第15話 木村さんと倉橋さんのランチタイム

「アンタのお弁当って男の子みたいよね」


「……ほへ?」


 4限後のお昼休み。

 私が好物の唐揚げを頬張っていると、前の席にいる春海が私のお弁当に視線を注ぎながら、そう言い放った。

 今日は水島さんが図書委員の仕事で個人的に放課後までにやっておきたい仕事があるとのことで、お昼ご飯も食べずに足早に図書室に行ってしまったので、かねてからお昼に誘ってみようと思っていた春海を誘って、教室でランチタイムとしゃれこんでみたのだけど……。


「おふぉふぉのふぉみふぁいなおふぇんほぉう(男の子みたいなお弁当)?」


「唐揚げを口に入れたまましゃべるな」


 水島さんの席を借りて、私と向かい合って座っている春海に注意されてしまった。


「ふぁーい(はーい)」


 モグモグ、ゴックン。

 ふぅ、美味しかった。やっぱり唐揚げ好きー。

 机の上に置いていた水筒に手を伸ばし、ゴクゴクと麦茶で喉を潤して、自分のお弁当を見下ろす。

 焼きそば、鶏の唐揚げ、ハンバーグ、ミートボール、蓮根のはさみ揚げ等々……む~ん、そう言われると……。


「私のお弁当って男の子みたい?」


「みたい。男の子が食べたい物を詰めるだけ詰め込んだみたいな感じ。あと、全体的に茶色い」


「いや~、自分でお弁当作ってるとついつい自分の好きな物ばっか入れちゃうんだよね。あと、茶色い物って美味しいの多いし」


「野菜を喰え野菜を。アンタ、まさかもみじちゃんのお弁当もこんなのじゃないでしょうね?」


「えー、流石にそんなことないよー。野菜とかもちゃんと入れてるし、この間はご飯に桜でんぶでハートを描いて、お弁当を包む風呂敷に『お姉ちゃんは愛してるぜー♡』って手紙とかも入れてみたよ」


「……椛ちゃん、帰って来てからどんな様子だった?」


「んー、なんでかずっと『お姉ちゃん、お姉ちゃん!』ってヒナみたいに私の後ろをくっついてきてた」


「あー、なんか目に浮かぶわ。あの子、昔からお姉ちゃん子だったからね」


「えー、でも春海とかにもべったりじゃん。春海がうちに遊びに来てた時期なんて、あの子春海が来るまでずっとリビングをソワソワして歩き回ってて、ピンポンが鳴ったらダッシュで出迎えに行ってたよ」


「……それで、毎回アンタの家に行った時は椛ちゃんが必ず出迎えてくれたのか。……また、遊びに行った方がいいのかな(小声)」


 ブツブツと私から顔を背けて何かお悩みモードな春海ちゃんを眺めながら、私はお弁当のハンバーグを口に運ぶ。うん、美味しい。シェフを呼べい(私だけど)。

 私のお弁当はついつい自分の好きな物を入れがちで、お弁当箱も昔お父さんが使っていた物なので、余計男の子っぽく見えるのかもしれない。

 だけどまあ、こういう茶色系のお弁当はたまにで、基本的には野菜とか果物も入れたりしているので、野菜不足とかにはなってないと思う。

 肉系のお弁当にした日の晩御飯は出来るだけ野菜多めの食事にもしてるし。

 ……だけど、大体野菜多めのメニューだと、「お肉が食べたーい! ビーフ!ポーク!チキン!オアフィッシュ!」と子供みたいに駄々をこねるお母さんの対応が困るんだよねー。肉が食べたいのか魚が食べたいのかどっちだ。

 今日の夕飯の献立は野菜炒めの予定なので、まあとりあえず帰りにスーパーに寄って安い豚肉でも買ってきてお肉多めにしておけば、ブーイングも阻止できるかな。

 そんなことを考えながら、何気なしに春海のお弁当のラインナップにも目を向けてみる。

 この友人は実家家業の和菓子作りや、自分の好きな洋菓子作りの腕前は文句なしのピカイチで、中学の頃も自分でお弁当を作ってきていた覚えがあるけれど……。

 えーと、どれどれ……。

 ふむふむ、筑前煮……ほうれん草のお浸し……きゅうりの酢の物……かぼちゃの煮つけ……焼きさば……って、


「あー、またおばあちゃんみたいなお弁当作ってきてるじゃん。お肉も食べなさい。全くもう、木村おばあちゃんのお肉をあげるから、ちゃんと食べんしゃい」


「おいこら、木村おばあちゃん! 私のお弁当のご飯の上にハンバーグ・はさみ揚げ・ハンバーグ・唐揚げ・ミートボールの順で五重塔を築くな!! ていうか、凄いバランス感覚してるわね、アンタ!? 一切倒れる気配がないんだけど!?

 ええい、木村おばあちゃんは肉ばっか食べてないで野菜も食べなさい!」


「おおおっ、私のお弁当がみるみる内に健康的になっていく!?」


 互いに自分のおかずを分け合いながらギャーギャー言い合っていたけれど、無事に食事を終えて、それぞれお弁当箱を片付ける。

 結局色々文句を言っていたけれど、私が押し付けたおかずを一つたりとも残すことなく食べ終えて、「……やっぱ、アンタの料理っておいしいわね」と堂々とした態度で言ってくれるこの子はやっぱりいい子だな~と思った。

 ……中学3年の頃、私は結構辛いことがあって心がガリガリガリッと削り落ちるような痛みを感じていた。

 その辛いことがあった時に、家族以外で最も側で支えてくれたのは春海で、春海にも辛い想いをさせてしまった。

 だけど、この幼馴染は私のことを見捨てずにずっと一緒にいてくれた。

 恩返し……そんなものはこの友人は望んではいないと思うけれど、これから今までのありがとうをちゃんと返していかないとな思う。

 ひょいっと手を伸ばし、水筒のお茶を飲んでいた春海の頭をナデナデとしてみる。


「……何よ」


「えへへへっ、春海ちゃんのこと大好きだよーって念を送ってるの」


「着信拒否で」


「ひどっ!? 私のこと嫌いなの!?」


「普通よ、普通。大好きなんかじゃない」


「えー、そんなー!? 酷い! 私のことは遊びだったのね!!(結構大きな声が出た)」


「おいこら馬鹿!? 誤解されるようなこと言うな!!」


 水筒を力強く机に叩きつけ、私の髪をクシャクシャにしてくる春海はキョロキョロと周囲を気にしており、遠目にこちらを見ていたクラスメイト達が、「木村さんと倉橋さんの修羅場だと!?」「でも、木村さんには水島さんがいる筈でしょ!?」「まさかの三角関係!?」「木村さん×倉橋さん……いや倉橋さん×木村さんも中々……白飯が進むわ!!」等と何やら賑わっているのに気が付くと、春海の顔に何やら朱が差していく。


「ええい、この馬鹿楓!! アンタがあんなこと言うから変なカップリングが想像されてるじゃないの!! 風評被害よ、風評被害!!」

※私の髪は既にボッサボッサになってます。


「いやーん、やめてー、乱暴にしないでー。春海ちゃんったら、そんなに乱暴にしなくても私は貴女のことを愛して……痛っ!? ぶった!? グーで思いっ切りぶったよね!?」


 春海ちゃんのげんこつが降ってきたので流石に悪ノリが過ぎたと思い、ごめんなさいごめんなさいと謝罪を繰り返して何とかお許しを頂いたところで、春海は「ハァーッ」と疲れたご様子で溜め息をついた後、ふと何かを思い出したように鞄の中をゴソゴソとあさり、私の前に何かをポンッと置いた。

 それは小ぶりなプラスチックの容器に入ったハート型の苺大福で、容器を触ってみると保冷剤か何かである程度冷やされていたのか少しひんやりとしていた。


「これなーに? 可愛い形だね。……ハッ、もしや私への愛の告白!?」


「はっ倒すぞ」(スッと手を挙げる春海ちゃん)


「すみませんでした」(深々と頭を下げる私)


「ただのうちの店の新商品よ。今朝店の手伝いで作るの手伝った時に少し作り過ぎたから、アンタに味見でもしてもらおうかと思って持ってきただけ。他意はない」


「ふーん。そうなんだー」


 なんだ、私への愛情の印なのかと思ったけれども、どうやらそうでもないみたいだった。

 むーん、春海とは長い付き合いだけど、中々デレがないので少々寂しいぜ。

 でもまあ、春海のお菓子作りの腕はプロ級なのでこれも味見をするまでもなく美味しいに違いないのでありがたく頂戴しよう。

 私が苺大福を食べようと容器から苺大福を取り出そうとし、春海は私の感想なんか別に大して興味なんかないけどという感を隠そうともせずにスマホをいじっていると、他クラスの女生徒2名が廊下を歩きながら結構大きな声で話す声が聞こえてきて、



「ねえねえ、少し前から2組の倉橋さんの所の和菓子屋さんで新発売された『大切な人に贈るとずっと一緒にいられる願いの苺大福』って知ってる?」

「えー、何それ!?」

「大好きな相手に贈って、贈った相手がそれをちゃんと食べてくれたらずーと一緒にいられるんだって!」

「マジで!? 今度買いに行って、彼氏に絶対にあげる!!」

 等と、何やらひじょーうに素敵な情報を拡散しながら通り過ぎて行きました。



「……」


「……」


「……」(ニヤニヤ)


「……」(カァァァァァアアッと真っ赤っかになっている幼馴染)


「……」(苺大福を取り出す私)


「……ねえ、楓。それやっぱり返して……」


「パクッ」(問答無用で口に入れた)


「あああああぁぁぁぁぁあああああっ!!」


「モグモグ……超美味しい!! 愛の味がする!!」


「するか、んなもん!! 込めとらんわ!!」


「えーだって、するよー愛。その証拠に、私今凄く幸せだし」


「こっぱずかしいこと言うな!!」


「次お店に行ったら注文するね。『春海ちゃんの愛』箱買いするよ」


「そんな商品名で売っとらんわ!!」


「まあまあまあ、落ち着きなさいな春海。苺大福がなくても、私は春海ちゃんのことだーい好きだよ♡」


「ああああっ、もう!! アンタはいっつもそんなことを臆面もなく言うんだから!!

 もうもうもう!! の馬鹿!!!」


 普段は絶対に見せないような真っ赤に染まった顔で憤慨する春海ちゃんがテンパって、小学校の頃の私の呼び方に戻っていることに胸が温かくなってくるのを感じながら、私は彼女の作ってくれた苺大福を大切に味わったのだった。

 ……とっても甘くて、甘酸っぱくて、とっても幸せな味がした。




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