第16話 水島さんと夏海先生のランチタイム
「水島の弁当って女の子らしい弁当だよな」
「……はい?」
図書室の受付カウンターの裏にある司書室という、図書委員や学校司書の職員さんや司書教諭(学校で授業も教えながら図書館に関する業務も行う先生)の先生が業務を行ったりする為の部屋(カウンター側がガラス窓になっており、図書室内の様子も確認できる)で、私はお弁当を食べながら対面に座る夏海先生からそんな言葉をかけられ、箸を止めて先生に向き直る。
雑多な書類を机上の端に移動させて即席のイートインスペースを確保したテーブルで一緒にお昼を食べていた夏海先生は、私のお弁当の内容が気になるようで自分のお弁当に入っていた筑前煮の人参を口に運びつつ、水筒代わりに使っているお酒の瓶に入っている茶色の液体(麦茶だよね……?)をグイっと呷ってから私のお弁当を指差した。
「いや、随分と可愛らしい弁当だと思ってな」
「ああ、これですか? 私のお弁当は母が作ってくれてるんですけれど……お弁当はいつも大体こんな感じで……」
先生に女の子していると評された自分のお弁当を改めて見てみる。
タコさんウィンナーに、一口サイズのハンバーグ、ハート形の玉子焼き等々、可愛らしいおかずが収まり、ご飯は小熊のキャラクターを模した愛らしいデザインになっている。
確かに可愛いと言っていい仕上がりで、これを毎朝作っている人はかなり女子力高めだと思う。
朝起きてリビングに入ると、いつもこのクオリティのお弁当をキッチンで鼻歌を歌いながらルンルン気分で作っているお母さんに遭遇するのが平日の水島家の光景になっている。
そして、毎朝学校に行く前に「は~い、雫ちゃんと
……その時にいっつも当たるお母さんの立派なお胸の感触に、何故この遺伝子が私には継承されなかったんだい? と遠い目になる。
そして、水月に関しては毎回毎回あんなファンシーというか女子女子しているお弁当を中学で食べることになることにかなり羞恥心を感じていて、席で人目を気にしながら食べていたら、最近気になっているらしい女の子から、「わっ、凄い!? 水島くんのお弁当可愛いね!! 私のお弁当はお姉ちゃんが作ってくれてるんだけど、今日のはご飯にハートが描いてあるの!! しかもお弁当に手紙まで入ってたんだよ!! 私のお弁当も見てほしいからこっちで一緒にご飯食べようよ!!」と無邪気な笑顔を浮かべるその子に手を引かれて一緒にお昼ご飯を食べたそうで、学校から帰ってきてから「よっしゃぁぁああああああ!! ありがとう、母さん!!」とリビングで
そんなことを思い出しながら、お弁当のラインナップを見詰める。
「ほう、大体いつもこんな感じなのか?」
「ええ、毎回凝ったお弁当を作ってくれるのはとてもありがたいのですが……」
「うん? 何か不満でもあるのか?」
「いえ、不満とかではないんですけど……」
言葉を濁しながら、自分でもあの母親の過剰なスキンシップに関してどう言えばいいか分からず言い淀んでいると、受付の方から「すみませーん、貸し出しお願いしたいんですけどー」と生徒の声が聞こえてきて、私が慌てて腰を浮かせると、「はいはーい、今から行くからちょっと待ってくれよー」と先生は片手で私を制して、ここは私が対応しとくから弁当食べてなとアイコンタクトを残して司書室を出て行った。
チラリと横目でガラス窓越しにカウンターを覗いてみると、生徒から本を受け取って手早く本のバーコードを機械で読み取って貸し出し作業をする先生の姿があった。
木村さんとのお昼を断って、自分に割り振られていた図書委員の仕事を手早く終わらせてから余った時間に司書室で昼食を摂っていたら、司書教諭の仕事を行いに来た夏海先生と遭遇し、一緒にお昼ご飯を食べることになった。
食事中も図書委員会の仕事や学校で困っていることはないかをさりげなく訊いてくれたりしてくれて、生徒想いの良い先生だと思う。
お弁当を食べながら先生の様子を窺うと、図書室を利用していた生徒達と他の利用者の迷惑にならないように図書室の入口のドアの端に寄って楽しそうに雑談をしていて、皆から凄く慕われているのが如実に伝わってきた。
倉橋夏海先生。
私や木村さんのクラス担任で日本史を担当している24歳の新人教師。司書教諭も務め、図書委員会の担当もしている。
そして、木村さんの幼馴染の倉橋さんのお姉さんだ。
セミロングにしたサラサラの髪、ほっそりとしているけれど引き締まったプロポーションの良い体、可愛いというよりもキリッとしたクールビューティっていう感じのかっこいい顔つき等、タイプは違うけれど容姿は妹さんとも全く遜色がないぐらい美人で、生徒と年齢が近いことや、男らしい言葉遣いだけど粗雑さもない優しい性格と堅苦しくない雰囲気が更に人気に拍車をかけていて、私達のクラスだけでなく他クラスの生徒からも慕われている。
……無類の酒好きで、酒瓶を水筒代わりにしているような呑兵衛だけど(普段は職員室の冷蔵庫に入れている)。
ちなみに木村さんは小さい頃から、「夏海姉! 夏海姉!」とめちゃくちゃ懐いているそうで、帰りのホームルームが終わった時によくじゃれつきに行く。
この前は、ふらふら~と亡者のような足取りで夏海先生に抱き付いて、
『夏海姉~、今日は苦手な数学の授業が2回もあってガソリン切れたから給油させて~』
『人をガソリンスタンドみたいに言うな。あと、勝手に私から給油するんじゃない』
『チューチュー』
『それ給油する時の音じゃないだろ!? 蚊かお前は!?』
『あー、夏海姉に抱き付いてるとなんかこう安心する。なんかこう母性に包まれている感じ~』
『そう言いながら私の胸を揉むんじゃない!! 胸なら自分のを揉めばいいだろう!!』
『チューチュー』
『コラッ! 口をすぼめて私の胸に顔を寄せるな!! 出る訳ないだろう!?』
『えー、だって私なっぱい大好きだし~』
『なっぱい!? 私のおっぱいに変な呼び名が付いている!?』
『夏海姉のおっぱい。なっぱい。……なっぱい始めました』
『冷やし中華始めましたみたいに言うな!! そんな変な名前を付けても出ないからな!?』
『ほっほっほっ、たとえ出なくてもその柔らかいながらも弾力のある巨乳を揉めれば儂はそれで良いんじゃよ』
『このエロジジイ!? あっこらどこを触って!? ……あ……やだ……っちょっと……そこぉはぁ……あっ、もうやめ……やめて……ひゃっ……あっ……そこは……よわっ……あっ……ああ……やめ……やめて……やめろっつってんだろ!! 揉むぞオラァァァァァアアアアア!!』
『ギャー!! 私のおっぱいが揉まれるー!?』
等々、普段の優しい夏海先生のイメージをぶち壊しにする木村さんの毒牙にかかった先生と乳を揉まれて悲鳴を上げている返り討ちにされた木村さんを遠巻きにする生徒達の、「木村さんと夏海ちゃんが乳繰り合っているだとっ!?」「ごちそうさまです! はっ、違う!? 早く止めないと!」「お馬鹿ッ! こんなの永久保存版よ!? しっかり目に焼き付けないと!!」「巨乳を持つ者同士のおっぱいの揉み合い……くっ! これでは水島さんの入る余地がないか!?」「木村さん×夏海ちゃん……いや夏海ちゃん×木村さん……はたまた木村さん×夏海ちゃん&そこでちょっぴり頬を膨らませてそっぽを向いているヤキモチ焼きの水島さん……白飯が進むわ!!」等々といった、耳を塞ぎてーと思いたくなるぐらい残念な話し声を聞く羽目になるという大惨事になった。妬いてないやい。ふんっ。
昔馴染みの木村さんの前では結構素が出るっぽい夏海先生からそっと目を離し、自分のお弁当を食べる。
うん、美味しい。
お母さんのお弁当はいつも美味しい。
そう、いつも通りだ。
だけど……。
いつも通りだけど……。
それでも……。
「……木村さん、ご飯食べたかな」
いつもお昼を一緒に食べるようになってから、私が少し用事で離れたりすると私が帰ってくるまでお弁当箱の蓋を開けずにふわぁぁ~と欠伸を漏らしながら、私が帰ってくるまでお昼を食べずに待っているあの友人はしっかりとお昼ご飯を食べたのだろうか。
4限目が苦手な数学で、今日は特に難しい応用問題のオンパレードで机に突っ伏して呻き声を上げていた彼女には図書委員の仕事で一緒にご飯を食べれないことは伝えたけれども、疲弊していて「……りょ、りょうかい……」とか細い声で返事をしてきたので、しっかり伝わっているのか今になって不安になってきた。
「あー駄目だ。一度気になると、落ち着かない」
ゆっくりと箸を置き、教室に残してきた友人のことを想う。
椅子の背もたれに体を預けながら、天井を見上げる。
そわそわと体がうずく。
あなたはどうしているの。
意味もなく両足をパタパタを揺り動かす。
何をしているの。
寒くもないのに両手を擦り合わせる。
ひとりぼっちじゃないよね。
胸が落ち着かない。
お腹を空かせてないよね。
心がフラフラする。
ちゃんと食べてるよね。
ああ、もう。
本当に困った人だ。
ふらふらする。
そわそわする。
もじもじする。
ゆらゆらする。
私の心はそんな調子。
貴女のことを考えていると、私はこんな調子なんだ。
ああもう、駄目だ。
駄目だ駄目だ。
駄目だ駄目だ駄目だ。
そんな人を好きになってしまった私は駄目だ。
そっと、息を吐く。
硬い机の感触を感じながら、私は体を前に倒して机に顔を伏せて、
「……木村さんの馬鹿」
「……ええっと、馬鹿でごめんね?」
すぐ側から聞こえてきた想い人の声に飛び起きた。
「ふぁっ!? き、木村さん!?」
「はいはい、ここにいますよ~」
木村さんが私の背後に回って、ほっぺたを私の頬にくっつけてすりすりしてくる。うわぁ~もちもちツルツルだ~。……じゃなくて!?
名残惜しさを感じつつもガバッと木村さんの両頬を両手で挟んで引き離して、ピシッと彼女の顔に指先を突き付ける。
「ど、どうしてここにいるの!?」
「いや~、ええっとお昼ご飯は一応食べて来たんだけど……」
頬を指先で掻きながらどこか照れているようにも見える木村さんの何やらモジモジとした挙動に首をひねる。
木村さんが照れてる? いや、これはなんか恥ずかしそう?
あまり彼女が見せない仕草にますます疑問符が浮かぶ。
一体どうしたのだろうか?
私が首を傾げていると、木村さんはポケットに手を突っ込んで何かを掴むと、そっとそれを私の手の中に収めた。
私がそっと手を開くと、そこに収まっていた小さなプラスチックの容器とそこに入っている物が目に入ってくる。
「……苺大福?」
「うん、苺大福。ええっとね……」
木村さんは背中の後ろを手を組み、気恥ずかしそうに頬を掻きながら、
「あの、水島さんって頑張りすぎちゃうところがあるからさ。図書委員の仕事に集中し過ぎてお昼ご飯ちゃんと食べてなかったらどうしようかなっとか、お腹空いてないかなあとか思ったりした訳でして……。もしそうなら、少しでもお腹に入れておいた方が良いと思うし、お花見の時に苺大福食べた時に凄く幸せそうに笑ってたから、あわよくばまた水島さんの笑顔が見れればなあ~とかそんな打算もあったりなんかして、春海からもう一個分けてもらったりして――」
等々、後半にいくにつれて言い訳がましくなってしまっているけれど、要するに私がしっかりとお昼ご飯を食べているか心配になってこうしてわざわざやって来てくれたということで……。
つまりは、私と同じことを考えていたということで……。
「……」
「――ええっと、つまり……って水島さん聞いてる?」
「……そっか」
「うん?」
「……私と同じこと思ってたんだ」
「……み、水島さん? どうしたの? なんか笑ってるけど?」
「……ふふっ、何でもない」
「え~、嘘だ~。だって、めっちゃ笑ってるじゃん」
「何でもないんですよ~だ」
木村さんが首を傾げながら、私にじゃれついてくる。
彼女の髪が私の肌に触れた。
彼女の視線が私と交差する。
彼女の手の温もりが伝わってくる。
今はこれで良い。
これが良い。
自然と頬が緩んで、自分でも嬉しそうな声が漏れた。
「ありがとう、木村さん。私、今すっごく幸せ」
……ちなみに貰った苺大福は珍しいハートの形をしていて、私がそれを頬張った時にどうしてかは分からないけれど、木村さんが凄く幸せそうな笑顔を浮かべていたのがとても印象的だった。
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