第12話 クッキー

「はい、これ。この前の苺大福の入っていた容器」


「あっ、ごめんねわざわざ」


「こちらこそ、ご馳走様でした。デザートに食べた桜餅も美味しかったよ」


「それは良かった」


 お花見の翌日のお昼休み。

 授業が終わって、生徒達が仲の良い友人達と席をくっつけて雑談をしながらお弁当箱を取り出したり、購買のパンの争奪戦に参戦する人や学食組の人達が連れ立って教室を後にするのを尻目に、私は隣のクラスに足を運び、教室の入口でタイミング良く出くわした倉橋さんに昨日家でしっかりと洗ってきた容器を返却する。

 倉橋さんは快活そうにニカッと笑って、容器を学生鞄の中にしまい込みに自分の席に向かう。

 その途中で、「春海~、一緒にご飯食べよ~」「了解。でも、今友達来てるから先に食べてて」「倉橋さん、また倉橋さんの苺大福が食べたいから今度持ってきてよ」「はいはい、1個150円ね」「金取るのかよ!?」「そりゃ勿論、商売ですから」と次々とクラスメイト達から話しかけられていて、一人一人にしっかりと手を振ったり会釈を返し、時には冗談も交わしていた。

 どうやら倉橋さんはこのクラスの人気者らしい。

 その人気ぶりに驚嘆すると共に、それも当然だろうと一人納得する。


「うわぁ、流石さすが学校の美少女ベスト10入りしているだけはあるなあ」


 この学校の男子生徒達の間でこっそりで作成されている美少女ランキングという物があるらしくて、倉橋さんはそこに名を連ねている屈指の美少女なのだ。

 クラスの男子達がコソコソと話していた(女の子達に順位付けをしているのは、女子達への心象を悪くすることは理解しているようだった)のを偶然小耳に挟んだ程度なので、詳しいランキングのメンバーの内訳は数人程度しか知らないけれど、倉橋さんは運動神経もプロポーションも良く、人当たりも良くてお菓子作りのスキルも抜群な美少女。

 男子達が憧れというか、好意の対象として彼女をランキングに入れているのも納得してしまう。

 事実、彼女お手製の苺大福は勿論、木村さんがこっそりとデザートに出してくれた桜餅もとっても美味しくて、二人で美味しい美味しいと言いながら桜を見上げた時間は宝物になった。

 倉橋さんには公園で別れる寸前に、「……木村さんとはどんな関係なの?」と訊くつもりが、優しい彼女に嫉妬の情を抱いてしまっていた後ろめたさがストップをかけてしまって訊けずじまいに終わった。

 その後で木村さんから幼馴染の関係性を説明してもらったから、結果的にあの場で直接倉橋さんに聞き出す必要性はなかったけれど、彼女と木村さんの仲を羨んであまりよろしくない感情を抱いてしまったのは確か。

 だから、罪滅ぼしではないけれど苺大福のお礼も兼ねて彼女に渡す物がある。

 スカートのポケットに手を入れ、クシャっという包みの感触を確かめながらゆっくりと気持ちを整える為、深呼吸をする。

 スゥーッと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 ……よし、いくぞ!

 鞄の中に容器をしまった倉橋さんが戻ってくると、私は意を決してポケットの中の物を取り出す。


「倉橋さん、これ受け取ってください!」


 私が唐突に差し出したのは、手芸屋さんで見つけた可愛らしいリボンで飾り付けた小さな紙袋だ。

 倉橋さんは目を白黒させながら紙袋を指差す。


「ええっと、それは?」


「あ、あの、この前の苺大福のお礼っていうとアレかもしれないけれど、お返しにと家でクッキーを作ってきたので、もし良かったら食べてもらえると嬉しいんだけど……」


「マジ!? 水島さんの手作りクッキーなのこれ!? 貰う貰う!」


 目をキラキラとさせて、ひょいっと私からクッキーの入った袋を大事そうに受け取ると、その場で小躍りしそうなくらい大喜びな倉橋さんに逆に私の方が戸惑ってしまうぐらいだった。

 ツンツンと倉橋さんの肩をつついて、小声で彼女の耳元に囁く。


「あ、あの、そんなに嬉しいの?」


 私がそう言うと、倉橋さんはさも当然と言った様子で元気よく頷いた。


「勿論! 私、お菓子作りは好きだけど、他の人から手作りのお菓子貰った経験ってあまりないんだよね~。だから、とっても嬉しい! ありがとう、大事に食べるね」


「そ、それなら良かった」


 ホッと安堵の溜め息が漏れる。

 正直な所、お菓子作りが得意な相手に手作りのお菓子を渡すというのは結構ハードルが高いのでは? っと昨晩既にクッキーを焼き終わった後に思い至って、うわぁ~どうしようと頭を抱えてしまったのだけれど、作って来て正解だったみたいだった。

 クッキー作戦の成功を、背中の裏に隠した両手をグッと握り締めて、喜びを噛み締めつつ思わず頬を緩めていると、教室の隅でお弁当を食べていた男子のグループがこっそりとこちらを見遣りながら、「やっぱりいいよな~」「ああ、美人だしお菓子作りも上手」「付き合えるなら付き合いて~」「嬉しそうな顔もすげー可愛いし」等とひそひそと話していた。


「……ふ~む」


 私は視線を正面に戻して、クッキーの袋を「お昼食べてからおやつ代わりに食べるね」とポケットに入れた倉橋さんの整った顔を見遣る。

 うん、やっぱり美人さんだった。


「……やっぱり男子達もそう思うよね」


「うん? 何が?」


「いや、倉橋さんは美人だしお菓子作りも上手だし、笑った顔も素敵だから、男子達はきっと倉橋さんと付き合いたいだろうなあ~って」


 私がチラリと男子グループ達に気付かれない程度に視線を向けたことで、倉橋さんも男子達の羨望の的になっていることに気付いたようで合点がいったという面持ちになったけれども、すぐに何故かこちらを困り気味に見詰めながら、


「……いや、あいつらが話してるのは美少女ランキング上位にランクしている貴女のことであって、手作りお菓子をいじらしい表情で渡した後の、さっきの内心で喜びを噛み締めてる感が隠しきれてない笑顔にときめいているんだろうということをこの娘は全然分かってないみたいだけど、言わない方がいいかな(小声)……」


「? 倉橋さんどうしたの?」


 何やらボソボソと、この困ったさんめっ、といった視線を私に向けていた倉橋さんの言いたいことは何だったのか私には分からず小首をコテンと傾げて、疑問符を浮かべるしかなかった。







 倉橋さんにクッキーを無事に渡し終わり、自分の教室に戻ると、自然と彼女の方に目がいく。最近はずっとこんな調子だった。……好きすぎるのかなぁ。

 木村さんは教室の一番後ろの窓側の席。

 漫画やアニメだとよく主人公が座っている座席だ。

 そして、その左隣が私の席だった。

 テクテクと自分の席に向かう。ただそれだけのことなのに、彼女の側に近づいていくと思うとやっぱりドキドキとしてしまう。ああ、席替えは当分はしないでほしいな。

 自分の席に辿り着く。

 だけど、そのまま椅子には座らずに、そっと木村さんの横に立つ。

 開かれた窓から吹き込む風がカーテンを揺らし、そのヒラヒラとそよぐ影が木村さんの横顔に陰影を落とす。


「……すぅ、すぅ」


 眠っていた。

 机の上に両腕を交差させ、その上に自分の顔を横向きにして横たえ、丁度私の方を向くような形で、スヤスヤと穏やかに小さな寝息を立てながら木村さんが眠っていた。

 4限目終わりに、「倉橋さんにクッキーを渡しにいってくる」と言ったら、「了解~。お土産に苺大福沢山貰ってきてね~」「わらしべ長者じゃないから」等といったやりとりをしてから10分も経っていないのに、よくもまあ寝入りが良い。

 クラスの人達も木村さんを起こさないように気を遣ってくれたらしく、普段は木村さんの席の近くでお弁当を食べながら談笑している女子グループも離れた席に移って食事を摂っており、なんだかんだで愛されてるよな~この人という感じなのであった。

 そんな、意外とクラスでは愛されキャラな木村さんの寝顔の側には私のお父さんが仕事の日に持って行っているような飾り気のない無骨な黒色のプラスチックのお弁当箱が置かれていて、その蓋は閉じられており、透明なケースに入ったお箸にも汚れは見当たらなかった。


「……先に食べててもいいのに、待っててくれたんだ」


 普段は面倒臭そうというかやる気をどこに置いて来たのかと思うぐらいのんびりとしていて、授業中も船を漕いでいることが多いし、図書委員会の時にも眠そうにしていたりしている。……お弁当の時間になると結構起動していることが多いけどなあ。

 だけど、こうして私の帰りを待っているうちに眠気に抗えずに眠りこけている姿を見ると、何やらこう胸がムズムズとしてきて、落ち着かなくなる。

 ゆっくりと彼女に顔を近づける。

 彼女が待っていてくれたのなら、待たせてしまった私が起こしてあげないといけない気がした。

 この寝顔をじっくり時間をかけて独占したい気がするけれども、律儀に私を待っていてくれた木村さんにそれをしてしまうのは何か駄目なような感じがする。

 そっと、彼女の肩に手を乗せて軽くゆすってみる。


「お~い、木村さん」


「……ううん」(小さく身じろぎするも起きない)


「お~い、美少女ランキング1位の木村さ~ん」※ガチです。


「……うう~ん」(起きない)


「き・む・ら・さ・ん」


「……ううん、あと5時間」


「単位がデカすぎるよ。せめて分にして」


「うう~ん、眠い~」


 木村さんをゆすってみるも、割と熟睡気味なのか中々起きそうな気配がない。

 あと、口元から涎が出てる。


「むう、仮にもランキング1位の人がこんな風に涎垂らしてガッツリ寝てるのはどうなんだろう」

 

 気怠げだけど、容姿は抜群だし、体育の授業とかでもチームの誰かを助けたりとかする時は物凄く機敏に動くし、誰かが困っているとそっと手助けをしてくれて、そのことを自慢げにすることもなく、ただ自分がやりたいからやっただけという感じで、すぐにまた欠伸を漏らしながら気怠げモードに戻るけど、そのギャップが良いらしい。私も良いと思う(強調)。……ちなみに本人はそういうランキングとかには全く興味がないので、自分がランキングの頂点に君臨していることは知らないみたい。

 ……クラスで行動が読めない子ランキング堂々1位なのは知っているみたいだけど。


「もう少ししたら、もう一度起こしてみようかな」


 時間を置いてから再トライすることにして、一旦自分のお弁当箱と水筒を取り出そうと自分の席に向き直った時、


「えへへへ、水島さ~ん、一緒にご飯食べようね~」


 完全に寝言だと分かる口調だけれども、なんか凄く幸せそうなトーンな声が背後から聞こえて来た。

 バッと振り返る。

 寝ている。

 幸せそうな笑みを浮かべていて眠っていた。


「……はあ、全く」

 

 眠っていてもなお、この人はどうしてこう私の心を搔き乱すのだろう。

 でも、何故かそれが心地良いと感じるなんて……。


「……毒されてるなあ」


 そう、毒されている。

 だけど、この毒に溺れていたいと思ってしまう自分は結構重症だなあと思う。

 自分の机を持ち上げ、そっと彼女の机にくっつける。

 どうせ起こさないといけないのに、彼女を起こしてしまわないように気を付けながら。

 椅子も移動させて、彼女と隣り合って座る。

 眠り続けている彼女の寝顔を眺めながら、そっと一言だけ、自分のわがままを零してみる。



「楓、一緒にご飯食べよう」



 そうやって、普段は照れくさくて呼べない彼女の名前を一言だけ呼んでから、私は木村さんが起きてくれるまで彼女の名字を呼び続けた。

 

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