第11話 お花見
私と水島さんの熱愛報道(水島さんには真っ赤な顔で否定されたけど……)に終始アワアワしていた水島さんだけど、私のほっぺたをむにょーんむにょーんと伸び伸びしていたら少しずつ落ち着いてきたようで、若干頬の赤みが引いた辺りで私のほっぺたを摘まんでいた手を放してくれた。……う~ん、ヒリヒリする。でもまあ、自業自得なので文句は言うまい。
プリプリプンプンとご機嫌斜めな水島さんはというと、私と一緒に水島さんをからかっていた春海から苺大福を「はいお詫びに、あ~ん」とされると、反射的にパクッと口にしていて、「こんな賄賂に私は屈しは……なにこれ、めちゃくちゃ美味しい!?」と買収済みだった。私の友達ちょろすぎないかね。
ハムハムと苺大福を頬張りながら、「甘ーい」「美味しーい」「さいこーう」の3単語しか発しない苺大福大好き娘になってしまった水島さんが春海は大層お気に召したようで、
「その苺大福、一応私が作った奴なんだけど、ここまで喜んでくれると職人冥利に尽きるね。ねえ、楓。この子、うちの娘にしていい?」
「駄目。その子は私が予約済みだから」
「ええ~、そんなこと言わなくていいじゃない。三食昼寝付きだよ。ちゃんとお世話だってするから」
「そんなこと言っても、結局お世話するのはお母さんなんだからね。春海ちゃん、ちゃんとお世話出来るの?」
「はいはーい、ちゃんとお世話できるから飼ってもいいでしょ、楓おかあさーん?」
「ふふ~ん、だ~め♡ その子はわ・た・しのだから♡」
「ちょっとちょっと!? 人をワンちゃん猫ちゃん扱いするのはやめて頂きたいんですけど!? あと、私は木村さんの物でもないからね!?」
私と春海が小芝居に興じていると、両拳を上げてお怒りを表明する水島さんが割って入ってきた。あっ、ほっぺの赤みが戻ってる。照れてる照れてる。愛い奴よのう。
水島さんはブンブンと両手を振るいながら、「今日はお花見に来たんだから、当初の目的に戻りましょう! ほら木村さんはおつまみとやらの準備! 私も買ってきた物出すから。あと、倉橋さんは木村さんとのテンポがどうしてそんなに合いすぎるのかが気になるんだけれども、とりあえず苺大福の差し入れありがとう。容器は洗ってから、明日学校で返す感じでいいかな?」と私にはお花見の準備を促し、春海には苺大福のお礼をする。うーむ、なんだろうこの格差社会。
それから、何故かこう水島さんを春海に少し取られてしまったようなちょっとした寂しさみたいなものも胸に去来して……。……おや、私って意外と嫉妬深いのか?
そんな一抹の寂しさとモヤリンさを感じながら、自転車の前かごに入れておいたおつまみを取りに向かい、重みを感じるビニール袋を持ちながら戻ってくると、
「それじゃあ、容器はまた明日返してもらうってことで。私はそろそろ店番に戻らないとだから。また明日学校でね、水島さん」
「うん、分かった。あっ、それからあの、そのああう~ん、ええっと……」
「? どうしたの? 何か訊きたいことでもある感じ?」
「ええっと、ううん、なんでもない。大丈夫大丈夫。また明日学校で」
「そっか、了解了解。あっ、あといつでもうちの店に遊びに来てね。あの馬鹿も誘っていいから」
「あはははっ……。うん、ありがとう。木村さんも誘ってみる」
「ま、いつでもいいから気楽にね。それじゃあ、また学校で」
すっかり水島さんのことをお気に召したご様子の幼馴染が私をナチュラルに馬鹿呼ばわりして公園を後にしていったところだった。おのれ、次に学校で遭遇した時は苺大福のレシピを聞き出してやる。苺大福大好きモグモグ水島さんをまた鑑賞する為に。
水島さんはダッシュで和菓子屋に帰投する春海に手を振って送り出すと私に向き直り、
「それじゃあ、始めようかお花見」
そう言って、公園の隅に咲き誇るピンク色の花々の下でニッコリと楽しそうに笑った。
だけど、どこかその笑みに少しだけ翳りが見えたのは多分気のせいなんかじゃないと思った。
桜の木の根元に、鞄の中に入れておいたレジャーシート(水島さんとお花見をする為に家の物置から引っ張りだしておいた)を広げて、桜の木の方向を向きながら水島さんと隣り合って座る。
両者の間にはそれぞれ商店街で買い揃えてきたおつまみがドドンッと鎮座しており、私はドヤッと胸を張り、水島さんはジト~ッとした目を私の購入物に注いでいた。
水島さんが買ってきたのは三色団子(春海の家の商品ではなく、商店街にある別の和菓子屋で買った物みたい)にパーティー開けにしたスナック菓子、ペットボトルのお茶という、この後夕飯も控えているのでそんなに食べ過ぎないようにしようという配慮も見受けられるボリューム量に抑えたラインナップ。
そして、私が買ってきたのは……ふむ、やはり中々ナイスと言っていいんじゃないでしょうかな。
自信は満々。ふっ、我ながら自分の見立て力が恐ろしいぜ。
しかし、そんな私の思いとは裏腹に、水島さんは私の用意したおつまみを指差して、何故それを買ってきたの?といった表情をしていた。
「ねえ、木村さん……」
「なにかね、水島くん」
「いや、くん呼びじゃなくていいから。男の子にスタイルチェンジはしていないので」
「水島ちゃん」
「ちゃん付けは……悪くないけれども……なんかしっくりこない」
「水島殿」
「それは武士モードになった時でいいです」
「雫」
「あばばばばばばばばばばばば」
あっ、やばい壊した。
「みみみみみみみみみみ水島さんでいいから!」
桜色を通り越して林檎色になった水島さん。お花見も良いけれど、この娘の表情豊かというか色彩豊か?(私といる時は桜色や赤色が多い気がするけれど)なお顔を見ている方が楽しいような気がしてきた。お花見ならぬ水島さん見。うん、年柄年中楽しめそう。
「分かった分かった」
「本当に分かったの?」
ジトッと信用ならんといった様子でこちらを胡乱げに見返してくる水島さん。
ふむ、色々とからかいすぎてしまったせいか、警戒されているっぽい。反省せねば。
「ちゃんと分かってるって」
「……それなら、いいけれど。はい、それじゃあ私のことはなんて呼ぶんでしょうか?」
「みみみみみみみみみみ水島さん」
「確かに私それ言った! けど、それじゃない!」
「これじゃないの?」
「これじゃないの」
「これじゃないのか」
「これじゃないのです」
「そっか、それじゃあ」
スーッと息を吸い込み、
「し・ず・く」
※《メニュー名》:水島さんの耳元で軽く息を吹きかけながら甘口風味で
「あばばばばばばばばばばばばばばば」
やっぱり反省はしない。だって、可愛いんだもん。
……ちなみに時間経過(結構かかった)で回復した水島さんにほっぺたを再びむにょーんとされてしまった。
それから、私の買ってきたおでん・焼き鳥・枝豆・炭酸飲料(ビールみたいな泡が出るやつ)は、「木村さんって女子高生の皮を被ったオッサンなの?」と評判が悪かった。おいしいのになあ~。
桜の花びらが時折ヒラヒラと舞い降りて、私達の髪や肩に不時着する。
春はまだ続くけれど、この桜達にとってはもう春も、自分達が精一杯花を開かせる時間は既に終わりに来ているのだろう。
髪に引っかかった花びらを指先で摘まみ、ふぅ~と軽く息を吹きかけると、再びヒラヒラと回りながら地面に落ちていく。
春になればどこにでも転がっていて、何度でも見た光景だ。
けれど、今年の春は違う。
彼女の買ってきてくれた三色団子を頬張り、もっちりとした食感と優しい甘さに舌鼓を打ちながら、横目で隣に座る友人を見遣る。
私の買ってきた焼き鳥をどこか気もそぞろといった様子で口に運びながら、「……おいしい」と呟いた彼女の髪に付いた桜の花弁がまるで彼女用に作られた髪飾りのようで、とても似合っていて可愛らしかった。
水島雫。
私が高校に入学してから出来た友達。
ナンパに遭っているのを助けて、図書委員会でも一緒に活動して、そして今こうしてお花見をしている。
コロコロと表情が移り変わって、焦ったり怒ったり照れたり、色々な感情を見せてくれて、彼女と過ごす時間は中々飽きない。……なんか、怒らせたり照れさせたりさせてばかりだけれど、そこはまあなんとか平にご容赦を。
楽しいなーと思う。
一緒に居たいなーって思う。
そんな風に思う相手が自分にも出来た。
幼馴染の春海のことも大事だけれど、この娘と一緒にいる時間はまたどこか違った感じがして……。
そんなことを考えると胸元がムズムズして、足元が落ち着かなくて、お行儀悪くあぐらをかいていた足を伸ばして少し内腿を擦り合わせる。
落ち着かない。
体が。
心が。
そわそわだ。
ふわふわだ。
ぽかぽかだ。
不思議な感じだ。
自分の気持ちが定まっていなくて、実体を持てずにいる。
このままでは、この変な心地がその内どこかに消えてしまうのではないかと思うと焦りという気持ちが湧いてきてより一層落ち着かない。この気持ちは簡単に消えてしまうと、何やら後悔しそうな類のような気がする。
う~ん、なんだろうなあ。なんなんだろうなあ、こりゃ。
こんな気持ちをどう整理すればいいのか。
多分、これは学校では教えてくれない。
自分自身で探してみないと、自分自身で答えを見つけるのか、後から遅まきに気付くものなのかもしれない。
答え合わせがいつになるのかは分からないけれど、この気持ちが何なのかはまたどこかで考える時間を作ってみよう。
でも、まずは先にやることがあった。
お団子の串を紙のトレイにそっと置いてから、ゆっくりと手を伸ばす。
そして……、
「さっきから何を妬いているのかな、この娘は」
ぷにっと、水島さんの頬をツンツンとしてみるのだ。
「ほえ? き、木村さん?」
突然、私にほっぺたをつつかれて目を白黒させる水島さんは完全に戸惑っていて、さっきまで私のことが目に入っていなかったかのようだった。
……なら、私のことをもっと見てもらおう。
ツンツンをやめて、そっと水島さんの頬を優しく撫でる。
柔らかかった。スベスベだった。良い感じだった。
そして、彼女の頬が段々と熱を帯びてくる様子が私の掌からじんわりと伝わってくる感覚に嬉しさと、私に触られてこんな反応をしてくれるこの娘がとっても可愛かった。
だからこそ、訊いておきたいのだ。
「春海と別れてから水島さん、どこか上の空みたいだけど」
ピクンッと彼女の肩が上がった。
分かりやすい娘だ。
「い、いや、あのその……」
「私が春海と話していた時、水島さん、なんとなくだけど寂しそうに見えた」
「さ、寂しそう……」
「そんな感じだったなあ~って、思った。春海が帰ってここで食事しながら、私があの娘と幼馴染で昔から付き合いがあるってことを話した時に、『へえ、そ、そうなんだ』って返した後に小さく、『……良いなあ』って言ってたの聞こえてたし」
「えええっ!? 聞こえてたの!?」
「うん。その後も、春海の話題になるとなんか気落ちしてる感じになって、指先も結構いじってたから、もしかしてそうなのかなあって思ったんだけど……」
「うわぁぁぁああ……恥ずかしい」
水島さんは軽く両手で顔を覆って、あちゃ~って感じになってしまう。
……やりすぎただろうか。
……それとも私が勘違いしたのかな。
両者どちらか、もしくは両方共にでもあったら流石に私も反省した方が良い。
傷付けたいんじゃないのだ。
悲しい気持ちにさせたいんじゃないのだ。
そんな気持ちが少しでも伝われば良いと、桜の花びらがくっついた栗色の髪を優しく撫でて梳かす。
知りたい。
気持ちを。
大事にしたい。
この友達を。
「ごめんね。私意地悪しすぎたかな」
少し、声が震えた。
この娘に嫌われたらと思うと、自然とそうなった。
だけど、このまま変に気持ちが揺らいだままの彼女とお花見を楽しむことは出来ないと思って、ついつい口が動いてしまったのだ。
「ううん、そんなことない。ただ……」
「ただ?」
彼女は自分の顔を隠していた両手をどけて、私を見る。
目が合う。
見つめ合う。
それが十秒ぐらい続いたけれど、どちらも目を逸らさなかった。
彼女の胸が息を大きく吸い込んで膨らむ。
彼女の視線が私を捉えて離さない。
彼女の唇がそっと開く。
「羨ましいなって、そう思ったの」
「羨ましい?」
「うん。だって、倉橋さんは木村さんとは幼馴染で、何年間も一緒に過ごしてきてお互いのこともよく知っているし、沢山の思い出だってある。だけど……」
「だけど……?」
そっと、彼女が私の頬に手を添えた。
それは自然と伸びたものだった。
普段なら躊躇ったり、真っ赤な顔になりながらも勇気を振り絞って頑張りながら私に伸ばしてくるであろう手を、彼女は私という存在を確かめるように私にくっつける。
「私には木村さんと倉橋さんの間にある強い絆も、沢山の思い出もないから。それを持っている倉橋さんのことが羨ましいなあって……」
「……」
「あははははっ、ごめんね。こんなこと言われても木村さんは困っちゃうよね。今言ったことは忘れていいから――」
「これから作っていこうよ」
自然と言葉が飛び出した。
おずおずと手を引っ込めようとした彼女の手を握り、再び私の頬に当てさせる。
逃がさないように。ぎゅっと。
私の行動に面食らったように、目を見開いている彼女に私も手を伸ばす。
頬に触れる。
……嫌がられた様子はなかった。拒まれた様子はなかった。
ホッとした。
いる。
ここにいる。
不安そうだけども。
ビクビクと震えているけれども。
私の大事な人はここに確かにいる。
「夏になったら海に行こう。夏祭りやプール、宿題退治の勉強会も。
秋になったら文化祭で一緒に文化祭巡りをしよう。後夜祭でもしフォークダンスとかがあったら、一緒に踊ってみよう。
冬になったら一緒に年越しや初詣、雪遊びもしてみよう。
2年生になっても、3年生になっても、卒業をしたとしても、水島さんが嫌じゃなかったら沢山思い出を作っていこう。
そして、今は一緒にお花見をして、また来年のお花見の時に、『ああ~、あんなこともあったなあ』って一緒に笑うの。
……そんな風になれたらって思うんだけど、駄目かな?」
随分と
普段の私って、こんな風に自分の感情を思いっ切り出すことなんてない筈なのに、言葉が溢れ出して止まらなかった。
どうかな。
伝わったのかな。
私の方もプルプルと震えてしまいそうになった。
互いに掌越しに自分の体温を感じる。
どちらもとても熱かった。
視線の先。
ゆっくりと彼女は私の手を優しく握り返して……。
「これからも私と一緒にいてくれますか?」
「はい、貴女と一緒にいます」
「これからも沢山貴女と一緒にいてもいいですか?」
「はい、ずっと一緒にいてください」
「沢山の思い出を一緒に作っていってもいいの?」
「うん、沢山思い出を一緒に作っていこう」
「木村さんと一緒にいたい」
「うん、私も」
「木村さん」
「なに?」
「大好き」
「私も」
そう言って、私達はいつの間にか互いの手を握り締めながら、互いのおでこをくっつけて笑い合った。
私は忘れない。
この春を忘れない。
彼女の髪に飾られた桜の色を忘れない。
そして、来年の春になったら、私は彼女にもう一度言うのだ。
『水島さん、お花見に行こう!』
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