第3話 木村さんからのプレゼント

 ……う〜ん、ちょっとからかいすぎただろうか。

 私のおっぱいを揉み揉みするチャンスを逸したのが悔しかったのか、水島さんはイジイジとした表情を浮かべながら自分の腰掛けている土手の雑草をブチブチとむしって地面を禿散らかしている。

 こちらとしてはほんの冗談のつもりだったんだけど、なんとなく悪いことをしてしまった感を感じる。

 いつのまに私のおっぱいは水島さんにとってそんなに価値ある物になったのだろうか。生憎私の乳には値札は貼られていないので、正確な価格は算出出来ないけれど、今の水島さんを見ていると私の言い値で買い取ってくれる気がする。いや、あげないけどね。だって、取れんもん。取れたとしても、痛いからご勘弁願いたい。

 なので、ここは現実的な手段でこのちょっとエッチ―なクラスメイト兼図書委員会でのパートナーである女の子のご機嫌を治す方向に舵取りをしてみようかな。

 とりあえず、あらかた鑑賞させて頂いたエロ本を差し出しながら、軽く頭を下げて謝罪する。

 

「水島さん、ごめんごめんって。別に悪気があった訳じゃないから」


「別に気にしてない」


 と、水島さんは雑草をブチブチ。

 めっちゃ気にしてんじゃん。


「水島さん、そんなに私のおっぱいをも~みもみしたかったの?」


「別にも~みもみしたかった訳じゃないから!」


「それじゃあ、私のおっぱいをも~みもみ、も~みもみ、も~みもみしたかったの?」


「どんだけ私は木村さんの胸を揉みしだきたい女なの!? もみもみの回数の数を増やしても、私は木村さんのおっぱ……む、胸! 胸には好奇心も欲情の欠片もありませんのことですのわよ!」


 水島氏、動揺し過ぎて語尾がご乱心していらっしゃるぞ。あと、絶対私の胸揉みたかったんでしょ。好奇心も欲情も仲良くセットメニューに入ってらっしゃるでしょ。

 アワアワとした口調で否定の言葉を紡いだ水島さんが私のオパーイになんて興味なんてないんだぜ宣言をしながら、さりげなく自分の鞄の中にエロ本を滑り込ませてテイクアウトする気満々な様子を一瞥する。気に入ってるじゃん、エロ本。

 説得力というものを空高くホームランでかっ飛ばすエロ島さ……間違えた。いや、間違えてないかもだけど、おっぱい大好き水島さん(口に出したら泣かせてしまいそうなので、私の心の中だけで称号を授与させて頂く)のご機嫌取りにぴったしの手土産的な物は残念ながら持ち合わせていない。

 水島さんが喜ぶ物……。エロ本か。エロ本だな。エロ本に違いない。

 しかし、私はエロ本を持っていないので、おっぱいソムリエール水島さんにご満足頂く物を提供するのは難しい。

 今から土手中を歩いてエロ本捜索隊(隊長兼隊員も私一人だけど)になるのもいいけれど、落ちているのかも分からないエロ本を延々と探し回るのは肉体的にも精神的にも疲れる。それに、放課後に土手を歩き回ってエロ本を必死で探す女子高生という生き物は立派な不審者にカテゴライズされるのでないだろうか。

 補導されて取り調べ室で、「友達の水島さんにプレゼントするエロ本を探してただけなんです」と弁明するのは嫌だし、水島さんもナチュラルに巻き込み事故に引きずりこみそうな発言をしてしまいそうなので却下。

 私は首元を掻き、悩ましげな溜め息を漏らす。

 正直言えば、水島さんに無理してプレゼントをする必要なんてない。

 だけど、彼女をイジイジモードにさせてしまったのはこちらの不手際なので、それに対してこちらが何もしないというのもどうにも心地が悪い。

 腰の横に置いていた鞄を開けて中身を確かめる。

 エロ本以外で水島さんで渡せる物は……ない。

 ……いや、もしかしてこれならいいのかも?

 私は咄嗟に思い付いたプレゼントの作成に必要となる物を発掘すべく、鞄の中身をガサゴソと漁る。

 すると、そんな私の挙動が気になったのか、水島さんは私の鞄の方に視線を向け首をコトンと傾ける。う~む、やはり素材が良いのでそういう仕草も可愛く見える。


「何か探し物?」


「うん、まあ、ちょっとね……おっ、あったあった」


 鞄の奥底に眠りし秘宝……みたいなゴージャスなお宝はないけれど、水島さんへの贈り物は見つかったのでよしとする。

 私が取り出した物を見て、水島さんは目を白黒させて私の手元のそれを見詰める。


「……単語帳?」


「うん、その通り」


 英単語とかを覚える為に使うあれだ。

 高校入学にあたり、中学よりも覚える英単語の数も盛り盛りになると思ったので、文房具屋に寄った際に偶然目に入ったそれを衝動的に購入していた物だ。うむ、我ながら勤勉な生徒だ。

 金属のリングで留められた紙の束をぺラリンとめくってみると、一枚目に書かれた『apple』という英単語に眉根を寄せる。何故、これを最初に覚えようとしたんだ木村楓。というか、中学で習う単語だろこれ。


「今から英語の勉強でもするの? それとも林檎の勉強?」


「いや~、林檎の勉強を土手でする女子高生という中々レアな存在になる気はないから、後者はパスで」


 スーパーに行ってもふじとか紅玉とか色々と種類があるらしい林檎の見分け方も良く分からない。甘くてシャクシャク、あと蜜が入っている子がお好きな私だけど、英語の勉強そっちのけで林檎博士へのジョブチェンジを行う気はないので。


「勿論英語の勉強をするのでもなくて、これをこうしてねーと」


 怪訝そうな面持ちの水島さんを横目に、私は単語帳の10枚ぐらいにサラサラリンとボールペンで文章を綴り、リングから外したそれを、はいっと水島さんに差し出す。


「ふっ、釣りはいらないから取っときな嬢ちゃん」


「いや、両方嬢ちゃんだけど」


 うむ、確かに。

 まあ、水島さんの場合は頭に『エッチい』が付くかもしれないけど。


「まあまあ、おばあちゃんからのお駄賃だと思ってお収め下さいませ」


「クラスメイトをおばあちゃんだと思うのはちょっと……」


「そう? あっ、水島さん私さっきのエロ本をまたよ……」


「木村おばあちゃん、エロ本ならさっき読んだでしょ」


 ひでー会話だ。

 あと、木村おばあちゃんにされてしまった。

 鞄のチャックをキュッと閉じ、ぜってー渡さないという意思を表明する水島さんに木村おばあちゃんは肩をすくめ、とりあえず渡す物は渡そうと即席プレゼントを彼女の手に握らせる。


「これは?」


「まあ、一度ご覧あそばせ」


「えっと、何々……『おっぱい揉み券』?」


「そう、おっぱい揉み券」


 おっぱい揉み券。

 我ながらアホみたいな代物を生み出してしまった。

 あの文房具屋のオジサンも、自分の店の商品がこんな用途で使われるとは想像だにしなかっただろう。私もしてなかったし。


「……これを貰って私はどうしろと……」


「私のおっぱいがいつでも揉める。ほら、小さい子がお母さんに肩たたき券を作ってあげるのと同じだよ」


「いや、これはそういう親孝行的な意味合いを含んだそれと同列にしたら許されない物じゃない!? ……木村さんって、アホなの?」


「アホではないと思うけど、今その質問をされると違うとは言い辛い」


「一応訊くけど、どうしてこんな券を?」


「えっ? だって、木村さんが喜んでくれる物っていったらエロ本とおっぱいしかないと思ったから」


「不名誉極まりない!? 私ってそんな全身エロに支配された女に見えてる!?」


 見えてる。

 そう口にはしなかったけど、私の視線がエロ本を隠した鞄に向けられているのを察し、「くっ、バレたか!?」と小声で苦渋を滲ませるエロ島さん。

 ふむ、どうやら私のプレゼントはお気に召しては頂けなかったらしい。

 てっきり私の胸に何かしらの執着があるのかもと思って作ってみたけれど、どうにも杞憂だったみたい。

 ならば、それは無用の長物であろう。

 私は、「木村さんのおっぱいを揉み放題……。でも、私は女の子同士の恋愛とかそういうスキンシップには興味はないと思うし……」と何やら煩悶とした様子でブツブツと呟く彼女に手を差しだすことにする。とりあえず、彼女の中で私のおっぱいは揉み放題のバイキング形式になっているようなので、私のおっぱいが取れる前に早めに返却してもらった方が良さそう。


「嫌なら、返してもらお……」


「謹んで頂戴致します」


 水島さんはそう言って、私のおっぱい揉み放題チケットを胸ポケットにしまいこんだ。

 ……私のおっぱいはどうなるのだろうか。

 軽はずみだったかなあという若干の後悔を感じながらも、先程のイジイジモードからなにやら上機嫌な笑顔で胸元を撫でる水島さんを見て、私は土手にのんびりと仰向けに寝転び、


「……まっ、いっか」


 そう言って、欠伸を漏らした。


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