第17話 雨降りと木村さんのおっぱい

「うわ、雨降ってるね」


「えっ? あっ、本当だ。さっきまでは全然降ってなかったのに」


 悪魔の中間テストも今日で終わり、勉強漬けだった日々から久しぶりに解放されて、クラスメイト達は各々打ち上げに行ったり今日から解禁される部活動に足早に向かって行った。

 特定の部活にも所属していなくて、今日は図書委員の当番も当たっていない私と水島さんが教室に残っておしゃべりをしてから一緒に帰ろうと廊下を歩いていると、ポツポツと窓ガラスを濡らす水音に気付いて二人してあちゃーという顔を見合わせた。


「水島さん、合羽かっぱって持ってきてる?」


「一応自転車の荷台に入れてあるよ。木村さんは?」


「……持ってきてない」


「うわぁあ、それは大変だね。家に忘れちゃったの?」


「いやー、実は今日学校に行こうとしたら自転車のタイヤがパンクしてたから、お父さんに車で近くまで送ってもらったんですよ」


「へえ、そうだったんだ。それじゃあ帰りはお家の人が迎えに来てくれるんだね」


「いや、うちは両親共働きだから学校で待ってても仕方ないから、このまま歩いて帰ろうかなって」


「えっ、木村さんの家って歩いて帰れる距離なの?」


「うん。まあ、自転車で帰るよりはやっぱり時間はかかるけど、別に歩いて帰れない距離じゃないから大丈夫だよ」


 雨降りの中歩いて帰るという私のことを心配して気遣わし気な視線を向けてくれる水島さんに心配しなくても大丈夫だよとニッコリと笑みを向ける。

 実際徒歩だと家まで片道30分程度はかかるけれど、帰れない距離じゃない。

 バスを使うという手もあるけれど、放課後の時間と雨が降って来たことで今の時間はバスの利用者が多くなっていると思う。

 私は結構人酔いしちゃうたちなので、過密状態のバスの車内にいると、こうあれだうげーっていう感じになる。結構弱々なのだ。

 なので、疲れちゃうけれども歩いて帰る方が体調的にもお財布的にも安心なのである。

 それに……、


「私、雨って結構好きだから、別に雨の中を歩いて帰るのも別に苦じゃないから大丈夫大丈夫」


「木村さんって雨が好きなの? 雨が好きなんて珍しいね?」


「うん、よく言われる。でも……」


 そっと視線を窓に戻し、ガラスに打ち付ける雫と地面に出来始めた水溜まりを眺めながら、


「やっぱり、私は雨は好きかな」


 雨は好きだ。

 それには理由はあるけれども、水島さんにそれを説明すると暗い話になっちゃうので今はしないでおこう。うむ、今は水島さんとイチャイチャしながら下駄箱までどうやって行くかを考えようではないか。ふっふっふ、さて今日はどうしようかな?

 昨日は図書委員の仕事の合間にトランプで遊んで私が勝ったので、罰ゲームと称して下駄箱まで恋人繋ぎで歩いてみたのだけど、終始水島さんはお顔が真っ赤で俯き加減で歩いていて、「ひゃー」とか「ひー」ばっかり消え入りそうなか細い声で呟いていた(けれど、一度も手を離そうとはしなかった)。

 廊下で通り過ぎる生徒達はギョッとした表情でこちらを見遣っていて、「あの二人まさか遂に!?」「水島さんのあの照れ顔可愛すぎ!」「赤飯よ!明日のお弁当はきっと赤飯よ!」「あっ、倉橋さんが両頬を膨らませて拗ねた表情で足早に走り去っていったぞ!」「私さっき倉橋さんとすれ違ったんだけど、『……ズルい』って小声で言ってたんだけど!? これは私にキュン死しろってことなの!?」等、色々と騒ぎになったので、今度は人目のないところでやろうと思った。

 それに、毎回恋人繋ぎで歩いていたら水島さんの方がもたなそうだし、彼女の負担になってしまうようでは、意味がない。

 水島さんも一緒に楽しい気持ちになってくれるようなプランを考えねばならぬ。

 そんな風に頭を悩ませていると、肝心の水島さんは怪訝そうにこちらを顔を覗き込んできた。


「木村さん急に黙り込んでどうしたの?」


「いや〜、水島さんとのデートプランを練ってるところなの」


「本当に急にどうしたの!?」


 不思議そうに私を見詰めてくる水島さんはキョトンと小首を傾げている。そんな仕草も中々可愛らしかった。……う~ん、私って水島さんのことを好きすぎてる?

 とりあえず水島さんが可愛かったので頭をナデナデしてみる。


「ひゃいっ!?」


 おっ、両肩がビクッと上がった。

 そして顔が赤い。

 髪の毛もサラサラで非常に触り心地がよろしかった。

 そして、落ち着かない様子でモジモジとしているのに、私が撫で続けていてもその場から逃げ出さずにジッと私のナデナデを受け続けている水島さんの頬が何やら緩んでいるのが、この友人から私が受け入れて貰えていることの証拠みたいに感じられてホッとしている自分がいた。

 水島さんは大事な私の友達。

 高校で出会ってからそんなに長い時間は経っていないけれど、私がからかったりすると真っ赤になったり照れたりする表情が可愛くて、愛しくて、ついついからかいすぎてしまったりしてしまう。

 そんな彼女と過ごす時間が高校に入学してから手に入れたとても大切な物にいつの間にかなっていた。

 春海や夏海姉も勿論大切な人達だけど、水島さんと過ごす時間はどこかそれとは違っていて……。

 それがどうしてなのかは自分でもまだしっかりとした形や答えにはなっていないけれど、今はこの可愛い友人との時間を独り占めしちゃおう。

 触り心地の大変よろしい髪の毛からカチコチと固まっている水島さんの両頬に手を伸ばし、柔らかくてスベスベとした肌を撫でる。うおー、やわらけえ。

 案の定、水島さんはアワアワとした様子になって目も泳ぎまくり、テンパってしまった。


「ひゃ、ひゃあ!? 木村さん、ここ廊下だよ!?」


「大丈夫、大丈夫。今のところは誰もいないし」


「今のところはでしょ!? 誰か通りかかったら変な誤解されちゃうから!!」


「えー誤解ってな~に~?」


「こ、この人は!? 絶対分かって言ってるでしょ!?」


「いやいや~、一体何のことでしょ~?」


 ム~ッとした少しお怒りモードの水島さんがこちらに上目遣いに視線で猛抗議をしながらも、私にほっぺたを触られ続けている。

 ……怒ってるのにこっちはやめさせようとはしないんだ。

 私にこうして頬を撫でられ続けているのを誰かに見られるのは嫌。だけど、私に頬を撫でられるのは嫌という訳じゃないという気持ちもあるのかもしれない。その証拠に、一見すると不機嫌そうに見えるけれども、私が指の腹で肌を這わせるように動かすと「……あっ……んっ……」と口元から何やらなまめかしい押し殺したような吐息混じりの声が漏れている。ヤベエ、エロい。超エロい。あ~、もうたまらないなあこの子。

 怒っている筈なのに、私が指で頬を撫でる度に身をよじる水島さんを撫で続けていると、何か胸の奥が少しずつ熱を帯びてきて――。

 ――ヤバい、なんかちょっと興奮してきた。


「き、木村さん!? なんか手の動きが急にいやらしくなってきたんだけど、一体どうしたの!?」


「いやいや、そんなことないない」


「ないないって言ってるけど――ひゃあぁ!? どうして指先で私の顎をつーっとするの!?」


「いやいや、そんなことないない」


「バグってる!? それになんか木村さんめちゃくちゃ笑顔というか、瞳がキラキラしてるけど、どうしてそんなに楽しそうなの!?」


「いやいや楽しそうじゃないよ」


 めちゃくちゃ楽しい。うわぁーモチモチスベスベだ~。もうこれ水島さんごと家に持って帰りたい。水島さんテイクアウトでお願いします。


「絶対嘘だ!? もう、ほっぺたナデナデ禁止令発令します!」


「法案は棄却されました」


「早っ!? なんで!?」


「私が水島さんを愛でることが出来なくなるのは嫌だからです」


「そ、そんなこと言ってもダメったらダメ!! はいはい、もう水島支店は営業終了しますのでお客様はお帰りください!!」


 木村内閣が水島さんの法案を棄却するも、水島さんは私の魔の手から逃れようと、両腕を思いっ切り前に突き出して私から体を離そうと慌て始める。

 むう、これは潮時かな。

 水島さんをからかうのは楽しいけれど、水島さんが本気で嫌って思うことはしたくない。

 ここら辺の匙加減を間違えると、大切だと思っている人を傷付けてしまうことに繋がるので、引き際みたいなものはある程度引いておかないといけない。

 名残惜しくはあるけれども、今日はここまでにしよっかな。

 ――結構堪能できたし、私も途中から何か変なスイッチ入ってきてたから丁度良いかもしれない。

 以前にパクリと食べちゃった指先を視界に入れつつ、もうお触りタイムは終了です!っと猛然と腕を伸ばしてくる水島さんに苦笑しつつ、


「おおっ。水島さん、そんなに手を両手を前にグイっと突き出さなくてもやめるから」


 そう言って彼女を宥めようと手を差し伸ばす。

 だけどこれが悪手だった。

 水島さんには私が再度頬を撫でようと手を伸ばしてきたかのように見えたのか、テンパった様子で思いっ切り両腕を私の方へ伸ばしてきて――。



 伸びて来た水島さんの両手が、私のおっぱいを力強く掴んできた。



「「……」」


 静寂。

 放課後の廊下には誰もおらず、遠くから運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏の音が聞こえてくるぐらい。

 誰もいない廊下で乳を揉まれている私と、私の両胸をしっかりと握っている唖然とした水島さん。

 廊下には私達だけしかいなくて、誰も私達を見ている人はいない。

 他人から見たら大変百合百合しい光景なのかもしれないけれど、私は水島さんのおっぱいを揉んでいないし揉めていないので、一方的に乳を鷲掴みにされているだけ。

 一方、水島さんは突然のことすぎて現状が認識出来ていないのか、私のおっぱいを掴んだまま停止中で……いや、手がニギニギと動いているので揉まれている。そう、揉まれている。水島さん、無意識かもしれないけれど私のおっぱいをモミモミしてますけど。

 困惑げに水島さんを見遣ると、最初はぼんやりとした目で私のおっぱいを揉んでいた水島さんも次第に状況を飲み込み始めたのか、


「柔らかい……木村さんのおっぱいってやっぱり柔らか……柔らかい? えっ、これ……私木村さんの胸を……ええええええっ!?」


 途中まではうすぼんやりとした口調だったけれど、自分の両手が何を鷲掴みにしているのかを理解した途端、飛び上がるようにして私からガバッと離れてわなわなと自分の両手を見詰めていた。そして、噴火寸前の火山くらい頭から蒸気が出そうなくらい真っ赤に茹で上がった顔で――。


「きゃあぁぁぁああああああああ!!」


「いや、それ私の台詞だからね」


「私、私ったら木村さんの胸を揉み……揉み……」


「み、水島さん? そ、そんなに気にしなくて良いから。私もちょっと悪ノリしすぎちゃったし――」


「揉みしだいちゃうなんて!!」


「揉みしだいてはいないよ!? いや、結構モミモミはされたけど!!」


「ご、ごめんなさぁいいぃぃぃいいっ!!」


「えっ、ちょっと水島さん!? そんな全力ダッシュで走り去らないで!?」


 そんな私の静止の声も聞こえなかったのか、羞恥心に耐え切れなくなった水島さんはブレーキをかけると爆破する爆弾を取り付けられたかのような暴走機関車の如く猛ダッシュで廊下の向こう側に走り去ってしまった。


「うわっ、水島さん足速っ!? 体育の時もあんな速度出てなかったよね!?」


 私が今まで見た中で一番の走りを見せた水島さんはどこかに行ってしまった。

 水島さんの背中に向かって伸ばした手も宙ぶらりんになってしまって、私は途方に暮れた感じでへなへなと廊下に座り込む。

 水島さんは走り去ってしまってどこに行ってしまったのかも不明。

 流石にあんな状態になった彼女を放置したまま家に帰る訳にはいかない。探しに行かないとマズいだろう。

 だけど、今はちょっと休憩させてほしい。

 だって、だって――。


「……いざ揉まれると、結構恥ずかしいなあ」


 両胸に今も残っている水島さんの両手の温もり。

 その温かさに鼓動がどうしてか早まる。

 ごめんね、水島さん。絶対に追いかけるから。

 絶対に見つけるから。絶対に謝るから。

 だけど、だけどね――。

 ほんのちょっとだけ休ませて。

 私のこの胸のドキドキが収まるまでの間だけ。

 鏡はないけれども見なくても分かるぐらい頬に差しているこの熱と赤みが落ち着くまでの間だけ。

 この私の心が静まるまでの時間だけ。

 ほんの少しだけ休んだら――貴女を迎えに行くから。

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