第4話 これは一体どうすれば……

「……ただいま」


 そ~と泥棒のように玄関のドアをゆっくりと開けて、半ば滑り込むようにして体をねじ込んで帰宅を果たした私は、抜き足差し足忍び足で2階の自室へと向かう。

 リビングのキッチンからは揚げ物を揚げるパチパチという音と、中学校に入学したばかりの弟がテレビゲームに興じているゲーム音が聞こえていて、私の帰還には気付いていない様子だった。

 しめしめだ。

 まさか私がエロ本を携えて帰還するなどとは微塵も思っていまい。というか思われていたら、私はどんな顔をしてこの家で生存していかねばならんのだ。

 普段の癖でついついただいまと言ってしまったが、家族には聞こえていなかった様子なので、ほっと胸をなで下ろす。

 いつもなら普通に帰ってくる我が家なのに、鞄の中に爆弾を抱えた今とでは全然緊張感が違った。

 娘が巨乳特集のエロ本を拾って帰ってきたとは露知らず、晩御飯の支度で忙しい母親に気付かれない内に部屋に戻れなければ、私の家庭内での居場所が容赦なく消し炭になるだろう。

 失敗は許されない。失敗=死だ。


「ミッション、スタート」


 抜き足差し足忍び足でゆっくりとコソドロが階段を上がっていく。

 いつもなら10秒もかからずに上がりきる階段を1分以上かけて牛歩の如く上る。

 そしてなんとか物音を立てることなく、自分の部屋に辿り着くと、「はぁ~、疲れた」とその場にへたりこんだ。

 苦節15年女子をやってきたが、エロ本を隠し持って帰宅するという普通の女の子の人生において経験しなくてもいいことを経験してしまった。

 鞄の中をゴソゴソと漁り目的のブツを取り出してパラパラとページをめくり、木村さんも随分と楽しそうに鑑賞していたと思うお胸のたわわ~んな女性の裸体を改めて見詰める。

 やはりデカい。

 自分の胸に手を当てると、苺とメロンぐらい違うそのスケールの差異に「くっ!」と苦悶の声が零れた。

 鶏肉か。

 牛乳か。

 お胸をふくよかにする食材は色々とモグモグしてきた実績はあるけれど、それは食べ続けたという実績だけで、実際に私の胸部装甲の厚みがそれに比例して増すのかどうかというのは、現状の私の慎ましやかな苺バストが結果を物語っている。……というか、苺バストっていう例えは我ながら如何なものか。

 練乳か。練乳をかけると美味しく頂けたりするのか私のおっぱい。

 帰り際、土手の上の道を帰宅途中の生徒や主婦が時折通行しているというのに『私のおっぱいは売却済み~。水島さんにあ~んなことやこ~んなことをされちゃうのかしら~ん。きゃ~、水島さんのエッチ~』と虚空を揉みしだきながら常軌を逸したオリジナルソングを歌う木村さんの口を物理的に塞ごうと私が彼女を力ずくで押し倒すというちょっとしたハプニングがあった後、私は木村さんにお胸を大きくする大魔術……いや、ちょっとしたコツはないのか訊いてみたのだけど、


『う~ん、別に私これといってそういったことは何にもしてなんだよね~。

 あっ、そういえばよく鶏の唐揚げがバストアップに効くって言うでしょ?

 私、唐揚げ大好きで自分で揚げたりもするんだけど、もしかしたらそれかな?』


 よし、これから3食唐揚げライフを送ろう。

 本気でそう決心しかけたけれど、飛び出す絵本のように私のお胸が飛び出るよりも早く下っ腹がどデカく飛び出すであろう恐怖の未来予想図が用意に想像できて、その計画は潰えた。

 水島雫がナイスバディを手に入れる未来は随分と果てしないものになりそうだ。

 こん畜生め。

 足を伸ばしてジダバタとかかとで床を打ち鳴らす。

 単なるやつあたりだったけれど、この胸のモヤモヤとしたものを少しでも晴らそうと足掻いてみた。

 結果は自分の部屋に鈍い音が響き、私の踵に若干の痛みが残留しているだけだったけれど、自分が自分の心を整理する為に何かをしたという事実が、心の中に立ち込めていた雲を多少は吹き飛ばしてくれる程度の成果はあった。


「はあぁ~、とりあえず巨乳化計画は一旦棚上げして、これをどうするべきか……」


 私の手の中にある危険物。

 エロ本。

 年頃の男子なら隠し持っていても、「まあ、お年頃だしねえ~」で世間のお母さまは一定の理解を示してはくれるかもしれないけれど、年頃の娘が巨乳特集のエロ本を大事そうに隠し持っていた場合も「まあ、お年頃だしねえ~」と我が家のマミーが理解をしてくれる保障はない。

 隠し場所は慎重に吟味する必要がある。

 ……まあ、本来ならさっさとこれを人知れず処分してしまった方が安全なんだろうけど、それはどうにも嫌だった。

 エロ本への興味が多少、いや、ごく僅か、ううんっと、まあ私もお年頃の女の子な訳なのでそういったことに対する興味関心というのも……。

 頭の中で誰に対して弁明しているのか分からない言い訳が次々グルグルと回るけれど、まあ、一番は、


「会話はアレだったけれど、木村さんと一番お話が出来たきっかけなんだから、捨てちゃうのは嫌かな」


 木村楓。

 普段からやる気やガッツなんてどこかにポイ捨てしてきましたと言わんばかりにダラリンとした様子で、折角容姿が整っているのにその気怠げな様子で周囲の人間が話しかけ辛い雰囲気を作ってしまっているのが勿体ない女の子。

 だけど、困っていた私を助けてくれた彼女ともっとお話をしてみたいと願い、それは今日叶えることが出来た。

 話すきっかけは最低最悪以外の何物でもないものだったけれど、一応これは木村さんとの間に出来たほんの小さな接点を記念する物でもあるので、どうにも捨ててしまうのは忍びない。


「……とりあえず、鞄の中に戻しておこう」


 隠し場所は夕食を食べて、お風呂に入ってからじっくりと考えよう。

 私はエロ本を鞄の中にそっと戻して、階下から聞こえて来た母のご飯が出来ましたよコールに応じて、1階のリビングへと向かった。

 ちなみに夕食は唐揚げだった。

 やったぜ。

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