第13話 お姉ちゃんと妹ちゃん

「……暇だ」


 お風呂にも入ってパジャマに着替えてからベットの上にぐて~んとだらしなく寝転びながら、天井に灯る照明をぼんやりと見上げる。うっ、まぶちい。

 チカチカする目をしばたたかせながらゴロンと体を横向きにして、はあ~と吐息を漏らす。


「積んでいる漫画とか小説も読み終わったし、勉強は……まあ、今日のところは勘弁してあげようかな」


 最近の小テストの点数は一応ボチボチでんなあっていう感じの数字なので、勉強机に齧り付いてまで追い込みをしなくてもいいぐらいの成績はあると思う。

 近々ある中間テストに備えて復習とかはしておいた方が良いかなとは感じるけれども、今はお勉強モードではなくのんびりしたいわぁ~という気持ちが優勢なので、ここは欲望に堕ちていくとしよう。う~ん、私がもし天使なら怠惰の罪で堕天しそう。

 ベットに寝転びながら特に意味もなく足をパタパタさせながら、ふと窓を見てみると、ガラス越しに雲一つない夜空が広がっていて、綺麗な月が静かに月明りで町を照らしていた。

 壁に掛かっている時計は9時を過ぎたぐらいで、私がベット上でうにょ~んと体を伸ばしてみたり、うう~ん暇じゃ~とダラリ~ンとしている間に結構時間が経っていた。時間の無駄遣いも甚だしかった。我ながらぐうたら娘である。


「何かしようかな……。明日のお弁当のおかずとかはもう作り置きしてあるし……」


 ゴロンと体の向きを変えて仰向けになり、今度は照明の光を直視しないよう気を付けながら天井を見上げて、冷蔵庫に入れておいたおかずのことを思い浮かべる。

 中学の半ばまではお母さんにお弁当を作ってもらっていたけれど、母の日になんとなくお母さんの料理をしていた風景を思い出しながら試しに晩御飯を作って振る舞ってみると案外これが好評で、「ぐうたら娘だと思っていたけど、中々やるじゃない。これならまた食べたいから定期的に作ってくれない? あっ、この際お弁当も自分で作っちゃって。いや~、お母さん料理上手な娘を持てて幸せだわ」「えっ」というやりとりがあって以降、自分のお弁当とたまに晩御飯を作るのが私のお仕事に追加されてしまった。うげ~。

 でもまあ、家族からは味については好評を博しており、今日の夕飯時では我が妹ちゃんが「お母さんよりお姉ちゃんのご飯の方が美味しい」とニッコリ笑顔で発言してしまい、お母さんからほっぺたむにょーん、私から頭ナデナデされるというカオスな状況になってしまった。

 ちなみに妹ちゃんはその間、えへへへへっと何やら幸せそうな顔をしていた。むう、妹ちゃんにはMっ気の素養があるのかもしれない。

 お父さんはその様子を見ながら淡々とご飯を食べていたけれど、私が食器を洗っていた時、「……美味かった」と一言残してリビングを出て行った。

 でもそれを耳聡く聞いていたお母さんがダッシュで追いかけて行って、「ねえねえ、愛する妻の料理とどっちが美味しい!? ねえねえ!」「……ノーコメントで」「それって、もう楓の料理の方が美味しいって言ってるようなもんじゃない!」「いや、お前のは味が控えめで健康的で良いと思うぞ」「こんにゃろう薄味か! 私の料理はお味がさっぱりテイストでお気に召さぬというのか!」等何やら言い合う声(お母さんが一方的に絡みに行っただけだけど……)が聞こえていたけれど、チラッとリビングのドアを開けて廊下を見た時はお母さんがお父さんの背中に後ろから抱き付いていて、こんなもの慣れたもんだという感じでズンズンと進むお父さんに引きずられるようにしながら夫婦の寝室に引っ込んでいったので、別に険悪そうな感じはないみたい。

 その後は、明日のお弁当のおかずをささっと作って冷蔵庫にしまい、入浴も済ませてからベットにダイブして今に至る。

 なので、やることはやってしまった(勉強? 知らんなあそんな子は)ので、別段することはない。

 う~ん、どうしようか……。

 私がそんな風にぼんやりと考えていると、コンコンと控えめにドアをノックする音がした。

 おっと、こんな風に私の部屋を律儀にノックをするのはこの家には一人だけなので、すぐに誰が来たのか察しがついた。


「お、お姉ちゃん入っていい……?」


「はいは~い、どうぞ~」


「し、失礼します」


 ペコリと軽くお辞儀をしてから妹ちゃんが部屋に入ってきた。私の部屋は職員室か。


「おお~、可愛い妹よ。お姉ちゃんの部屋に何のご用かな?」


「ちょっと、お姉ちゃんとお話がしたいなと思って……」


「ではお姉ちゃんの前でこれまでの行いをお話しなさい。そして、何番のお姉ちゃんノートに記録しますか?」


「お姉ちゃんいつの間に神父さんになったの!?」


 さっきまでおずおずとした様子だった妹ちゃんがビックリした様子で目を白黒させていた。水島さんをからかうのも面白いけれど、妹ちゃんをからかうのも面白い。

 特に妹ちゃんは私が色々とリビングでゲームをしていると何故か私に引っ付いてきて、「……お姉ちゃんの側で見てていい?」と言って一緒にゲーム画面を見ているので、こういうゲームネタにも反応してくれるのが中々良い。……ただ、ゲームの内容に興味があるのかなと思えば、私の顔の方をじっと見ていたり私が振り向くと慌てて目を逸らしたりとなにやらよく分からない娘でもあった。なんか顔赤かったし。

 まあ、冗談はさておき。

 妹ちゃんはこうして時々、私の部屋にやってくる。別に特に用事はないみたいで、私とたわいのない話をしてから帰っていくんだけれども、今回もそんな感じかもしれない。


「ごめんごめん、冗談。お話したいんでしょ? さあ、お姉ちゃんの胸に飛び込んでおいで~」


 そう言いながら、ベットで仰向けになりながら両手をグッと伸ばして完全に待ちの姿勢で妹ちゃんを迎える体勢を整える。ベットから起きようかと思ったけど、ふかふかのお布団の魅力には抗えず、ヘイカモン!スタイルでいくことにした。

 妹ちゃんは、「お、お姉ちゃんの胸の中に……」と何やらモジモジとしていたけれど、意を決したのかベットの側まで歩み寄ると、「お、お邪魔します」と私の胸の中に遠慮がちにそっと体を預けてきた。……おお、なんかこの娘意外とおっぱいあるな。

 人見知りでいつも「お姉ちゃんお姉ちゃん」と私の側から離れようとせず、中学に上がったばかりで友達が出来るかどうか不安がっていた妹ちゃんだけど、いつの間にかすくすくと成長していたようで、なんか感慨深くなる。

 おっぱいは遺伝……ではないな。お母さんペッタンコだし。あの人、中学の時にブラジャーが合わなくなったので新しい物が欲しいと私が言ったら、私の胸と自分の胸を見比べながら、「……突然変異体」と呟いていた。絶対娘に使う言葉じゃないだろ。

 妹ちゃんのおぱーいの感触をパジャマ越しに感じながら、背中の中程まで伸ばしたサラサラの黒髪を梳いてあげる。


もみじの髪はサラサラだね~」


「お姉ちゃんの髪もサラサラだよ」


「そうだね~」


「この前ね、クラスの子が中学デビューって言って茶髪に染めて登校してきて先生に怒られてたの」


「おお~、中々思い切ったことする子だね」


「……お姉ちゃんはそのままでいてね」


「ええ~、どうしようかな~。茶髪のお姉ちゃんになっちゃおうかな~」


「ふりょーだふりょーだ」


 不良の歌を贈られてしまった。

 どうやら妹ちゃんはブラック楓ちゃんの方がお気に召しているらしい。

 う~ん、でも茶色い髪も可愛いと思うんだけどな~と、栗色の髪をした可愛らしい友人の顔を思い浮かべながら、不良の歌を続ける妹ちゃんの髪をいじいじする。

 不良不良とは現在進行形で言われているが、これでも親にも反抗していないし、妹ちゃんの中学のお弁当も作っているので良い娘だと思うんだけどな~。サンタさんも来てくれると思うくらい。

 ちなみに我が家のサンタさんは今も毎年娘の枕元にプレゼントを置いていくけれど、去年は私が床に置きっぱなしにしていた雑誌を誤って踏んづけてバランスを崩し、ベットで寝ていた私の腹に後頭部を結構な勢いでぶつけて転んだことがあった。   

 人生で初めて、「ごふっ!」という声を出して目を覚ました時、「やべっ! ずらかれ!」と盗賊のような捨て台詞を残して慌てて部屋から走り去っていくミニスカサンタのお母さんの背中を見た時は泣きたくなってきたのを覚えている。しかも結構似合っていたのが、なんか悔しかった。

 ……実際のところ、お母さんはかなり若く見えるのでたまに私と姉妹に間違われることもあり、その日は結構ご機嫌で夕ご飯が豪華になったりする。いいぞもっと間違えられろ。

 妹ちゃんと髪の触りっこをして遊びながらそんなことを思い出していると、妹ちゃんは私の方を見詰め、何やら幸せそうな感情を浮かべる。かわええのう。


「お姉ちゃんは学校でお友達出来た?」


「まあ、何人かはね」


「春海お姉ちゃんだけじゃなくて?」


「うん」


「女の子?」


「女の子だね~」


「可愛い人?」


「可愛いね~」


「好き?」


「好きだねえ」


「……ふうん、そうか」


 あっ、なんかほっぺた膨らんでる。


「椛は学校でお友達出来た?」


「小学校から一緒の奏ちゃん」


「いや、それ中学で出来た友達じゃないでしょ」


「うっ、それならええっと……」


 どうやら人見知りな妹ちゃんは新たな環境で友達作りに苦心しているご様子だった。


「……あっ、友達っていうか、私に頑張って話しかけてくれる男の子がいるよ」


「……ほう、男の子?」


「うん。水島くんっていうんだけど、前に放課後になってから先輩達が部活勧誘で新入生に声を掛けてたんだけど、水島君はなんか怖そうな先輩に結構強引に入部してよって言われてて困ってたの。

 そのままだと、入りたくもない部活に入らされそうだなって思ったから、待ち合わせしてた感じで「水島くん、お待たせ。放課後に私の部活体験に付き合ってもらってごめんね。私一人だと不安で。すみません、先輩。私この後、水島くんと気になっていた部活の体験入部に付き合ってもらう約束をしていたので、失礼します(緊張して超早口)」って言って、彼の手を引いてその場から離れたの」


「へえ〜。……うん? 水島くん? ……弟さんっているのかな? それともたまたま同じ名字なだけ?」


「? その後は下駄箱まで一緒に逃げて、勝手なことをしちゃったことを謝った後で、遅れてやってきた奏と一緒に帰ったよ」


「その時の水島くんの反応は?」


「なんかボーっとしてた。顔も今まで見たことないくらい真っ赤だったから、どこか体調でも悪かったのかな? とにかく逃げることばっかり考えてたから、謝っている間もうっかり水島くんの手を握りっぱなしだったけど、段々と熱くなってくるような感じで、私が気付いて手を離した時にはどうしてか残念そうな顔してた」


「……その後の水島くんは?」


「私と話すときはなんか顔が赤くなるし、緊張しているみたいな感じになるけれど、それでも私に何度も話しかけに来たり、男女合同の体育の授業で水島くんがリレーで1位になった時に私がこっそりと拍手したら周りの人にバレないように小さくガッツボーズしてた」


 惚れてますやん。

 完全に惚れてるしょ。

 友達を作るどころか、無自覚に1人の男の子のハートを完全にぶち抜いている。


「水島くん、体調悪いのかな? 無理してないと良いんだけど……」


「いや、彼は無理してでも好きな娘と一緒にいたいんだと思うけどな(小声)」


「お姉ちゃん、何か言った?」


「ううん、何でもない。とりあえず椛は、水島くんと仲良くしてあげてね」


「??」


 人見知りで人付き合いは苦手だけど、誰かの為に勇気を出して頑張った結果、その勇気がある男の子に恋心を抱かせてしまったことなど露知らず、私に髪を梳かれながら幸せそうに目を細める妹ちゃんの顔を見ながら、私は妹ちゃんが満足するまで可愛がり続けたのであった。

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