にビー玉が沈んでいる

濃い紅や白や灰の、五色砂ごしきずなという砂利も敷かれている

ビー玉はその上に、半ば埋まるよう、転がっている

気泡の入ったビー玉だ

微かに緑青色ろくしょういろをした、炭酸ビンのビー玉だ


それらは台の上にある


白い、木製キャビネットの天板の上に

五色の砂利とビー玉の沈んだ、青い波を描く円い金魚鉢の、

中でひらひら長尾を揺らして、泳ぐ丸い白金の腹をした朱い金魚が

置かれている


のを、彼女が見ていた


長椅子に座って

ひらひらの布に隠れた膝を曲げ、

小さな尻を素足に載せて

背もたれに身を乗り出し

五指ごしを開いた手を伸ばし

熱心に、見入っていた


その口元に、笑み

僅かに白い前歯の覗く

桃の肌の紅潮した笑み

円い眼が、爛々と、炯々と光る


そうしていつまでも見つめている

眺めている

俯瞰している


あどけなく、

楽し気に、

悦んで、

観察している


生殺与奪





或る夏の宵

少女に赤い浴衣を着せた


朱色と橙の兵児帯へこおびを結び

手に提灯ちょうちんを持たせてやった


橙色のぼんぼり

鬼灯ほおずきかり


蒼くぬるんだ宵の風

草の匂い

人いきれ


観音寺かんのんでらの太鼓の音

路地裏に線香花火

ひらひら舞う、白い手、細い首、いとけない足

カランコロンと下駄が鳴る


少女は祭りの宵を泳ぐ

目印をぶら下げて


一切衆生いっさいしゅじょう悉有仏性しつうぶっしょう





おまいさん、随分馬鹿なことを言いねぇ

此の世に神も仏もあるもんかい


あるのは、

そうさねぇ、善い人間と悪い人間てだけだろう


善い人間てのはつまりさぁ

要するにまともな奴だねえ


悪い人間てのはつまりさぁ

まあ、道を踏み外した奴のことだろうさ


随分当たり前なことを言う?


そりゃあそうさ、

なんだって当たり前のことなんだからさ

世の中、当たり前のことしか起こりやしないんだよ

因果応報ってやつだねぇ


え? そりゃ仏教の用語じゃないかって?


だからなんだい

神も仏もなくたってねぇ

言葉ってのはなくなりゃしないよ

だってそりゃあ、人間様の作ったもんだろ

神聖も仏性ぶっしょうも関係ないね

人間性が宿ってんだよ


人間性


そう、二通りあるね

まとも愛せる人間と

愛情を裏返す人間と


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