第6話 お花見に行こう
「お花見に行こうぜ、お嬢ちゃん」
「……はい?」
ある日の図書委員会の仕事後。
図書室の閉館時間になり、室内とドアの戸締りをして鍵を職員室に返しに行った後、駐輪場で木村さんは自分の自転車に腰を下ろし、ニッコリと笑みを浮かべながらそんなお誘いをしてきた。
私と同じ嬢ちゃんである筈の木村さんの唐突な提案に私は目を白黒させる。
「お花見に行くの?」
「そう」
「そうなの?」
「そうなのん」
「そうなのか」
「そうなんす」
そうらしい。
いや、今のやり取りでは情報量がスッカスカじゃないか。
なにゆえ、木村さんはお花見に繰り出すお誘いをしてきたのだろう。
というか、近場に桜の木が植えてある場所ってあったかな?
そんな考えが表情に出ていたのか、木村さんは私が小首をかしげる様子を一瞥すると自転車のベルをチリンチリンと小刻みに鳴らしながら(一応、他の生徒も周囲にいるので音量は小さめにしているようだ)、東の方角をピシッと指差す。
「ほら、あっちの商店街の方に隅っこに小さい公園があるでしょ?」
「……ああ、そういえば」
高校から東方面に向かって自転車で10分程度の距離に、地元民御用達の商店街があり、その外れにひっそりと肩身が狭そうにポツンと公園があるのを思い出した。
遊具もなく、野球やサッカーも出来るスペースもない手狭な公園など、家庭用ゲーム機やインターネットや動画等、家の中にたっぷりと誘惑が詰まっている昨今では、わざわざお外を駆け回る風の子元気な子もあまり見かけられなくなった現代っ子達に見向きされる訳もなく、管理人さんらしきお爺さんが時折草むしりやポイ捨てされたゴミ拾いに来るぐらいのそんな場所だ。
あそこに桜の木って……ああ、たしか数本程度だけどあった気がする。
あんまり見応えもないような気がするんだけど、どういう場所のチョイスの仕方なんだろうか。
「あそこの桜がもうちょっとで散っちゃいそうだから、見納めに行こうかなっと思いまして」
「ふ~ん、そうなんだ」
「なので、商店街で色々と奢るので水島さんも一緒に行かない?」」
「それはまあ、別に今日は用事もないから良いけれど、どうして私も一緒に?」
「一人で花見酒は寂しいので」
「おい、未成年」
18禁のアダルチーな本を所有する女子高生が全力で自分を棚上げにして、年齢制限について言及する。それはそれ、これはこれ。便利な言葉だ。
木村さんも本気で言った訳ではないようで、お猪口にお酒を注いで一気に呷るジェスチャーをやめて、
「まあまあ、花見酒はしないけど、水島さんと花見ジュースをグビグビといきながら、春の息吹を感じたいなあと思いまして」
と、缶ジュースをお猪口を注ぐジェスチャーで私にお誘いをかけてくる。それ、中身ジュースで合ってるよね? 缶チューハイじゃないよね?
流石、クラスで行動が読めない子ランキング堂々1位の称号を我が物にしている木村さんだった。
ちなみに、それを知った時の木村さんは、『ほう、1位ですか。かっちょええですな~』と何故かご満悦な様子だった。それでいいのか、1位。
それはそうと、お花見のお誘いだ。
この後はまっすぐ家に帰って、エロ本の隠し場所を小1時間かけて吟味するという不毛どころの騒ぎではない花の女子高生としてどうなんだというイベントがお待ちかねしている程度なので、そろそろ見頃も過ぎて散ってきている桜を木村さんと一緒に見に行くというのも悪くはない感じはした。
「お花見かあ~」
「お花見だよ~」
こちらの呟きに木村さんは間延びした声で追随してくる。
その表情は普段から見慣れている気怠るげそうでのんびりとしたものだったけれど、いつもより若干口角が上がっていて笑みが浮かんでいた。
どうやら私との外出行事を結構楽しみにしてくれるっぽい感じがする。
それは素直に嬉しかった。
だけど、最近何故か気になっている子が、どうしてこんなにも私に興味関心をお持ちなのかはミステリーな感じがしたので、ちょっと訊いてみようかな。
「私と一緒にどうしてお花見に行きたいの?」
「だって、私水島さんのこと好きだし」
「……」
「好きな子と一緒にお出かけしたいと思うのって変じゃないでしょ?」
「……」
「お~い、水島さ~ん? お顔が真っ赤っかになっておりますが、大丈夫ですか~」
「だだ、だ、大丈夫! あっ違う。だ、大丈夫どすえ!」
「うん大丈夫じゃないよね。最初ので合ってたのに、どうして言い直したの?」
「し、知らない!」
私は両手で顔を覆い隠して、隣からの視線をシャットアウトさせて頂く。
それでもなお、木村さんが楽しそうにこちらの反応を見て笑顔になっているのにムッとするやらちょっと嬉しいやらで、どうなっているんだ私の情緒は。
木村さん、お願いですからそんなニヤニヤした顔で見ないでください。
テンパると変な言葉遣いになってしまうことなんて今までは全然なかったのに、どうしてか木村さんが一緒だと調子が狂う。
何か私の調子をこうグァ~と乱す電波でも発しているのかもしれない。ひぇえええ~。
分かっている。木村さんの言う好きというのは友達に対しての好きという意味で、異性としてのあれでは……異性? いやいや思いっ切り同性じゃないか。
私は別に木村さんとは百合百合した関係になりたい訳じゃなくて、もっとこう清らかというか、いやまあ、エロ本から始まった関係なんだし(字面にするとスゲーなと思う)清らかもクソもないんだけど、もっと別の……。
ああ、駄目だ。
げんなりとした溜め息を零し、私は自転車のハンドルに項垂れるように上半身を傾ける。
元々木村さんへの気持ちが明確に定まっていないのに、このもやもやした感情を上手く表現する術もないのだから、ややこしいのだ。
チラリと横目で肝心の人物を見遣ると、虚空にお猪口を差し出し、「ふっふっふ、水島屋おぬしも悪よのう」と悪徳高利貸し水島屋からお酌をされている寸劇を演じていた。どんだけ飲みたいんだこの同級生。そして、私が酒を注がないといけないのだろうか。
はあ、もうどうにでもなれという気持ちになってくる。
自分の気持ちの正体は皆目見当はつかない。
だけどまあ、とりあえず今は。
「行きますか、お花見」
私の心を搔き乱す困った人だけど、決して嫌いではないこの同級生と一緒に春の息吹とやらを感じに行こう。
きっと、少なくとも、一人で家に帰るよりは愉快な放課後が送れるには違いないのだから。
「おっ、やったー、水島さんとお花見だぜ。ふふふっ、今夜は寝かさないぜ、水島さん」
「いや、オールでのお花見は承諾してないからね」
「水島さんと一緒に飲む花見酒は美味しいだろうね~」
「お酒はお酒でも甘酒ぐらいしか許可しません」
「はーい。お酌はしてくれるかな?」
「はいはい、精一杯お酌させて頂きますよ、お代官様」
私達はそんな冗談の応酬を繰り返しながら、自転車に乗って春を感じに旅立った。
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