第8話 おつまみ探し

 商店街の煉瓦敷きの道を自転車を押しながら歩く。

 商店街の両サイドのお店との距離は割と歩行者用の道が幅広いおかげで開いており、私はお花見の舞台である商店街の端に位置する公園へと向かっている。

 公園自体は寂れていて桜の本数自体も少ない、正直言ってパッとしない場所だ。

 けれども、最近出来た一風(一風どころか十風ぐらい変わっているけれど)友人と一緒に見る桜は、とりあえずはまあ自分一人で見上げるものとはまた違ったものに見えるかもしれない。

 生まれてから何度も見た景色でも、誰と一緒に見るかによってまた違った景色というか思い出にもなるだろうし、その誰かが変人だけど付き合っていると何やら胸が落ち着かなくなる女の子とあれば退屈な花見にはならないだろうなという予感もあった。

 一緒に公園のベンチに座りながら適当に話をして、適当に桜の花を眺めて、しばらくしたら帰り道の途中までまた話をしながら帰る。

 特に何かイベントがある訳でもなく、のんびりと何事もなく友達と一緒に過ごすお花見。

 そんなお花見も悪くないかな~と思ってました。



 木村さんが花見に合うおつまみ(おやつではありません。彼女はおつまみと言いました)を商店街で各自己のセンスを頼りに調達し、公園に集合しようぜゲームなんてものを開催するまでは。



 商店街を一緒に歩いてた木村さんが唐突にそんなゲームを提案し、「それじゃあ、水島さん。私はお花見にピッタリなおつまみを確保しに行ってくるので、水島さんも自分がナイスだと思う物をゲットしてから公園に集合ということで。あっ、今日は私の奢りだからレシート後で頂戴。後でお金返すから」と言って颯爽と私の元から去って行った彼女の背中を見送ったのが数分前(マジで花見酒を敢行しようとしているのかな……?)。

 去り際に、「ちなみに優勝とか、勝ち負けとかあるの?」と訊いた私に、「う~んと、それじゃあ……あっ、勝った方が何でも相手に命令出来るっていうのは――」「やります」と条件反射でついこのゲームへの参戦を私が宣言したのも数分前。

 唐突におっぱじまったこのゲームに当初は面食らったものの、木村さんにどんな命令を出そうかな~と、勝利した暁にゲット出来る特典の為に通り過ぎるお店に置いてある食べ物で丁度良い物はないかなと目を皿のようにしながら捜索活動を行っているのが現在だ。

 木村さんに特別にお願いしたいお願い事はなかったのに、何ゆえ速攻でその条件に飛びついてしまったのだろう私は……。

 お願い、お願い。……何でもか。……ふふっ。


「ハッ!? 何か脳内にピンクっぽい欲望みたいな物が掠めたけれど、私はそんな友達相手にアダルティーな命令をするようなエロ女じゃない筈!」


 もっと健全なお願い事にしよう。そうしよう。決して残念だとか思わない!

 そう気持ちを切り替え、とりあえず公園を目指しつつ道すがらに通り過ぎるお店で丁度良いおつまみを探す為に、買い物客でごった返すアーケードの下を歩く。


「おつまみって言ってたよね、木村さん。まさか本気で酒盛りを始める気じゃ……」


 自転車の前かごに缶チューハイや枝豆やするめとかを載せた木村さんが公園に出現し、「さあ、水島さん。花見酒といこうか」とワクワク顔で私にそう言って来る姿を想像。

 ……うわぁ、絶対にないと言い切れないのが怖いな。

 そんなことを考えながら私に通りかかった漬物屋さんのおばちゃんが、「そこの可愛いお嬢さん! ご飯のお供にバッチリな漬物だよ! 試食していきな!」と呼び止められ、店先の試食台に置かれているトレイに載せられた鮮やかな黄色に染まった一口サイズにカットされた沢庵を爪楊枝で刺して口に運び、ポリポリしながらそう独り言ちる。あ~、ご飯欲しいな、これ。

 木村さんも未成年。

 飲酒がギルティ―であることは百も承知の筈。

 というか、制服姿の女子高生に酒を売ってくれるお店は流石にないだろうから、多分冗談だと思う。冗談だよね。きっとそうだよね。……絶対そうだよね? ……絶対と言い切れないのがなあ~。

 なのでおつまみというのも、お花見をしながら『摘まめる』お菓子的な物を意味しているに違いない。そうに違いない。そうに決まっている。というか、もうそう思うことにしました(思考放棄)。

 木村さんの思考回路を読み取る機能は私には搭載されていないので、これからの付き合いでその辺りの機微は身に付けていくしかないのだろう。


「お花見に最適な食べ物……」


 ポリポリと沢庵を齧りながら、目の前の漬物屋さんに並べられた商品を眺めてみる。

 梅干しに、野沢菜に、千枚漬けに、きゅうりの一本漬けに……。


「――ご飯か!」


 違った。

 ご飯のお供に最適な物を探しているんじゃなかった。

 どこに世界に白米オンリーをモグモグしながら桜を眺める女子高生が棲息しているというのか。

 私が白米のみ持参したら流石にあの木村さんも面食らうとは思うけれど、これはそういうゲームではないので却下。

 む~ん、桜を見ながらつまめるお手軽な軽食的な物が良いとは思う。

 この漬物も美味しいけれど、花見をしながら漬物をポリポリしている女子高生二人組という光景は客観的に見てどう映るかを想像すると、残念ながら今回は採用を見送るしかない。貴殿の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます。


「漬物くん、君は美味しかったけれど、今回はご縁がなかったということで……」


 絶妙な歯ごたえが癖になりそうな漬物に別れを告げ、お店のおばちゃんに「ごちそうさまでした。今日は寄る所があるので、また別の機会に買いにきます」と声を掛け、快活な笑顔で私に応じてくれたおばちゃんが、「そうかい! 待ってるからね! お粗末様!」と片手を上げて見送ってくれる。

 私はペコリとしっかりとお辞儀をしてから自転車のスタンドを片足で外して、ゆっくりと商店街の奥へと歩みを進めた。

 カツカツと私の履く革靴と、カラカラと回転する自転車のタイヤの音は商店街を行き交う人々の話し声に混ざって掻き消されていく。

 お肉屋さんから漂う揚げ物の香ばしい香りや定食屋さんの窓から外に漏れ出ている焼き魚の美味しそうな匂いに鼻が自然とムズムズとして、お腹がグ~ッと鳴りそうになって慌ててお腹を押さえて少々早足で商店街を進む。

 どうにもここは誘惑が多すぎる。


「昼休みにお弁当は食べたけど、小腹が減ってきたこの時間にこの辺りを通るのは危険かも」


 食欲を刺激する誘惑を振り払いつつ商店街をある程度進軍してから、私はとりあえず目についた自販機の側に自転車を停車し、ふうっと一旦休憩を挟むことにする。

 自転車のスタンドを立て、眼前を通り過ぎる人々を視界に収めつつ、閉店したお店の外壁に軽く体をもたれさせながら、その風景を立ったまま見送る。

 普段であれば既に通り抜けているだろう商店街も、おつまみを探して商店街のお店を一つ一つつぶさに物色しながら進んできたのでまだ中間地点といったところ。随分と時間をかけているものだ。

 まさか自分が入学してこんなにも早くに変わった友人が出来て、その友人とお花見に行こうと商店街に繰り出しておつまみを探して放浪している。

 そんな未来が待っているなんて微塵も想像していなかった。

 自転車の荷台に積んだ鞄にそっと手を伸ばし、ゆっくりとファスナーを少し開けると、そこには河原で拾った大人しか読めない禁断の書物の表紙がチラリと顔を覗かせる。

 偶然河原で拾って、昨日の夕飯で出た唐揚げを食べてからお風呂に入ったりしている内にどこに隠すかを考えるのを忘れてしまって、うっかりと学校に持ってきてしまったエッチな本だ。

 本来はこういった物は持っていてはいけないとは分かっているだけど、なんだか捨てられない物。

 捨てられない理由は分かっている。


「木村さんとの思い出というか、あんなハプニングは完全に黒歴史になっている筈なんだけどね。でもまあ、木村さんとの距離感が近づいたのは完全にあの時だったしね」


 木村楓。

 私をナンパから助けてくれたヒーローな女の子。

 全体的にふわふわとしていて、紐を付けておかないとどこかに飛んで行ってしまいそうに感じる風船みたいな女の子(とある部位も風船みたいに膨らんでいる)。

 私の指をパクッと咥えて、私が食べたいのは水島さんだけだと言った彼女のからかい混じりの笑った顔。

 教室で苦手らしい数学の授業中にフワァ~と大口を開けて欠伸を漏らした後に、目元に滲んだ涙を服の袖でこすってから、再び欠伸が出てまた涙が出てきてしまう木村さんの眠そうな顔。

 普段は気怠げでやる気なんて微塵も感じさせないのに、体育でリレーをした時に前走者の子が転んでしまって最下位になってしまって、その子が「私のせいでごめんなさい!」と申し訳なさで一杯の顔で若干目元まで潤ませていた時にバトンを受け取り、「よく頑張ったよ。後は私が頑張るから」と今まで見たことがないような優しくもキリッと引き締まった表情で言い去って、その後陸上部の人達も目を剥くような凄い速度で他の走者をごぼう抜きにして見事一位を勝ち取った時にチームの皆(特に転んでしまった子)に向かってVサインをした彼女のかっこいい姿。

 いろんな木村さんが頭の中に溢れてくる。

 ああ、駄目だ。

 もうこれは駄目だ。

 いつの間にか熱を持って赤くなった顔を両手で覆い隠して、私ははぁ~と肺の中の空気を全部抜く勢いで吐き出してから、


「私、木村さんのこと本当に好きになってるなあ」


 友人としての好き。

 ……恋愛としての好き。

 今の気持ちがどれが当てはまるかは分からない。

 けれど、木村さんのことを考えると彼女の色々な表情とか仕草とかが泉のように枠出してくる。

 そして、それは決して嫌な事ではなくって……。


「ああああ、もう! 止めよう! とりあえず今はお花見をしながら食べられる物を探さないと!」


 大きく首を左右に振り、振り乱した髪が目に直撃して若干身悶えしつつ、私は頭の中に溢れてくる木村さんのことを一旦忘れようと、本来の目的に戻ることにする。

 自転車のスタンドを安定しない感情に連動するように勢いよく蹴って外し、他人の迷惑にならない速度で自転車を押し、お店探しの旅に発進する。

 中々熱の引かないほっぺたが木村さんを意識しているかのようで、なんか恥ずかしさが込み上げてくる。

 チラリと何気なく横目で見た自分の左側に位置していた理髪店のガラス窓が視界に映り、そこには真っ赤な顔をしながら自転車を押す自分の姿がバッチリと映っていて……。


「!!!? ああああぁぁ、もう! 木村さんめえぇぇぇええ!!」


 木村さんは別に何も悪くないんだけれども、とりあえず私はこの商店街のどこかにいるであろう私のほっぺを林檎にした犯人の名前を叫ぶことにした。

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