第14話 木村さんの勝負下着
「あっ、木村さんだ」
ある日の休日。
自転車で20分ぐらいの距離に位置するデパートのテナントに入っている本屋さんで好きな作家さんの新刊を購入してホクホク顔でお店を出たタイミングで、本屋の向かい側にあるフードコートの片隅の席に座っている木村さんの姿を見つけた。
手元には、フードコート内にある新鮮なフルーツをその場で搾りたてのジュースにしてくれるお店で購入したらしいオレンジジュースの透明な容器が置かれていて、時折それをストローでチューッとしながら、カバーのかかった文庫本に静かに目を落としていた。
学校では普段だらりとしていて覇気がない様子が目立つけれど、今は逆にそれが木村さんに物静かな文学少女という印象を周囲に与えていて、学校とはまた違った雰囲気を纏っていた。
そして、なにより……。
「き、木村さんの私服だ!」
そう、私服である。
普段の制服姿は見慣れているけれども、私服姿を見るのは初めてで、なんかこう不思議とテンションが上がった。
白を基調としたトップスに黒色のミニスカート、スカートの色と合わせた編み上げのブーツといった服装で、腰掛けている椅子には薄手の黒のカーディガンが掛けられていた。
面倒臭がりな彼女のことだから、きっと私服にも頓着せずに「着れればいいよ」というスタンスで適当にある物を着ているだけなのかなと思っていたけれど、全体的に見ても調和が取れていて、大人っぽい雰囲気を醸し出している。
一言でいえば、超絶可愛かった。
「か、可愛い!! 木村さん可愛い!!! スカート!! 木村さんのスカート!! ミニスカート!! 木村さんミニスカート履くんだ!? あああああぁ、もう良いなぁあああ!!」
至福だった。
間違えた、私服だった。
なんか興奮し過ぎて語彙もおかしくなって、完全に女子高生を視姦する不審者みたいになってしまった。
普段とは違った服装の木村さんを見ただけで、どうしてこんなにも心が高ぶるというか心臓がドキドキするというか、木村さんへの可愛いという気持ちが溢れ出すのかは分からないけれど、とにかく私服姿の木村さんという存在は私の心を余裕でオーバーヒートさせるだけの破壊力(防御貫通)を秘めていた。
しかも彼女の着ているトップスはダボっとしていたりゆったりとしたタイプの物ではなく、服にハリ感のあるタイプのようで結構体のラインが出ていて、具体的には胸の辺りが強調されていて彼女の大きなお胸が目立つタイプの物だった。
胸の大きな人はダボッとした感じのゆったり感のありすぎる服を着ると太って見えると以前テレビのファッションコーナーで見たことがあるので、木村さんももしかしたらそれを嫌ってあえてああいったタイプの服を着ているのかもしれないけれど、完全に目の保養……げふんげふん!! 目の毒! 目の毒になっていた。ごちそうさまです!
実際、周囲に視線を向けると、チラチラと木村さんの胸元をチラ見している男性や、あからさまに彼女の胸を見ながら「おおっ、あの子すげー良いな。ちょっと声掛けてみる?」「おお、いいね。かなりレベル高いし、いっとく?」とチャラい感じの大学生っぽい男の人が仲間の男の人とペラペラと喋りながら木村さんに話しかけるタイミングを窺っていた。
「……」
私はあえて彼らの視線を遮るようにスタスタと木村さんに近づくと、そっと彼女の肩を叩く。
「こんにちは、木村さん」
「うん? あれ、水島さん? 休日に会うなんて珍しいね、買い物?」
「うん、ちょっと買いたい物があって」
「へえ。私も買いたい物があって来たんだけどちょっとここで休憩してたんだ」
「そうだったんだ。休憩ってもう少しする?」
「いや、もうジュースも飲み終わるところだし、そろそろ買い物に行こうかなっと思って」
「そっか。それなら、私も一緒に行ってもいい?」
「別に良いけど?」
「ありがとう。それじゃあ、早速で悪いけれど一緒に行きましょう。さっさとここから離れましょう」
「ええっ、急にどうしたの水島さん? おおっ、どうして急に私と手を繋いでそんなに足早にここを離れようとするの? しかもなんか怒ってない?」
「いいからいいから怒ってない怒ってない」
「いや絶対何か怒ってる口調だよそれ。う~ん、変な水島さん」
自分でもかなり強引かと思ったけれど、木村さんの手を引いて一刻も早くこの場を去ろうとする私に手を握られながら、器用に片手で手荷物を素早く鞄にしまってフードコートを出た木村さんは、何が何やらという顔をしていたけれども、文句も言わず私の歩調に合わせて付いてきてくれた。
私がチラリと後ろを振り返ると、今まさに木村さんに声を掛けようと近づいてきていた大学生風の男性達が私に木村さんを掻っ攫われて完全に出鼻を挫かれて呆気にとられた顔で私達を見ていた。
そして木村さんはというと、「お~、限定バーガーだって。いいな~、また今度来た時にた~べよ。ポテトもセットで」等と通り過ぎたファーストフード店の店頭に置かれたメニューに描かれた新作ハンバーガーに目移りしていた。学校だけではなく、プライベートでもマイペースな人だった。
ギュッと手を握ると、木村さんの手の温もりが如実に伝わってきて気恥ずかしくなる。
だけど、少なくともあの男の人達の視界から木村さんの姿が消えるまではこの手を放したくはなかった。
この人はあなた達にはあげない。
この人は私の大事な人だから。
この人は私の大切な人だから。
「あげないもんね」
私は通り過ぎる店の商品にいちいち反応して足を止めそうになる木村さんの手綱を握りながら、デパートの奥へと歩みを進めた。
その後、木村さんと一緒にデパート内を歩きながら目に入ったお店でウィンドウショッピングを楽しみ(木村さんが気を遣ってくれたのかは分からないけれど、どうして私が強引にフードコートから引き離したのかや、私が少し不機嫌になっていた理由については全く触れてこなかった)、木村さんが買い物をする予定だったお店の前までやってきた。
しかしそこは、全く私が想定していなかったお店で……。
目に飛び込んでくる物には可愛らしいリボンや刺繡が施された物や、フリフリのフリルのついた物。
また、落ち着いた白の物もあれば、過激な赤、大人っぽい黒もあった。
ランジェリーショップ。
女性用下着を専門としたお店である。
多種多様なデザインのブラやショーツ等がマネキンを使って展示されていたり手に取りやすい場所に陳列されていて、男子禁制感をバリバリに放っていた。
おずおずと木村さんに視線を向けると、「うおー、色々あるね~」とこちらの困惑に気付くことなく間延びした声を出しながら手近な所にある下着類を物色していた。
まさか木村さんの買いたい物が下着だとは思わなかったので、面食らう形になってしまった。
下着選びに夢中になっている木村さんには悪いけれど、ちょんちょんと彼女の肩をつついて振り向いてもらう。
果たして私がここにいても良いのだろうか、場違いではないのかという思いが鎌首をもたげてきたので、一応確認。
「あっ、ごめんね勝手に選んでて。付き合ってもらってるし、水島さんも欲しいのがあったら私が奢ってあげようか?」
「いや、どこの世界にクラスメイトに下着を奢ってもらう女子高生がいるの。選んでいる間、私は席を外した方が良いのかなって思ったんだけど?」
「いやいや別に大丈夫だよ。ちょっと新しいブラが欲しくなっちゃてね~。ここのデパートに新しく女性物の下着のテナントが入ったって聞いたから来たかったんだ~」
「へえ~、新しいデザインのブラが欲しくなったの?」
「ううん、今使ってるブラが最近きつくなっちゃったから、もう少し大きいヤツが欲しくて」
「ヘエーソウナンデスカ」
「水島さん? なんかすっごい片言になってるけど大丈夫?」
「ダイジョウブダイジョウブオキニナサラズ」
ふ~んそうか。木村さんおっぱい大きくなったんだ。…………ふ~ん。
今まではその変化には気付いていなかったけれど、そう言われると初めて見た時に比べると少し大きくなっているような気がする。むう、私のおっぱいは苺サイズのままなのに、木村さんのおっぱいは更なる高みに昇ろうというのか。
「お~い、水島さん。公衆の面前で私のおっぱいをガン見しないように」
「えっ!? あっ、ごめんなさい!」
気付けば木村さんの隆起した双丘を間近で食い入るように注視してしまっていた。
慌てて飛びずさり、遅ればせながら友人のおっぱいをガッツリ羨望の目で見詰めてしまったことに頬が熱を持ってきた。ああもう、一体何をしてるんだろう私……。
だけど木村さんは気を悪くした様子もなく、商品のブラの質感やサイズを確かめながら、ショーツの方にも手を伸ばす。
「ブラとそれとセットでショーツの方も一応揃えておきたいんだよね」
「まあ、確かにブラだけじゃなくてそれに合うようなショーツも揃えておいた方が良いよね。上下で違うデザインやカラーだと違和感あるだろうし」
木村さんの下着姿は体育の時で見たことがあるけれど、ピンク系の可愛らしいリボンやフリルの付いた物が好きなようで、可愛いデザインのブラに包まれた本当にこの間まで中学生だったのかと思いたくなるくらい見事な深い谷間をこっそり盗み見る度に眼福がんぷ……綺麗だなあっと思ってますよ。ええそれはもう。別に他意はないですよ。……気怠げな木村さんは脱いでも凄かった。
だけど、この前の体育のときはワインレッドのかなりセクシーな下着を身に付けてきていて、更衣室中の女子がどよめいた大事件があった。本人は周囲の動揺には一切気付かずに、「今日の体育は創作ダンスか~。振付覚えるの面倒くさいな~」と大変ダウナーなテンション低めなご様子で着替えていたけれど、木村さんの近くで着替えをしていた女生徒なんかは、「……ちょっとトイレに」と何故か鼻を押さえたまま慌てて更衣室を出て行った。
そしてそれを見た木村さんは、「あれ? あの子体調悪いの? ちょっと様子見に行った方が良いかな?」と親切心を発揮して、出て行った女生徒を追いかけようとしたけれど、「待って待って待って待って!!」「木村さん、服!」「男子達を悩殺する気!?」「廊下が血の海になるから!?」と周りの女子達がどエロイ下着姿のまま更衣室を出ようとした木村さんを全力で死守したりと、一騒動があった。
あの時は木村さんのこのセクシーなお姿を男子共の網膜に焼き付けてなるものか!! という強烈な使命感に全女子達が心を一つにしていた感があった。
一応、体育の後で勇気を振り絞って普段とは違う下着だったね的なことをオブラートに包みながら本人に訊いてみたら、「ああ、あれ? お母さんに高校入学のお祝いに貰ったの。いつもと違う雰囲気の下着もたまには良いかなって思って着てきたんだ~」と何でもないような調子で笑いながら話していた。いや、どんな親だよ。
私が過去の事件を回想していると、木村さんは気になったらしいブラとショーツを何点か手に取り、店の中にある試着室を指差した。
「水島さん、とりあえず試着室にいこっか」
「試着するんだね。まあ、一応しておいた方が買ってからサイズが合わなかったことにもならないと思うから良いと思うよ」
「そうそう。それじゃあ、レッツゴー」
「はいはい。とりあえず私は、その間適当にお店の中を見て回ってくるから」
「いやいや、水島さんは私と一緒に来てもらわないと」
「どうして?」
「折角だから、水島さんに新しい下着を選んでもらおうと思って」
「ふ~ん、私が木村さんの下着を選んで……えっ?」
今、なんて言いました?
私が木村さんの下着を選ぶ?
ワタシガキムラサンノシタギヲエラブ?
……ボンッ!!
下着姿のあられもない姿の木村さんの姿を思い浮かべてしまって、頭が爆発しそうなくらい自分の顔が真っ赤になってしまったのが分かった。
プルプルと震えながら、提案者の木村さんを見遣る。
「な、なにゆえ?」
「いや~、折角だから普段自分ではあまり買わないような下着も試してみようかなっと思うんだけど、客観的な意見が欲しいっていうか~」
「そ、そんなこと言って! ならどうしてそんなにこっちを見ながらニヤニヤしてるの!?」
「いや~、やっぱり水島さんといると楽しいなあ~って思ってるだけですよ~」
「だったら、私の顔を見て凄く楽しそうに笑わない!」
木村さんは私をいじりながらケラケラと楽しそうに笑うと、
「それではただいまより、木村楓の下着ショーを開催致しまーす。審査員の木村さんは私がOKと言ったら、カーテンから首を突っ込んで感想をお願いしまーす」
と言って試着室のカーテンの向こうに消えて行った。
あっ、畜生逃げたな!
自由奔放すぎる行動に思わず頭を抱える。
そして、どうすべきか色々と考えた結果……。
「……ああ、もう仕方ないなあ!」
正直言ってどうしてこんなことにという思いで一杯だけど、ここで木村さんを残してお店を出ていくのは流石に良心が痛む。
木村さんの下着選びに協力するという選択肢しか残されていないのだ。
「よし、やってやる!」
「水島さ~ん、準備OKですよ~」
「ようし、かかってこいやー!!」
私は気持ちを切り替えることにして(ちょっとテンションおかしくなってきたけど)、周りのお客さんの視界にカーテンの中が入らないように注意しながら、試着室のカーテンを少しだけ開いて首を伸ばした。
「これはどう?」
「……うん、良いと思う」
「こっちはどうかな?」
「……はい、それも素敵だと思います」
「それじゃあ、これは?」
「……それも凄くお似合いです」
「……こっちは?」
「……とっても可愛いと思います」
「……水島さん」
「……はい」
「今にも爆発しそうなぐらいめちゃくちゃ真っ赤な顔で試着室の前で撃沈してるけど、大丈夫?」
「……大丈夫じゃないです」
水島雫轟沈。
超巨大戦艦木村丸の圧倒的な爆撃にあえなく敗北致しました。
試着室のカーテンの前で、もしかして39℃くらい発熱しているんじゃないかと思うくらい熱くなった顔をカーテンに押し付けて隠しながら羞恥に悶えていた。
新雪にように真っ白な下着を纏った清純さに溢れた凛々しい木村さん。
可愛らしいリボンやフリルのデザインが魅力的な、学校の着替えでよく見かけるピンクの下着姿の木村さん。
ひまわりをモチーフにした可愛らしいフリルが沢山付いた黄色のヒラヒラブラの木村さん。
水色の落ち着いた雰囲気のショーツを身に付けた時に、可愛らしい丸みを帯びたお尻の下着の食い込みをそっと直す木村さん。
爽やかなミントカラーの下着で豊かな胸を支えながらも、鏡の前で時折見せるキリッとした表情がギャップを誘って私の心を波立たせる木村さん。
レースが入ったオレンジ色のブラとショーツに身を包みながら、「ちょっと寒いね」と笑いながら身を縮めた時に、両腕が内側に寄って胸が寄せられて谷間がより深くなって巨乳が強調されて無自覚に私を殺しにきていた木村さん。
ラズベリー色の下着に着替えた時に、その下着姿を見詰める鏡に映った私の顔を見て、からかい混じりの笑みを浮かべながら、「水島さんの方が赤いね」と楽しそうに笑う木村さん。
すみれ色の大人っぽい下着に身を包みながら、口元に指を添えながら唇を舌で妖艶になぞって私のライフをガリガリ削りにくる小悪魔エッチな木村さん。
沢山のエッチな下着姿の木村さんが脳内メモリーに焼き付いて離れなくて、顔の火照りが全然収まってくれない。
断言する。木村さんはエッチだ。私なんかより絶対にエッチだ!
無駄な贅肉なんて一切存在せず、手足はほっそりとしているし、肌にはシミや肌荒れもなく
そして何よりお胸の破壊力が凄まじい。
あのおっぱいとそれを包み込む様々な色合いのブラが木村さんの魅力というか、彼女は普段意識していないだろう木村さんのエロさを底上げしまくっていた。
グラビアアイドルにも引けを取らないくらい均整の取れたナイスバディにあんな見事な双丘を備えている木村さんはヤバい。
エロかった。
どエロかった。
木村さんの体はめちゃくちゃエロかった。
しばらくは木村さんの下着姿を思い出して眠れぬ夜を過ごすことになることは確定になるくらい、超絶刺激的な姿のオンパレードだった。
やられた。
やられてしまった。
……完全に悩殺されてしまった。
心臓がさっきからバクバクと脈打って、ドキドキが止まらない。止まってくれない。
少なくとも、もう一度木村さんの下着姿を見たら、なんか鼻から真っ赤な物が出そう。
私が再起不能に陥り、「白……ピンク……赤……紫……色々な下着の木村さん。……うわぁ」とカーテンの生地に顔をうずめながら一向に顔を上げられない私の状態の見た木村さんはどこかばつの悪そうな声を漏らす。
「あちゃー、ちょっとやりすぎたかな……水島さーん、もう一度訊くけれど、大丈夫?」
「……ダイジョウブジャナイ」
「ごめんごめん、とりあえず一旦服着るからちょっと待っててね」
「……はい」
「あっ、一応カーテンレールを引きちぎるくらいカーテンに顔を伏せてるけど、カーテンが外れないようにだけ気をつけてね」
「……はい」
カーテンの生地越しに力のない返事をして、そのままカーテンから顔が上げられずにいたけれど、木村さんが試着していた下着を脱いで着ていた服に着替えるしゅるしゅるという衣擦れの音がカーテン越しに聞こえてきて、何やら余計心臓の音が早鐘を打ってきたので、仕方なくカーテンから顔を話し、後ろに2、3歩下がる。
そっと胸に手をやる。
……ドキドキバクバクしてる。
「木村さん……エッチだったなあ」
そう、エッチだった。めちゃくちゃエッチだった。
だけど……。
「後半から完全に私をからかって遊んでたよね」
今思い返してみると、木村さんは試着の途中から必要のないエッチな仕草が増え始めて、意味もなく前屈みになって胸元を強調したり、私が真っ赤になって照れる度に楽しそうに笑ったりしていることが多かった。
……私が照れる毎にめちゃくちゃ幸せそうに笑うのはなんかこそばゆかったけど。
だけど、一度そう思い至ると、なんかこうあれだ……。
「……このまま負けっぱなしは嫌だな」
散々私は照れさせられて、木村さんはそんな私の照れ顔を存分に鑑賞し尽くして勝ち逃げ。
……それはなんか悔しい。
反撃だ。
反撃してやる。
私は泣き寝入りするような女じゃないことを証明してやろうではないか。
「木村さんも照れさせてやる!」
そうと決まれば善は急げと、私は木村さんが着替え終わる前に動き出した。
「お待たせ……って、どうしたの水島さん? なんか、勝ち誇ったような顔をしてるけど?」
「ふふふっ、木村さん。私、木村さんに是非着てほしい下着を見つけてきたのです」
「へえ、水島さんのオススメか。いいね、どんなのどんなの?」
「それは……これです!」
私は店内を素早く動き回り(他のお客さんの邪魔にならない程度に)、「こ、これだ!!」という一品を探し出して来た。
それを試着室から出てきた木村さんの前にビシッと差し出す。
木村さんは私が持っているそれを見て、大きく目を見開いた。
そう、それは……。
「……Tバック?」
「そう、Tバック」
「……黒のTバックだね」
「そう、黒のTバック」
「……黒の紐パンタイプのTバックだね」
「そう、黒の紐パンタイプのTバック」
「……これはあれだね……結構エッチなヤツだね」
「そう、結構エッチなヤツ」
木村さんは私から受け取ったTバックを自分の目元まで持ち上げ、「おお、ほっそ。これってマジで下着なの?」と興味深そうに未知の下着を観察していた。
ふふふっ、流石にこれは木村さんも試せまい。
木村さんも中学から高校生になったばかりの女の子。
そんな子が、こんなにもアダルチーな蠱惑的な大人の女性が身に付けるタイプの下着はとてもじゃないけれど恥ずかしくて身に付けられない筈。
さあ、木村さん! 私に木村さんの照れ顔を見せておくれ!!
私は勝利を確信してニヤリと口元を歪め、木村さんの真っ赤な照れ顔という勝利の美酒の味に酔いしれようと木村さんの反応を窺う。
傍から見れば、同級生の女友達に紐パンTバックの下着の試着を勧め、下着のセットである黒のブラジャーを片手に握りながら、その羞恥の表情を堪能しようとほくそ笑むヤバい女がここに爆誕している訳だけども、木村さんの照れ顔を拝む為なら私はそれぐらいやったりますよ!
さあ、木村さんの反応は――!?
「ねえ、水島さん」
「なにかな、木村さん」
「水島さんは私にこれを是非着てほしいんだよね?」
「うん、その通り」
「私がこれを試着したところを見てみたいんだよね?」
「まあね」
「……ふ~ん、そうか。水島さんちょっと耳貸して」
「おやおや、どうしたのかな、木村さん?」
「いいからいいから、まあお耳を拝借」
「はいはい、なんですか?」
私は木村さんの前に近寄り、片手を耳の側に立てて聞き耳を立てる。
木村さんはTバックの下着をそっと私の目の前に片手で差し出し、そっと私の耳に口元を寄せて、
「水島さんのエッチ♡」
めちゃくちゃ楽しそうな笑顔でそう呟いて来た。
「ひゃいっ!?」
思わぬ反撃に私はギョッとして、木村さんを凝視すると、スゲー良い笑顔を浮かべた木村さんはクスクスと口元をプルプル震わせ、頬を緩ませながら私を指差す。
「あははははっ! だって、私にこんなエッチな下着を着せて、その下着姿が見たいんでしょ? もう、エッチだな~水島さんは♡」
「なっ!? えっ、ちょっとそんなつもりは……!?」
「あらあら、それじゃあ……」
木村さんはゆっくりと前屈みになり、服の上からでも分かる綺麗な胸を見せつけながら、クイっと私の顎を優しく持ち上げて、
「一体どんなつもりだったのかな、雫は? ねえ、私に教えてよ、雫♡」
イケないことをした子を叱るお姉さんのような大人っぽい女性らしさと、もっと私に照れて欲しくて仕方がないという欲望が混ざり合った妖艶な笑みを浮かべていた。
ボンッ!! ボンッボンッ!! ボンッボンッボンッ!!
「……きゅうぅ」
「あらあら、突然
「……ごめんなさいでした」
「おやおや~、急に謝ってどうしたのかな~」
「……もう許ちてください」
顔全体から蒸気が噴き上がってきそうなくらい真っ赤になった顔の凄まじい熱さを前に、まともに木村さんの顔を見る余裕ななかった。
甘かった。
木村さんは私をからかうことに関しては無類の強さを誇っていた。
反撃返しを喰らって再度轟沈した私の頭に何か重量感が加わった。
そしてそれは、優しく私の頭を撫でてくれた後に、優しく私の手を取って立たせてくれた。
その手の持ち主である木村さんは、「ごめんごめん、からかいすぎたね」と茶目っ気のある笑みを浮かべて私に謝罪する。
どうやら自分でもやりすぎたとは感じているらしい。
木村さんは私をからかうことは好きみたいだけど、私が本当に嫌がることまではしないので、とりあえずは追撃からかいが来ることないだろう。
私がそれを確信して、まだ赤みの引かない顔を見られたことへの気恥ずかしさを感じつつも、そっと安堵の溜め息を漏らす。
そんな私の反応を見て、木村さんもそっと身を引いてとりあえず試着した中から気に入った物を購入してお店を出る。
そんな風に私が考えていた時、
「それじゃあ、これ試着してくるからちょっと待っててね」
そんな爆弾を投下して、木村さんは私の持っていた黒のブラも掴んで、黒の紐パンTバックと共に試着室の中に戻って行った。
「……えっ? ええええええええええぇぇぇぇぇぇえええええ!?」
私は大慌てで試着室のカーテンを掴み中を覗き込もうとすると、にゅーと伸びてきた木村さんの両手で目を覆われて視界を奪われた!
「ちょ、ちょっと木村さん!? 何してるの!? それ試着するの!?」
「自分で勧めておいて、なんでそんなに焦ってるの?」
「いや、それは確かにそうなんだけどもっ!?」
「折角水島さんが私の為に選んでくれたんだから、着てみたいの」
「……ふぇぇえええええええ」
「だから、ちょっとお外で待ってなさい」
「……はい」
鼻先をほっそりとした指先で押されて、おずおずとカーテンから首を引っ込める。
そして、カーテンからそっと離れる際に、
「これ、私の勝負下着にする。見ていいのは雫だけだからね♡」
ほんのりと桜色に上気した頬で、そう私の耳元で囁いて、私の大好きな人はカーテンの向こうに隠れてしまった。
「……」
ゆっくりとその場を離れる。
そして、少し離れた位置にあった誰も使用していない試着室の中にそっと入る。
力なくその場に蹲る。
口元をしっかりと両手で覆う。
声が漏れないように。
他の人に聞こえないように。
そして……、
「うわぁぁあああああああ!! 反則だぁぁあああああああああ!!」
もう絶叫しそうなぐらい声が出た。
だけど無理だった。
とてもじゃないけれど、この胸の中に吹き荒れる気持ちを吐き出さないと死んでしまいそうになるぐらい心臓が破裂しそうなドキドキの嵐が止まらない。
「ズルいズルい、木村さんはズルい!! どうして、こんなにも私の胸を甘く焦がしてくるの!!」
目の前には鏡があるけれども、見なくても分かる。
今の自分が目も当てられないくらい、木村さんへの想いでだらしなく
私の心から全く離れてくれない。
いや、離れたくない。
そんなあの人のことを思い浮かべるだけで、自然と私の鼓動は高鳴って、頬が熱を帯びていくのだ。
ズルい人だ。
酷い人だ。
私の心を乱していく、困った人だ。
だけど。
それでも。
私は。
「……好きなんだよなあ」
木村楓のことが大好きなのだ。
その後、お店の人には申し訳ないけれど10分以上試着室に籠城してから木村さんの元に戻ると、おしゃれなハートのマークが描かれたお店の袋を抱えた木村さんが待っていてくれた。
「……買ったんだ」
「うん、買っちゃった」
「……どうだった?」
試着室に引き籠っていたので、試着した姿を見ることが出来なかった。
私が木村さんに感想を訊いてみると、
「う~ん、内緒♡」
そう言って、幸せそうに私の選んだ下着が入った袋をギュッと胸に抱きしめていた。
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