第7話 私って何味?
水島さんとおしゃべりを楽しみながら自転車をコギコギして商店街まで辿り着くと、私達は歩行者の邪魔にならないようにゆっくりと減速して自転車を停車させる。
商店街は昔ながらのアーケード街となっていて、近隣に大型スーパーが出来てからは客足が遠のいて不景気傾向ではあるものの、夕飯の材料を買いに来た奥様や学校帰りの学生が買い食いに興じていたりと、それなりには賑わっていた。
年季の入った老舗の食堂や、揚げたてのコロッケやメンチカツの食欲を刺激する強烈なジューシーな香りについつい吸い寄せられそうになるお肉屋さんに、ギンギラギンな金属アクセサリーを暇そうな様子でスマホをいじりながら販売している若者の露店等々、統一感は全くないけれど、みんなが自由に好きなことをして、好きな物を買って笑顔で帰っていくこの商店街は結構私好みでお気に入りなのだ。
商店街の中では歩行者の往来があるので、自転車に乗ったまま突入するのは他の人達の迷惑になるから、ゆっくりと水島さんと同じような歩幅で道の端っこを自転車を押して歩く。
「ここの商店街は私も幼稚園ぐらいの時からたまに買い物に来たりするよ」と、私と同様に勝手知ったる様子で軒を連ねる店の品物を眺めながら話す水島さんと雑談をしながらアーケード街を肩を並べて歩く。
図書委員会での仕事の話や、担任の夏海ちゃん(24歳独身)がテキーラの角瓶を水筒代わりに使っていて、職員室で「ぷはぁ〜、この一杯の為に生きてる!」と紛らわしい発言をしながら麦茶をラッパ飲みしていたら学年主任の先生から誤解を招くような言動はしないようにとガチ説教を食らっていた話をしながら、私はチラリと横目で水島さんを見詰めてみる。
スッとした目鼻立ちとニキビや肌荒れもない真っ白な卵肌のお顔に毎度のことながら、やっぱきれーな娘だとしみじみと思う。
図書室ではパックリといただきますをして、2度付け禁止命令を発令されてしまったけれど、やはり食べちゃいたいぐらい可愛いぜ。
そんなことを思う自分は結構肉食系女子なのかもしれない。いやまあ、対象が同級生の女の子だから結構アウト判定食らいそうだけど。
誰からアウトを貰うかは知らないけれど、図書室での水島さんの指(ほんのり塩味だった)の感触を思い出すと、自ずと視線は彼女の指先に向かう。
指はほっそりとしていて、適度な長さに切り揃えられた爪先には清潔感があり、あれを私はパックンとしたのだなと感慨深く眺めて、また食べたら怒るかなとも思った。
既に1回食べてしまったから、あと2回食べれば3アウトチェンジになってしまう。
チェンジになれば次は水島さんが私の指を食べる番になるのだろうか? ひゃー。
私を食べても美味しくな……いや、どうだろう。私って何味なんだろう?
「ねえ、水島さん」
「何、木村さん?」
「水島さんはうすしお味だけど、私は何味だと思う?」
「唐突に何の話!? 私がうすしお味って何!?」
水島さんが凄いびっくり仰天してこっちを見てきた。
「いやいや、深く考えずに直感で私って何味だと思う?」
「今までの人生で初の質問されてるんだけど、それって何が正解とかあるの?」
「うーん、別に正解とかはなくて、単純に私って何味なんだろうって思って」
「いや、そうは言われましても」
「まあまあ、軽い感じでいいので、どうだと思いますかね?」
「ええ〜、軽くて良いと言われても、難しいなあ」
そう言いつつ、うーんと頭を悩ませて私の頭から足元まで視線を何往復かさせた後、水島さんは自信なさげな様子で私を指差し、
「……木村さんは枝豆味かな?」
どうやら私は期間限定商品らしいぞ。
「ちなみに理由を聞いても?」
「ええっと、私のエロ本を結構じっくりと読み込んでたのと、さっきからチラチラと私の指を見て食べたそうにしてたりと、なんというか、エ、エッチなことや可愛い女の子が大好きな何かおじさんぽい部分があるから、おじさんが好きそうな枝豆系かなと……」
じゃあ貴女も枝豆味だよ。
エロ本を大事に保管していて、体育の時に私の揺れる胸をチラチラと盗み見している貴女も枝豆味だよ。
しかしそうか、私は枝豆味か……。
「枝豆かぁ~」
「ふ、不満だった?」
「いや、それは別に。私ってお酒が進みそうなお味だったんだな~と思っただけ」
「別に木村さんをお酒の肴にする人はいないだろうけど……」
「そうかな~。あっ、それじゃあ聞くけど……」
ちょっとした意地悪のつもりで、私は自分の顔を指差して、水島さんにニコッと笑顔を向けて、
「水島さんは私を肴にジュースとかグビグビいけますかな?」
「……ひゃ、ひゃい!?」
最初は何を言われているのか分からないといった様子でポカンと呆気に取られていた水島さんだけど、一拍置いてボンっと効果音が聞こえてきそうな程頬を紅潮させてあたふたと私の顔をロクに見れない様子で手をアワアワとさせて狼狽し始めた。
目も泳いでいて、声も裏返っており、なんかもういっぱいいっぱいって感じだ。
ダメだ、水島さんを壊してしまった。
思い付きでからかってみただけだったのに、水島さんには効果抜群な質問だったらしい。
今更ながらに自分の浅慮の巻き起こした水島さん大混乱事件に目を覆いたくなってくるけれど、「き、木村さんを私が……?。いいいいい、良いの?」と両手を頬に当てて思考がまとまらないまま垂れ流しになっている水島さんを放っておくのは流石に気が咎めるので、とりあえず一旦落ち着かせよう。
キョドっている彼女の頭にゆっくりと手を伸ばし、そっと撫でてみる。
おっと、結構撫で心地良いな。
髪の毛もサラサラで実にこうあれだ、良い感じだ。欲しい。
「ふえぇ、木村さん!?」
水島さんは自分の頭の上に置かれた私の手を見遣って、おどおど半分どこか気持ち良さげな様子半分といった割合の不思議な表情を浮かべて私を見詰め返してくる。
コロコロと表情が変わって信号機みたいな娘だなと一瞬思いつつも、私は水島さんをナデナデしながら、ゆったりとした口調で声を掛ける。
「落ち着いた?」
「ええっと、まあ、そ、それなりには?」
「そう? なんかまだ体の動きがカクカクしてるけど?」
「だ、だって、木村さんが変なこと言うから!」
「えへへへ、ごめんね~。ついからかっちゃって」
私が間延びした声で面目ないと片手を立ててごめんごめんとすると、水島さんも少し落ち着いたのか、頬の赤みも若干引いた様子で、私の腕にそっと手を伸ばしてナデナデを中断させると、おもむろに私の頭に自分の腕を伸ばす。
そして、
「お、お返しだぞー」
私の頭をカクカクした口調とカクカクした手の動きでぎこちなく撫でてきた。
その唐突な不意打ちに目を白黒させる私。
これは予想外。
まさかのお返しを貰うとは。
それも、明らかに恥ずかしくて仕方がないのが目に見えて分かるくらい真っ赤な顔をしながら、私の頭を撫で続ける水島さんの精一杯な姿。
それを見ていると、やっぱりこの娘と一緒にいると面白いなあ〜、可愛いなあ〜という気持ちになってくる。
からかうとアワアワしてその姿も可愛いけれど、ちょっとは自制した方がいいのかなとも若干反省しつつ、私は水島さんからのナデナデをしばらく堪能するのだった。
ちなみにその後水島さんに質問の答えを訊いてみたら、「わ、私は木村さんをおかずにジュース飲めるかも」と蚊が鳴きそうな声で答えて商店街の奥へと足早に向かってしまった水島の背を追いつつ、
「……そうか、私はおかずなのか」
酒の肴からおかずに変換されたことには先程の反省から触れずに、やっぱりエッチかもしれない友人を、少し熱くなった頬を見られないようにしながら追いかけた。
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